表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/33

気晴らし

「気分はどうだ?」


 阿婆擦れの事情聴取が無くなったお陰で時間には相当な余裕があるので予定を繰り上げ、その場所から少し離れた塔に居る男の元を訪れた。

 力無く椅子に座る情けない姿を晒す男、ドープ・コンフィデント。アルシーア嬢の父にして侯爵。但し、お飾りにもなれない程の愚か者。

 今の気分は良いとは思わないが、最悪でもない筈。王宮の客室と比べても遜色ない家財道具を取りそろえた部屋に滞在し、部屋に見合った食事を与えられているのだから。その部屋に鉄格子が備えられているのは些細なことだ。

 体調は悪くないだろうし、程良い間隔で人と会って会話できるから寂しくもない。この男の都合に関係なくやって来る相手ばかりだから嬉しいかどうかは分からんが。


「まさかここに入れられた理由が分からないのか?」


 俺を見て一応立ち上がりはしたが、その顔には自分がここに居ることへの不満が見てとれる。


「俺はあの母娘が娘を襲う計画を立てているなんて知らなかった……知っていたら放っておく筈が無い」

「だから罪が無いとでも?」


 考え無しのアホなのは分かっていたが、後継教育は一通り受けただろうに。


「まず、法や社会秩序を気にもかけないあの母娘を地位も資産もある侯爵家に引き入れた。狂人に爆弾を持たせるようなものだろうが。

 更に資金を与え、その使途を調べもせずに放置した」


 今回は標的がアルシーア嬢だったが、これが謀反に使われていたら国家反逆罪だぞ。その場合はアルシーア嬢だって連帯責任を負わされる。〝コト〟が起きる前に彼女が通報していれば死罪は免れる可能性が高いけれど、全くのお咎め無しとはいかないだろう。

 あの尻軽母娘はそんなことに興味も無いだろうが、組織が受け取った金を元手に国家転覆を企んでいればアウトだ。今回は間をおかずアチラさんの本拠地を急襲したお陰で大丈夫だったがな。


 そんなことを懇切丁寧に説明してやった。本来なら侯爵家の当主にこんな説明なんて要らないのに。一通り終わると遠くを見ながら「そう言えば……」と呟く。教育を受けてからあまりに時間が経ちすぎて忘れていたらしい。形だけとは言え、これが侯爵として生きていたなんて巫山戯た話だ。


「何であの二人を引き入れた? いや、そもそも何で妻と向き合わなかった?」

「優秀な殿下には分からないですよ、俺の気持ちなんて……」

「何年も楽しみに待って、やっと可愛い婚約者と結婚できたというのに、下らんプライドで全て投げ捨てたヤツの気持ちなんか分かる訳ないだろう」



 調べた所、驚いたことにドープは妻を愛していたらしい。学生時代は流石に四つも年下の婚約者を異性として見られなかった──寧ろ見ていたら異常性癖だ──が、既に美少女として評判だった彼女が将来大人になるのを楽しみにしていたそうだ。

 ガーナーリアはそれまでの繋ぎとしか思っていなかったのだとか。だが幾ら婚約者が幼いからと言って不貞三昧だったドープはクズだと思うがな。


 めでたく婚姻間近になると、美しく成長した婚約者を周りが呆れる程に溺愛していたようだ。それまで制限されていた二人での外出も解禁となり、連れ立って出掛ける姿がよく目撃されていたらしい。だが婚姻後暫くすると優秀な妻と己の差に耐えられなくなって飛び出し、程度の低い女と爛れた生活を送っていた。

 アホだろ。

 得手不得手はあるだろうが、必死に喰らいつくなり開き直って妻に教えを乞うなりすれば良かったのに。それでも出来なければ妻のサポートに回ることだって出来た。何もかも投げ出して遊び回るなんて救いようが無い。全て今更だが。



「ただお前はあの二人がア、次期侯爵を妨げるのを良しとしなかった。そこは評価するがな」

「娘は妻に瓜二つで……それを虐げるなど許せる筈が無い」


 胸元で拳を握り力無く言葉を紡ぐ男の姿は憐れみを誘うものだと思う、本来ならば。この男が相手では、どう頑張っても優しい感情は生まれない。自ら宝を打ち捨てたのだから。

 姿形は愛する妻に生き写しでいながら、目や髪は父親である自分の色を受け継いだ娘。きっと可愛くて仕方ないだろう。コイツはそんな愛すべき娘とマトモに交流しなかった、妻に合わせる顔が無いと言って。つくづく理解できない。


「ま、お前がどう思おうと、娘にはもう会えないがな」

「っ無事だったのではないのですか?!」


 先程までの意気消沈ぶりが嘘のように鉄格子に縋り付きながら叫ぶ。そんなに大事なら何で……この男を見ていると苛立ちが募る。


「そこまで焦るならどうして淫売共を監視しなかった? お前の娘が強いことに、と言うか、彼女を戦えるように育てた妻や護衛に感謝しろよ。それでだな……あ?」


 マトモに聞いてないな、せっかく教えてやってるのに。慰めてやる気にもなれないが、想像の中ですら彼女があの連中の良いようにされては堪らない。


「おい、お前の娘は無事だぞ。追われている所に俺が駆けつけたからな」


 本当は俺の助けなんて要らなかったけど、考えたら彼女が戦えるとコイツに教えるのは嫌だ。ただでさえ勿体なくて誰にも言いたくないのに、父として接してこなかった男に教えてやる義理は無いよな。


「しかし先程からもう一人の娘の心配はしていないようだが」


 少しばかり疑問を抱き話を振ると口元を歪めて笑う。


「あれが本当に俺の娘だと思いますか? 多分、産んだ本人でさえどの種か分からないと思いますよ。あの外見じゃ畑しか分からんでしょう」


 驚いた。いや、あの梅毒(シフィリス)、もとい害毒が誰の子か分からないとは思っていたが、それをこの男も承知していたとは。ただの間抜け(ドープ)じゃなかったのか。


「なら何であの二人を連れて家に戻った?」

「ずっと一緒に暮らしていたから今になって放り出し辛かった、のと……怖かったんです」

「は?」


 あんなのを大事な娘に近付ける方がよっぽど怖いだろうに。俺なんて、出来ることなら尻軽母娘を地中深く埋め込んだ上に鉄板で蓋をしておきたい程度にはアルシーア嬢から離れさせておきたいぞ。


「生まれてからマトモに顔も合わせていなかったんですよ。どんな顔をして会えば良いのか……」


 知るか。お前の行いの結果だろうが。


「俺は誰からも歓迎されないでしょう。マトモに話す相手も居ない家でずっと過ごすのは想像しただけで……」

「だったら家に帰らなければ良いだろう」


 コイツが前侯爵からの私財を受け継ぐ条件のせいで家に帰らざるを得なかったらしいけど。生前はコイツに甘い侯爵が生活費を送っていたが、そのパパが自分の死後は逃げずに向き合わせようとしたのだろうか。だったら死ぬ前に何とかしろと言いたい。

 もう自分が息子と向き合ってマトモな道に引き戻す力が無いなら、せめて遺される者たちのために一族の面汚しとは縁を切っておくべきだった。侯爵は有能だったという意見を聞いても、このボンクラを放置したという点で台無しだと思う。


「結局はその二人とも会話はするが基本的に野放しにしていた。その結果、お前は今ここに居る」


 結局この男は全てのことから目を背けて自分自身を追い込んだって訳だ。同情の余地も無い。父子揃って逃げの人生か。


「いつか……娘の目を見て…………話せる日が来たら、と…………」

「そのために何かしたのか? 娘とマトモに向き合わなかったお前が」


 訊くまでもないが、つい追い詰めてしまう。普段なら既に過去を悔いている相手に鞭打つような真似はしないのに。この男が逃げた結果が孤軍奮闘するアルシーア嬢の毎日だったと思うと、どうしても赦せないし もっと後悔しろと言ってやりたい。そのためなら何だってやるし罪悪感なんて微塵も感じない。


「でも安心しろ。彼女はこの先、俺が全力で守ってやる。責任をとってな」

「どうしてそこまで……いや、待って下さい! 責任って何のですか?!」


 おー、ちょっと父親っぽい顔になったな。


「ん? 決まってるだろう? 彼女を俺以外の男に嫁げない状態にした責任……いや、彼女の場合は婿取りだから絶対に無理とは言わないが」


 でも現実的に考えて難しいだろうな。必死に婿入り先を探す令息でも、王家が囲い込んでいる令嬢なんて流石に遠慮する。それは申し訳ないから彼女に断られた場合は責任を持って優秀な男を探そう。

 本当はすっごく! 嫌だけど!!


「それって……」


 勘違いした──意図的にさせたとも言うけど──男が震える手で握りしめる鉄格子が激しく音を立てる。あの阿婆擦れが蹴りまくっていた時より控えめだが、こっちの方が迫りくる何かを感じるなあ。


「言っただろう? 追われている所を俺が助けたって」

「手を付けたのですか?! 男に追われて恐ろしい思いをした娘に! 王子ともあろう人が!!」


 顔が真っ赤だ。そろそろ血管が切れるんじゃないだろうか。医師の手配が必要かもな。


「その原因を放置したお前に言われる筋合いは無いんだけどな。それに手を付けたなんて心外だ」

「では……! 娘は無事なんですね?」


 垂れ込めた暗雲が打ち払われるかのように愚か者の顔が一気に晴れやかになる。良かったな、憂いが晴れて。俺も嬉しいよ。




 …………所詮は束の間の安寧だけど。




「まあ無事っちゃ無事? だって別に酷いことはしてないから。ちゃ~んと彼女を可愛がってやったよ、ベッドの上でな」


 俺の妹たちが。という部分は声に出さずに背を向け、あの阿婆擦れよりも煩い喚き声を聞き流しつつ牢を後にした。

 あ〜少し気が晴れた。夕日が綺麗だな〜。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ