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外堀

「そんなに固くなる必要は無いよ。謁見とは言っても、あくまで形式上の呼び名。気楽にお茶でも飲んで話そうか」

「はい……?」


 アルシーア嬢が気になっていたであろう過去の事件について話した後、更に昼食の席でも子供の頃に四人で悪戯をして義母上に怒られた話などを聞かせると、すっかり兄上への恐れは無くなったと見受けられる。冷酷無情な王太子のイメージは払拭されたようで安心した。だけどそれはそれとして、慣れない王太子殿下との謁見に寛いで臨める筈も無い。

 表情は見事に落ち着いている。流石は完璧な令嬢、淑女の鑑と呼び声が高い彼女だと感心させられる。だがよく見ると僅かに強張った指先、ほんの少し余計な力が入った肩に緊張が見られるのは致し方ないこと。そして当然ながら それを見落とす兄上ではない。


「さあ、そこに掛けて。深呼吸でもしてみようか。少しは肩の力も抜けたかな? 緊張しなくても大丈夫だよ。君の目の前にいるのは学友の兄、普段の私は家族を愛する一人の男でしかないんだ」

「……はい」


 僅かに表情を崩してしまう程に戸惑うその姿がまた可愛いの何のって、もう辛抱堪らん! 頭を撫で回したい!!


「リアンは少し落ち着いてそこに座ってね」


 示された椅子に大人しく腰かける。こういう微笑みながらも反論を許さない雰囲気の時は、兄上の指示に従った方が間違いが無い。


「城に滞在して半日経過した訳だが、どうだい? 不自由していることや希望があれば何でも言って欲しい」

「不自由だなんてとんでもない。皆様、本当に良くして下さって快適そのものですから」


 うん? 何? 兄上がこっちを見てる。大丈夫、俺から見ても特に不満は無さそうですよ。もし彼女が困っていたら、本人は言い辛くても侍女のスタウト嬢が主張してくれる筈です。俺が頼んでおいたから。

 と考えていると、部屋の隅に控えるスタウト嬢へ目をやる兄上。流石、言いたいことを的確に読み取ってくれる。デキる男は違うね。アイリスが未だに異性に興味を持てないのは完璧すぎる兄のせいも少しはあると思う。


「なら良かった。もし何かあれば気軽に言って欲しい。城の者には言いにくいことでも〝学友〟になら言えるだろう?」


 そう! 俺とか俺とか俺とかね!! 妹たちの方が仲良さげ、とか気にしない。うん、全然、全く気にしてないから。


「ありがとうございます。殿下方には畏れ多い程にお心遣い戴いております」


 畏れ多い? そんなこと無いよ。天使で女神な貴女が畏れる相手など居ないって。


「弟や妹たちは君と親しくなれて心から喜んでいるんだ。難しいかもしれないが、あまり遠慮せずに接してやって欲しい」

「勿体ないお言葉です」


 ああ、まだ緊張してるな。笑顔が少し強張っているよ。仕方ないとは思うけど。


「出来れば私に対しても もっと気安く、そうだな、兄のように接してくれると嬉しいのだが」

「そんな! 滅相もない」


 焦る彼女に優しく微笑む兄上。うん、美男美女は絵になるな。少し不安を覚える程に。


「すぐには無理なのは分かっているから無理強いはしないけどね、いずれはそのつもりでいて欲しいな」


 えっ、ちょっと待って兄上! それ、もう完全に外堀埋めてない? ねえ、まだアルシーア嬢の気持ちを掴んでないのに そんなことをしたら可哀想ですよ。


「リアン、私は『落ち着いて』とは言ったけど『喋っちゃいけない』なんて言ってないよ。君がそうやって話さないでいると、彼女はたった一人で私と会話しなくてはならない。気の毒だとは思わないか?

 それに、君の兄とは言え、他の男と彼女がずっと二人で会話していて良いのかな?」


 あ・に・う・え! なんてことを言うんですか? 俺の気持ちが筒抜けになるじゃないですか!


「リアンの想いは既に恥ずかしい程に透けて見えているけどね」

「っ!」


 兄上、今何て言ったんですか? 彼女の顔が赤くなったのですが!!

 アルシーア嬢、兄上は確かに良い男だけど愛妻家で絶対に余所見しない人だから! ちょっと、どころか全然タイプは違うけど、俺もけっこう良い男って言われるよ? 兄上程じゃないけど。わざわざ不毛な恋に走る必要無いからね。


「すまない、弟は恋愛には免疫が無くて少しばかりポンコツになるようなんだ」

「いいえ、とてもお可愛らし、いえ、その、素敵な方だと存じております」


 俺のことを言ってるのかと思ったけど、可愛いって聞こえたような……妹たちの話かな。アルシーア嬢と三人並んで座っていると、その空間がまさに天上の楽園だったよね。



「さて、弟から既に聞いているだろうが、君には一刻も早く正式に爵位を継いでもらう。既に準備に取り掛かっているからそのつもりでいて欲しい。

 それに関する話だが、君の家族は昨晩から収監している。ドープは貴族牢、他の二人は一般牢だ」


 不意に表情を変えた兄上が本題に入る。これぞ王太子殿下って感じだ。俺だけじゃない、多くの者が歴代最高の賢王になられると信じているだけのことはある。


「君のことも調べさせてもらっているが、手続き上どうしても必要なことなんだ。王家が君に何らかの嫌疑をかけている訳ではないから安心して欲しい」

「畏まりました」


 家族の話になった途端に冷めた顔になるなあ。もしかしてアルシーア嬢って、髪色が俺と同じなら氷の令嬢って呼ばれてたんじゃないか?

 確か彼女のご母堂は銀髪碧眼だったと聞いている。姿形は母親譲り、髪と瞳の色はそっくり父親から。彼女なら青でも銀でも、きっと何色でも似合うだろう。黒髪の彼女も神秘的で美しいだろうな、見てみたい。逆に俺が赤髪だったら……違和感が半端ないな。



「そうだよね、リアン」

「へ?」


 何の話ですか? ちょっと兄上、お願いだから呆れた目で見ないで下さい!


「侯爵家の金の流れを追っているだろう?」

「はい。侯爵には前侯爵やその妻から受け継いだ私財がありますが、それをあの二人に自由に使わせています。コンフィデント家の資産にも多少は手を付けていますが微々たるものですね」


 侯爵家の資産に手を付けるなら面倒な手続きが必要で、アルシーア嬢や優秀な使用人がそんなことに手を貸す筈も無い。幸いと言って良いのか微妙だが、ドープが両親から受け継いだ私財は相当なものだ。自由に動かせるものがあるなら、そちらを使うだろう。


「金の出所がドープなら知らなかったでは済まされないからね。仮にも彼は侯爵だ、責任はとってもらう」

「御心のままに」

「いや、カタいって!」

「えっ?」


 流石に我慢できずに口を挟んでしまった。アルシーア嬢の驚く顔が か〜わい〜っ!


「リアンもそう思うよね? さっきの返事は普通に『はい』で良いよね?」

「はい、幾ら何でも硬すぎます。そして固くなり過ぎです」


 さっきまで大人しくしていた俺がいきなり話し出したせいか戸惑う彼女には悪いと思うが、これは言っておきたい。


「無理に打ち解けろなんて俺たちも言わないけど、せめてもう少し肩の力を抜いて欲しい。鍛錬を欠かさない貴女なら分かるだろうが、身体が固くなっていると いざという時に思うように動けないだろう」

「リアン、意図する所は分かるけど、その言い方だとこの部屋で何か起きるかのように聞こえるよ」


 兄上が困った顔で言うが、俺は護衛を侮っている訳じゃない。


「近衛は皆が優秀ではありますが、それとこれとは話が別です。常に有事に即応できるよう心がけるのは当然ではありませんか?」


 たとえ家族の団欒中であろうと、いや、寧ろそういう時こそが狙い目だ。もし俺がこの国の王族を根絶やしにするなら──いや、絶対にしないけど ものの例えで──そのような好機は逃さないだろう。


「そうですね! 常に警戒を怠らない、当たり前のことですもの。殿下、ありがとうございます。私、もっと強くなります! 盗賊の十人や二十人くらいは一人で始末できるように」


 真っ直ぐにこちらを見て宣言するアルシーア嬢の目に強い光が……最高級のエメラルドでも敵わない煌めきに惹きつけられる。


「急に緊張が解れたね。うん、何だか二人揃って心配になる所もあるけれど……やっぱり相性は良さそうだ」


 兄上! 苦笑しながら何か呟くのやめて下さい! 格好いい兄上が不審人物っぽいですよ。


「ところで、私の妃から次期コンフィデント侯爵に伝言だよ」

「何でしょうか?」

「『今回は残念でしたけれど、近々お茶をご一緒しましょうね』だそうだ」


 あーあ、せっかく緩み始めていたのに見事にまた元通り。王太子妃殿下とのお茶は流石に固まるか。多分、女性だけのお茶会とされて俺は入り込めないだろうし。妹たちが一緒なら大丈夫かな?

 今日は可愛い甥っ子のユーストマに義姉上の両親が会いに来る日。もうずっと前から決まっていたのを急に変える訳にもいかないし、その場に義姉上が同席しないのもあり得ないので諦めてもらうしか無かった。凄く悔しがっていたから、本当にすぐアルシーア嬢との茶会を実現させそうだな。

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