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過去の事件

間接的にやや残酷な描写があります

 三年前、兄上が今の俺たちと同じ十六の年に起きた事件──ある伯爵家が国際的な裏組織と結託して人身売買を行っていた──を兄上が裁いた。冤罪の可能性は皆無。なので成人して一年経った兄上が、次期国王として冷徹に人を裁けるかの試験も兼ねていた。


 その際、まだ未成年だった子供も含め家族全員が処刑された。僅か十三歳と十二歳の姉弟にすら毒杯を授けたその判決は、法に則った処置ではある。だが子供まで犠牲にする必要があったのか疑問に思う者もいるだろう。

 王家がその気になれば超法規的措置として生き永らえさせることだって出来た筈。ただ死を与えるのは、人道上問題は無いのかと言いたくもなるだろう。それを口にすることは出来なくとも。


「今から話す内容は極秘事項だ。このようなことを告げて貴女に負担をかけるのは心苦しいのだが、恐らく知っている方が少しは気楽に謁見に臨めるのではないかと思う」

「聞かせて下さい。私、口の堅さには定評があるのですよ」


 微笑みながら言う姿が美しい。まるで懺悔に訪れた者に赦しを与えるかのような慈愛に満ちた表情が堪らないな。


「ありがとう。早速だが、例の件で公表されなかった事実を話す。

 その姉弟は取り引きそのもの〝には〟関わっていなかった。それは確かだ。だが罪はあった。信じられないだろうが、二人は王都にある伯爵邸の一室で幼い子供を切り刻んで遊んでいたんだ」


 ひゅっと息を呑む音がする。


 嘘のような話だが、その姉弟は揃って性格破綻者だった。しかも年子で何かと距離が近い。一人でも凶悪なのに、二人になることでその残虐性は何倍にも跳ね上がった。どちらがより効率よく切り刻めるか、より大きな悲鳴を上げさせられるかを競い合っていたのだ。

 邸に踏み込んだ時、その部屋はさながら地獄絵図の様相を呈していた。そんな状況で血溜まりに点在する物体の正体を認識できてしまう子供らしさを欠いた己に嫌気が差した。既に力尽きた遺体と泣き叫ぶ力すら失いつつある幼子。惨たらしいなんて言葉では生温い。あの光景が目に焼き付いて離れないと引退した騎士もいる。


「俺がこの目で現場を見た。騎士団長と第二王子が目撃した現行犯だ。言い逃れようも無い」

「殿下もその現場に?」


 信じられないという顔をしている。それはそうだろう。



 当時まだ十三歳だった俺がその邸に踏み込んだのは、俺が自ら志願した結果だ。買われたり攫われたりした中には子供も混じっていると聞いたから。彼らを安心させるには、年の近い子供が居た方が良いだろうと思って。

 勿論、最初は止められた。だが騎士団長も俺の腕なら大丈夫だし、何があろうと傷一つ付けさせないと誓ってくれたお陰で参加が認められた。兄上も被害者の子供たちを少しでも安心させてやりたかったのだろう。

 まさかあんな凄惨な情景が待っているとは夢にも思わなかった。人身売買なんて、安価な労働力の提供や娼館への下げ渡し──それも胸糞悪いのは確かだが──だと思っていたので、狭い部屋に押し込められた者たちを保護するだけだと考えていたのだ。



「でも考えてみれば私だって、彼らとやっていることは変わりませんね」


 自嘲気味に言葉を吐く彼女は悲しげだが、それは聞き捨てならない。


「全然違うだろう。貴女のは身を守るための正当防衛だ。俺だって殺し屋や無法者を返り討ちにしたことがある。

 でもアイツらは己を愉しませるためだけに、わざと苦しめていたんだ」


 その時に一見すると無垢な存在でも、内に狂気を孕んでいる可能性もあると知れて良かったとは思う。その経験のお陰で、去年に未成年の盗賊団を摘発できたから。


「そうですね、快楽殺人……聞いたことはあります。母方の伯爵領で起きた事件ですが」

「二百年前に起きたアレか。例の事件の後、参考として調べさせてもらった」


 国の内外で起きた類似事件について調べ、思った以上に頭のおかしな人間が多いのだと思い知った。他者の生命を奪うことで悦楽に浸る者の心理など理解できる気がしない。


「ヤツらにとっては性癖や趣味嗜好のようなものだが、それが世間では赦されないことだと分かっている。だから葛藤し、何とか自分を抑え込もうとするんだ。そこで我慢できずに一歩踏み出してしまうと、その快感が忘れられなくなるらしい。

 犯行後、暫くはバレないかと恐れて鳴りを潜めるが、時間の経過と共に実行した際の記憶が己を刺激し耐えられなくなるようだ。アル中患者の前に酒瓶を置いて飲むなと言うようなものなのだろう」


 理解できないし、したくもないがヤツらが己を止めようとすると信じ難い程の苦痛を伴うらしい。


「伯爵家の姉弟は俺が踏み込んだ時点で、過去に何人犠牲にしたかすらも覚えていなかった。片手で足りないことだけは辛うじて分かっていたらしい」

「遺体の捜索は……」

「人員が足りなくて断念した。ヤツらは使用人に命じ、遺体を王都近郊の森に捨てさせていたからな」


 彼女が僅かに眉を顰める。


「あの森には熊や狼がいますよね?」

「ああ。隊を編成し、あの広い森のどこにあるか分からない遺体を猛獣に警戒しながら捜索するのは時間も資金もかかりすぎる。それに、既にヤツらの腹に収まった可能性が高い。もし骨になってしまっていた場合、それだけを見て身元の特定は勿論、死因の究明も出来ない。

 得るものが殆ど無いのに貴重な人員を割く訳にはいかなかった。当時、国境線の警備に多数の騎士を派遣していたからな」

「散々痛め付けた上に遺体を粗末に捨てるなんて同じ人間だと思いたくない惨さですね」

「同感だ。俺はその時点で姉弟の更生は不可能だと判断した」


 勿論、二人の人生が終わるまで監禁し、強制的に凶行に及べなくすることは出来る。だが、そのために限りある資産を割り当てる価値を見出だせなかった。

 平民として放逐しても全く安心できない。手足となって動く使用人や潤沢な資金が無くとも残虐な犯行に及ぶ者は沢山いる。快楽殺人の犯人にはスラム街の住人も珍しくない。弱肉強食の環境だからやりたい放題で、被害者数は恐ろしい程だった。


「当然だが、姉弟に甚振られていた子供の傷は回復不能なものも多い。命を取り留めたのが奇跡だった程だ。しかし助かったものの、この先の長い人生で苦労するのは火を見るより明らかな上に、心の傷だって、きっと大人になっても責め苛む。どうせ何十年もかけるなら、その子を何とかしてやりたい。

 事件後 暫く経って兄上に意見を求められた際、そう答えた。誰もやりたがらないのなら、俺が自ら刑を執行しても構わない、と」


 それだけの覚悟を持って進言した。本来なら冷酷非情という誹りは俺こそが受けるべきだ。なのに兄上は最終的に決めたのは自分だからと、俺は求められて個人的な意見を述べたに過ぎないからと、それを背負わせてくれなかった。



 二人の犯行については秘匿された。貴族が平民を殺しても大した罪にはならない。おまけにまだ子供。のみならず、遺体が殆ど残っていないなら、本人や使用人の証言だけでは証拠としては弱い。法に照らして裁けるのは現行犯である幼子に対する殺人未遂、及び遺体が現存していたもう一人の幼子に対する殺人のみ。どんなに頑張っても死罪は無理だろう。

 公表しても暴動すら起きかねない程に世間を騒がせるだけで得られるものが無い。だが二人を野に放つことも出来ない。だからただ法に従った結果として親の罪に連座させ、姉弟の人生を終わらせた。



「私も殿下方の判断を支持致します。子供だから処刑は酷いという意見も分かりますが、その二人をこの先何十年もの長い歳月、ずっと監禁するのは無駄だとしか思えません。その姉弟を研究し続けても、類似の犯罪を未然に防ぐのは難しいでしょう。

 そのような不確かなことに貴重な財を費やすより、罪なき者たちを庇護し、自分の力で生活できるよう導くことに使いたい。少なくとも私の領地ではそうします」


 黙って聞いていた彼女が言葉を紡ぐ。確りと俺の目を見て。もう兄上への恐怖は払拭されただろうか? 彼女自身も厳しい決断をしなければならない立場だ。今までも実質的にはそうだったが、もうじき名実共にそうなる。背負うものの重さは違っても、兄上と彼女の立場はそう変わらない。それを知って落ち着いたのかもしれない。



 そもそもあんな替え歌を歌っていた人が残虐な殺人犯の死を悼むとも思えないしな!



「食事時に相応しくない話だったが……」

「殿下は食後のお茶まで待って下さいましたよ。それに日頃から食事時に領内で起きた事件や事故などの報告を受けるので慣れていますし。

 信じて話して下さってありがとうございます。言うまでもないことですが、お約束した通り伺ったお話は決して口外しませんのでご安心下さいね」

「そこは流石に心配していなかったよ。貴女なら大丈夫だと確信があったから話したんだ」


 それにしても多少のことでは動じない心身共に強いアルシーア嬢は得難い存在だと思う。彼女の隣に並び立てるのなら、俺は最も幸せな存在になれるのに。

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