想い
ヒロイン視点です
「お嬢様、いい加減に今日はお眠り下さい」
「分かっているわよ、ちゃんとベッドで横になっているじゃない」
「そんなに冴えた目で仰られては、心配で下がる訳にはいかないのですよ。あの不届き者たちへのお怒りはご尤もですが」
「それもあるけれど……」
殿下方との話が終わってもう二時間は経過している。暫く学園を休むように言われたので遅刻の心配は無いけれど、毎朝の鍛錬は続けたい。そのためにも体調管理を怠らないよう、 もう寝ないといけない。でも寝付けないのよ。
「確かにお怒りだけでは なさそうですね。でしたら殿下に告白でもされましたか?」
「流石にそこまでは……っ!? どうして?」
「今日のご様子で何かあったのは流石に気付きますよ。以前から殿下がお嬢様を想って下さっているのは丸分かりでしたからね」
そんなに分かりやすかったかしら? 私は全く気付かなかったのに。流石に面と向かってあんなに褒めて戴いたら、そうなのかなと思えたけど。
だって月明かりの下でも分かる程に頰を染めて、あんなに熱の籠もった目で……
「まだ何も決まっていないので、貞操はお守り下さいね」
「プラム、何てことを言うの?! 殿下とそんなことになる訳ないじゃない!」
私を助けに来て下さったオリアンダー第二王子殿下。
眉目秀麗で学園での成績も良く、入学以来ずっと首席争いをさせて戴いている。剣の腕も聞いていた以上で驚かされた。それなりにお強いのだろうとは思っていたけれど、王子に対するお世辞も多分に含まれているのだろうと話半分に聞いていたから。
そんな殿下は普段の厳しい言動と去年の騒動のお陰か令嬢たちは迂闊に近付かないけれど、それでも人気が高い。
異母兄であるミルフォイル王太子殿下はもっと優しいお顔立ちで物腰も柔らかいけれど、愛妻家で一歳になられたばかりの王子殿下を大切に守り育てていらっしゃる。第二妃は何があろうと迎えないと明言されているからマトモな令嬢であれば諦めるものね。
私は正直に言うと王太子殿下は恐ろしいと思う。出来れば近付きたくない程に。勿論、いずれ領主になるのだから謁見の機会が増えるのだと分かっていたけれど。
今回のことでその予定が大幅に前倒しになるのは少し憂鬱。けれど、オリアンダー殿下にまるで普通の令嬢のように守られた上に想いの籠もった言葉をかけられ、浮かれてしまったのだから現金だと思う。
学園で失礼な令息にしつこく絡まれた時、まさか鞭の餌食にする訳にもいかず困っていると、殿下が助けて下さったことが何度かあった。書棚の上の方にある本を読みたい時に手渡して下さったことも。
片手の指で辛うじて足りない程度の回数だけど、その度に優しい目で見られて心が弾んだ。あのブルーシルバーの瞳の予想外の温かさを知り、思わず頬が綻んだ。それでも相手は尊いお方だから勘違いして馴れ馴れしくしないよう、少し遠くから見ているだけだった。
なのに。
あんなの反則でしょう? 頬は ほんのり紅潮して潤んだ煌めく瞳で可憐だとか可愛いとか言うなんて……可愛いのは殿下ですと声を大にして言いたかったわ。
それでも身の程を弁えないと。
「そうですか? 殿下はいずれ臣籍に降下されるお方です。新たに家を興すより、婿入りの方が手っ取り早いですよね? そしてコンフィデント侯爵家は王子殿下の婿入り先としても申し分無いと思いますが」
ミルフォイル王太子殿下とそのお子であるユーストマ王子殿下の次に王位継承順位が高いのが、今話題に上っているオリアンダー第二王子殿下。なのにいずれ王宮から出される。双子の妹であるプルメリア第一王女殿下は残られるのに。
現国王陛下のお子である四人の殿下方は生まれた順番に王位継承権がある。ご成婚当時の第一妃だった今は亡きアスター王太子妃殿下のお子を優先させる案もあったけれど、現王妃であるカルミア殿下の方が家柄も上で最初から実質的には彼女が正妃だったこともあり、第一王子であるミルフォイル殿下が順当に立太子なされた。当時、王太子殿下は十二歳。
だけれど、王太子殿下と同じくらい優秀、かつ身体能力も高いと評判だったオリアンダー殿下。それが関係者の不安を煽った。
お二人は異母兄弟とは思えない程に仲が良い。だけど本人同士の思いがどうであろうと、利用しようと企む者は必ず現れる。国を揺るがす危険の芽を摘むために第二王子殿下は将来臣籍に降下する。当時は第二王位継承権者だった僅か九歳の王子に対して異例の発表だった。
序でにもう一人の王妃殿下のお子であるアイリス第二王女殿下もいずれ降嫁させ、その代わりアスター妃殿下のもう一人の忘れ形見である第一王女、プルメリア殿下を王宮に残すことにした。
王族の数が減っている今、三人揃って出してしまう訳にはいかないからだと思う。公爵家などに血筋は受け継がれているが薄まっており、本人たちも王族よりは貴族だという認識が強い。
なのでプルメリア殿下は、婚姻後は三代前の王弟殿下が利用されていた藍玉宮に移り住まわれる。次代の王族を産み育てるために。
それでも継承順位はオリアンダー殿下と将来生まれるであろうそのお子方の方が、プルメリア殿下といずれ生まれる彼女のお子方より上だ。
王宮に残るプルメリア殿下を担ぎ上げようにも継承順位はさほど高くないので、語弊を恐れずに言えば彼女の利用価値は低い。不届き者が現れないようにとの配慮でしょうね。
アイリス第二王女殿下は四人の中では最も継承順位は低い。けれど、王妃殿下のお子であり、王太子殿下と同じく建国王の色である青紫の髪と瞳をお持ちだ。プルメリア殿下よりは担ぎ上げられる危険性が高いために、やはり降嫁させることになったみたいね。
当然のことながら それらの事情が赤裸々に公表される筈も無いけれど、それなりの家の当主や後継者であれば自ずと察せられる。王室程ではなくとも高位の存在であればお家騒動は他人事では無いのだから。それ以外にも理由はあるのかもしれないけれど、流石にそこまでは分からないわね。
それにしても王族の面倒臭さは溜め息が出る程。だって故アスター妃殿下の生家であるプラシド侯爵家、そしてカルミア王妃殿下の生家のレゾルート公爵家共に王位には全く興味が無いのに。寧ろ王家との距離をとりたがっていたと聞くわ。そしてどちらの家も四人の殿下方を分け隔てなく大切にされているのも広く知られた話。なのに、仲の良い殿下方を利用しようと狙う存在は国の内外に散らばっている。
彼らを守り抜くのがどんなに大変か、想像しただけで気が遠くなるわ。
「そこでお嬢様ですよ。コンフィデント侯爵家は由緒正しいお家柄ですが、代々王家とは付かず離れず、絶妙な距離を保っております。それでいて不正に関わることも無く、過去には謀反の動きをいち早く掴んでその芽を摘んだ功績もございます。
きっと王太子殿下も安心して可愛い弟殿下を預けて下さるでしょうね」
そう言われても……まだ完全にお咎め無しになるかも分からないのに。
でも本音を言うと〝そう〟なることを望んでいる。王女殿下方に訊かれ、想いを口にしてしまった。凄く恥ずかしいのに言いたくて堪らない気持ちもある。殿下とあんなにお話をしたのは初めてなのに、またすぐにご一緒したくなるのが信じられない。欲張り過ぎる自分に呆れてしまう程。
小さい頃からこんなに強く何かを望んだことは無かった。
お母様はお忙しいけれどちゃんと私を見て下さっていた。お祖父様も色々と悩まれていたようだけれど私と向き合って下さり、領主としての心構えを教えて下さった。お二人が居なくなって悲しい上に、良くないこともあったけれど何とかなっている。使用人もみんな優秀で頼りになる上に優しい。
欲しい物は殆ど思い付かなくても、望めば与えてもらえるのは分かっていた。不満なんて無い。家や領地、商会を守るためには頑張るけれど、自分のために何かを望むなんて思いもしなかった。だって必要が無いから。
何より本当に望む存在を引き戻すことは赦されない。だから何も望まない。そうすれば心穏やかに暮らせる。
なのに今はまるで別人のよう。少し怖いけれど、とても心地良くもある。もう少し近付きたいという望みに従ってみても良いのかしら。