正反対な姉妹
「まあ怖い! お姉様はいつもこうやって私を睨みますの」
「何て酷いのでしょう。血を分けた妹に対して」
「お気の毒なシフィリス様」
爽やかな風が吹く晴れた秋の日の朝、今日も充実した一日を過ごそうと登校する将来有望な学友たちを見て、この国の未来は明るいと喜んでいた。
あの不愉快極まりない声が聞こえてくるまでは。
またか。今に始まったことではないが心底うんざりする。取り巻きの二人は何であんな阿婆擦れの戯言を真に受けるんだ? 一応は令嬢として教育を受けた筈だろうに。
あの恥知らずと血の繋がりがあるとは思えないアルシーア・コンフィデント侯爵令嬢。切れ長の瞳が印象的な美女だから誤解されがちだが、とても控えめな性格だ。それでいて芯は強く責任感もあり、他者への思いやりに満ちた素晴らしい女性である。
だが声高に自己主張をするタイプではないせいで、頭も股もユルユルで色々な中身を垂れ流してそうな異母妹が言いたい放題で印象操作をしている。
「いい加減にして下さい、アルシーア様はそんな人ではありません!」
ああ、性病女とは違うベクトルで俺の苦手な女生徒がやって来た。
ガーベラ・デアリング子爵令嬢。淡いピンクのガーベラを擬人化したらこうなるのではと思わせる愛らしい容姿だが、それに騙されると痛い目に遭うだろう。
つい二年前に母を亡くしたのをきっかけに子爵家に引き取られた庶子──正確には現子爵の駆け落ちした弟の忘れ形見──である。彼女が平民時代に街で怪我をした際にアルシーア嬢に助けられ、ついでに勉強道具や本などをプレゼントしてもらったらしい。
「女の子だって悪い大人に好き勝手されない為に教育は必要だって言ってもらえたから、今の私がいるんです!」と目を輝かせて言う彼女はなかなかに好感が持てた。アルシーア嬢の腕にしがみついてさえいなければ、だが。
「まあ、煩いのがまた突進して来ましたわ」
「まるでイノシシですわね。何てはしたない」
「令嬢として恥ずかしくないのかしら」
お前ら、何言ってるんだ? はしたないのはそこの淫乱に決まっているだろう。デビュー前なのに身持ちの悪さで名が知られているのは令嬢として考えられないぞ。それに口さがない自分たちを恥じろ。
しかし見れば見る程あの尻軽はアルシーア嬢とは似ても似つかない寸胴の幼児体型で、顔立ちも子供っぽすぎる。客観的に見てもっとあどけない顔立ちの筈のデアリング嬢だってあんなに幼くないのに。中身の幼稚さが現れるのか?
アレに欲情できる男がそれなりに居るのが信じられないんだが、そういう趣味の男は意外と多いのか? 間違っても本当の幼子には手を出してくれるなよ。
それにしても女同士のいざこざに俺が口を挟むともっと面倒なことになりそうだし、いつも通りでいくか。
「お兄様、私は便利屋ではないのですが」
まだ何も言ってないのに流石だな、双子ってこういう時に便利だ。
「頼りになる妹を持って幸せだよ」
「全く調子の良いことを」
面倒事を押し付けられてウンザリした顔をしているが、ああいう揉め事を放っておけないくせに。素直じゃない所も本当に可愛い。後で抱きしめてやろうかな。
おい、急に悪寒に襲われたと言わんばかりに腕をさするのはやめろ。
「何をしているのです?」
「あっ、プルメリア殿下! あの、姉がいつものように私にきつく当たるものですから」
「きつく? 私は先程から一部始終を見ていましたが、貴女たちが一方的に言いがかりをつけているようにしか見えませんでしたよ」
おー、もう少し泳がせるかと思いきや、はっきり言うなあ。
ああ、阿婆擦れと取り巻きたちが焦ってる。ここで退いた方がまだ傷は浅くて済むよ。でも引き際が分からない程にお馬鹿なんじゃないかな、多分。
「いいえ、姉はいつも私に冷淡で口煩いのです」
「冷淡なのに口煩いのですか……矛盾していますが、まあ それは良いでしょう。そうならざるを得ないのは、貴女の振る舞いが令嬢、いいえ、平民としても考えられない程に みっともないのが原因では?」
王侯貴族はどこで足を引っ張られるか分からないので、言葉尻を捕らえられぬように婉曲的な物言いを常とする。但し、俺の妹以外は。
いや、リーアも普段はこんなにはっきりスッパリ言わないけど、あの連中みたいに遠回しに言っても理解しない相手には思いっきり辛辣なんだよ。特に今は、自分が高く評価しているアルシーア嬢を悪しざまに言われて気分が悪くなっているから。
「そんな、酷いです!」
「王女様だからってそんな言い方ないと思いますよ」
「シフィリス様に謝って下さい」
おい、取り巻き共。お前らの方が大概だぞ。事実を指摘しただけの王女を非難し謝罪を要求するとは。
「不敬だな」
「えっ、オリアンダー様?」
「誰の許可を得て俺の名を呼んでいる? 身分で呼べ。それぐらい常識だろう」
ああ、コイツラは一学年下だから去年の騒動を知らないのか。
「ガーベラさんだってお姉様を名前で呼んでいます!」
「私はアルシーア様から許可を戴いています。ね?」
「ええ」
頷くアルシーア嬢を睨む愚物。姉への態度ではない。そして確実にデアリング嬢の名を呼ぶ許可は得ていない筈だ。あの二人は顔を合わせると険悪な雰囲気にしかならないから。
俺は心の中でのみアルシーア嬢と呼んでいるから問題無し! うっかり呼ばないように気を付けよう。
「本来なら私のことも第一王女と呼ぶべきなのですよ。ああ、念のため言っておきますが、お兄様は第二王子です」
「それは知っています!」
さっきリーアをプルメリア殿下と呼んだ取り巻きその一が吠える。確かガリブル・リバーサル伯爵令嬢か。いや、お前とつるんでいる二人は何度注意してもプルメリア様と呼んでるからね。そこの淫奔に至っては ついさっき俺の名前を呼んだ程だ。とても知っているとは思えないんだよ。
「まさか学園内では身分の垣根を取っ払ってみんな平等、などと考えているのではあるまいな? だとしたら貴様らの教育を怠った親にも それなりの対処をしなければならないが」
「そっ、そんなワケないじゃないですか!」
おい、猿女……猿に失礼だな、下半身で物事を判断するヤツが吠えるなよ。ごまかそうとしても顔を引き攣らせている上に、ついさっきの失態はこの場にいる者に目撃されているんだぞ。
「疑わしいですね。一応貴女たちは後輩なので忠告しておきますが、去年お兄様を馴れ馴れしく名前で呼び、腕を絡めようとした令嬢はその場で拘束されて牢に入れられましたよ」
「そこまでする程のことですか?」
取り巻きその二、えーっと、ナスティ・ソウトレス子爵令嬢か。覚える価値も無い相手だが、王族である限りは頭に入れておかないとな。貴様も頭は大丈夫か? 寧ろあれは温情が溢れかえる措置だぞ。
「その場で腕を叩き斬られなかっただけでも感謝して欲しいくらいなんだがな」
護衛がすかさず取り押さえなければ、俺がそのアホの腕をへし折っていた。もし街中なら暗殺の恐れがあるので即座に両腕は使い物にならなくされていただろう。学園内だからその程度で済んだのだ。
「まだ入学したばかりの若い学生だから更生の余地はあるので忠告してやろう。俺が『貴様』と呼んだ相手には王家の監視がつく。今後は精々身を修めることだ」
青い顔で俯く取り巻きその一は更生するだろうが、憎々しげに睨む二人は駄目だろう。
それに社交に関しては幼子以下だと証明してしまった。目線を逸らした瞬間は、まだ視界に捉えていると何故分からないのかね。
さっさと掃除するか。
短めの話をもう1話だけ今日中に投稿予定です