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翌朝

「殿下、おはようございます」

「ああ、おはよう。本当に早いな」


 昨晩 部屋に戻ってから スタウト嬢宛に王族用の鍛錬所を好きに使って良いとの伝言を頼んだが、昨日の今日で早速来るとは思わなかった。それもアルシーア嬢までだなんて。今日くらいはゆっくり休めば良いのに。


「昨日の今日で鍛錬を?」


 貸し出されたのであろう女性騎士用の練習着を身に纏う彼女は、そのような軽装でも気品と美貌が隠せていない。それどころか余計な装飾が無い分 却って際立っている。

 だがあまり身体の線が出る格好はお勧め出来ないな。狼の群れが作り出される恐れがあるから。


「はい、毎朝の日課ですから。私は剣の扱いがまだまだですので」

「無理に剣を扱う必要も無いだろう」


 昨夜見た鞭さばきは素晴らしかったので、それを活かせば良いと思う。


「狭い場所や周囲に人が多い時、あの鞭は使えません。金属の入っていない短めの鞭でも良いのですが、やはりもう一種類くらい使える武器がある方が良いと思いまして」

「確かに。その短剣の練習をしているのか?」

「はい。普通の剣だと重くて持ち運びに不便なので、これを使います」



 鍛錬所は複数人が一度に利用できる広さがあるため、お互い少し離れた場所で好きに使うことにした。のだが、つい気になって目で追ってしまう。

 剣の扱いはまだまだと言っていたが、あれだけ動ければ充分だろう。既に新人騎士よりはずっと上だ。彼女はスタウト嬢のせいで及第点が高くなりすぎているのは間違いない。



 今日も調子が良い。とりあえず部屋に帰って汗を流す前にアルシーア嬢に話しておきたいことが……あれ? 歌が聞こえる。天使の歌声ってこんな感じかと思う綺麗な声だけど、何か内容おかしいんだよね。犯罪に関する歌のような……気のせい、だよ、な?


「金曜日は反省もせず〜

 土曜日は押し借りばかり〜

 ……………………

 領主様これが私の〜

 一週間の罪過です〜

 ……………………」


 気のせいじゃなかったらしい。どうしよう。それでも可愛いけど。しかし何であんな替え歌に? それにしても彼女は歌声までも素晴らしいな。

 いや、呑気なこと言ってる場合じゃない! やっぱり彼女、ストレス溜まってるんじゃないか?


「スタウト嬢、ちょっと」


 一週間の犯罪歌が終わると今度は「下衆な罪人、殺したいよ〜生きる価値無いから〜『すぐ終わるよ♡』」と自ら合いの手まで入れて歌い始めたアルシーア嬢に気付かれないようにそっと声をかけると、肩を落として頷いた。


「あの歌は……」

「……お嬢様は実質的には既に領主です。時には領地の治安維持のために捕縛や討伐もなさりますし、捕らえられた咎人を裁くこともあります」


 そうだろうな。前侯爵が他界する前から、よく体調を崩すようになった彼に代わり奔走していたと聞く。


「昨晩は御者が負傷したけれど命に別状は無く、被害は大して……いいえ、馬は可哀想でしたが……とにかく人命は守られました。ですが、あの者たちが初犯である筈が無いのは明白。お嬢様は暫くの間、過去の被害者の方々に思いを馳せておられました」

「そうか、彼女らしい……と言える程に親しい訳ではないが、それではストレスが溜まるだろう」

「ああやって歌うのがお嬢様のストレス解消法なのです。私がお傍に侍る前から そうしておられたそうです」


 だからこういう時は歌が終わるまで声をかけないようにしているのですが、流石に王宮では、おまけに時期が時期だけにあらぬ疑いをかけられないか心配です。と顔を曇らせる彼女に、この時間はここに近付く者は殆ど居ないから大丈夫だと言っておいた。いざとなれば俺が歌わせたと言って押し切ることも出来るから大丈夫だし。

 でもそんな時に新たな負担をかけるのは申し訳ない。けど仕方ないな。多分、そうしておいた方が良いと思うから。


「ア、えっと、コンフィデント嬢、その……もし嫌でなければ昼食を共に、どうかと思ったのだが」

「昼食、ですか?」


 ちょうど歌が終わった時に声をかけると、きょとんとした顔を向けられた。何それ可愛い。いつも静かな微笑みを湛える感情を見せない令嬢じゃなかったの? 昨日から色んな表情が見られて嬉しさが空高く舞い上がり、浮かぶ雲すらぶち抜きそうなんだけど。

 今日は火曜日。本来は登校する日だが、俺も数日間は学園を休んで後始末をする予定だ。登校予定の妹たちは少し不満そうだけれど仕方ない。王族が揃って休むと勘繰られる上に、アルシーア嬢の友人であるデアリング嬢への当たり障りの無い説明など、やってもらうことがあるのだから。


 アルシーア嬢の今朝の予定は朝から女性騎士による事情聴取、午後には兄上との謁見と時間には余裕があるが、精神的には負担の大きいことが待ち受けている。

 ならせめて食事ぐらいは部屋で気軽にとって欲しいものだが、兄上との顔合わせ前に話をしておきたい。しかし俺は予定が詰まっていて、食事時以外に彼女と個人的に会う時間がとれないのだ。申し訳ないが今日だけは付き合って欲しい。


「勿論、構いませんが……その、朝食はご一緒できないのでしょうか?」


 今、非常に都合の良い空耳が聞こえた気がします。彼女が俺との朝食を望んでくれるなんて、俺の願望が作り出した幻聴だよね?


「申し訳ありません。私ったら、厚かましく」

「いや、もし貴女が構わないのであれば是非ともお願いしたい所だが、部屋で食事をした方が気楽で良いのではないか?」


 空耳じゃなかった。これ幸いと思いっきり食い気味で返答してしまう。だって、こんなチャンス逃したら一生後悔するよね?

 信じられない幸運に動悸息切れ目眩が襲いかかって命の危機を感じる。騎士たちと激しく打ち合いをしても、こんなことにはならないのに。


「祖父が亡くなってから、誰かと食事をしたことが無いのです。プラムもそうですが我が家の使用人は皆、流石に私と食卓を囲む訳にはいかないから、と」


 寂しそうに微笑む姿は儚くて消えてしまいそうだ。そうか、どんなに仲が良くても己の立場を弁えた使用人が共に食事をする筈も無いな。彼女はもう二年もずっと独りで食事をしているのか。


「俺で良ければ喜んでご一緒させてもらおう。ただ、もう分かっているとは思うが、女性を楽しませるような会話は期待しないでくれると助かる」

「それを仰るなら私の方こそ、令嬢らしい会話など出来ませんから」



 鍛錬の後、妹たちに会ったので朝食をアルシーア嬢と共にするから一緒にどうかと誘ったら、今朝は早く登校したいので部屋で簡単に済ますと断られてしまった。賑やかな方が彼女も喜ぶだろうに、残念だ。



 そして今に至る。いつもの何の変哲もない朝食がこれ以上ない程に輝いて見える。今朝は特殊な照明を設置したのか?


「いつも通りでございます」


 気心の知れた侍従、ローワンがそっと耳打ちする。俺、まだ何も言ってないよ?


「殿下、ご一緒して下さりありがとうございます」

「こちらこそ。貴女が居てくれると、いつもの食卓が信じられない程に華やかになるな」

「っ、恐れ入ります」


 俯いて頰を染めるその顔、可愛すぎてそのまま額縁に収めたい! 生きる芸術と言っても過言ではないよね?

 二人で朝食なんて自分が何かやらかしそうで不安だったが、思った以上に話が弾む。引っ切り無しに話し続ける訳ではないが、気まずい沈黙が下りることも無い。

 食事の合間に彼女の領地で暴れていた野盗を捕縛した際のエピソードや、鞭で初めて暴れ猪を仕留めた際に酷く興奮したことなど、楽しい話を聞かせてもらった。こんなに幸せで良いのだろうか。


 もしかして俺、近々死んでしまうとか無いよね? あまりにも俺に都合が良すぎて不安になるんだけど。



 食後の茶を楽しみながら、気懸かりは先に片付ける方が良いと判断し、話を切り出した。


「アル、コンフィデント嬢、昼食の時に話そうと思っていたのだが、午後に行われる兄上との謁見については聞いているか?」

「はい、今朝一番にお聞きしました」

「その前に話しておきたいことがある。兄上はああ見えて容赦ない所があるのは、侯爵家の次期当主である貴女は既に聞き及んでいるだろう。だが罪なき者に理不尽な扱いは決してなさらない方だ。

 だから心配しないで気楽にしていて欲しい」


 謁見の話をした瞬間から顔が強張っている。無理も無いか。

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