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02

 案内されたのはよく手入れされた中庭を含むウェイデルの居住区画のどこでもなく、また城内の謁見(えっけん)や会見に利用される部屋部屋のどれでもなかった。

 一頭の竜が、金色がかった緑の(うろこ)をきらめかせて竜舎の前にうずくまっている。ヴァーヴズヘイズという名のその竜の背中には、特別あつらえの鞍が乗せられ、世話係達が腹帯を締めようと躍起(やっき)になっていた。

 そしてヴァーヴズヘイズの吐く熱い息を感じられる場所に、険しい表情の竜騎士サイガが立ち、くすんだような黒髪を背中に垂らした長身の魔法使いと話し込んでいる。サイガの背丈とて十スパン近いのだが、ウェイデルの方が更に半スパン以上高かった。

 グルルルル……

 ラヴァス達の姿を認めたヘイズが咽喉(のど)を鳴らし、三人は馬を降りて彼らに近づいて行った。フリームや王宮の馬は竜に慣れてはいるが、それでも必要以上に傍へ寄ろうとはしない。

「おはようヴァーヴズヘイズ。おはようございます竜騎士サイガ様、魔術師ウェイデル様」

「おはよう、ラヴァス。調子はどうだ?」

 どこか(おど)けたところのあるサイガは顔全体でラヴァスに笑いかけた。アイカの手に接吻(せっぷん)しようとして空になった把手付の杯を指にぶら下げたままだったのに気付き、慌てて差し出しかけた右手を引っ込める。

「これはどうも。またお会いできて光栄ですよ、アイカ姫」

「お元気そうで何よりです、サイガ様。ですが、私はもうアズルの王家とは縁のない人間です。姫はやめてください」

「たとえあなたが下町の花売りでも、俺にとっては姫君ですよ。ラヴィンでなく他の誰かの嫁さんなら()(さら)ってでも俺のものにしちまうんだが……」

「同じような事を言ってもらいたがっている未婚の女性は大勢いるぞ、サイガ」

 魔法使いの低い声。いつも囁くような話し方をするが、正確無比な発音と力強い発声のせいで離れた所にいてさえ、聞き手に耳元から響いてくるような錯覚(さっかく)を与える。

「いい加減に貞節な奥方を困らせるような事を言うのは、やめておくんだな」

 その物言いは感情を感じさせない平板なものだが、ラヴァスにはウェイデルが面白がっている事が感じられた。

 サイガといて楽しい気分になれない人間は、目の前の不幸に何も見えなくなっているか、人生のどこかにそういう感情を置き忘れてきてしまったのに違いない。 

「おはようラヴァスアーク。お久し振りですアイカ殿」

「ご無沙汰しておりましたウェイデル様」

 アイカはキュロットの端をほんの少しつまんで略式の礼をし、魔術師の、黒煙を想わせる(とら)えどころのない瞳を見つめた。

「なぜ、私共が来る事を?」

「ご子息の呼び声が聞こえたので」

「ラヴァスの?」

「俺にも聞こえた」

 召使の一人に杯を手渡したサイガが口をはさんだ。

「と、言うよりヘイズが感じたんだが」

「あなた方は僕の願いを聞き入れてくださったんですね? 感謝します」

「ラヴァス……?」

 アイカは困惑に眉を寄せ、一同の顔を見回す。

「ラヴァスは心話でウェイデルに助力を求めたんだ」

「心話で……?」

「御子息が御主人の心話の才を受け継がれているのは御存知でしょう」

「呪物の助けもなしに王宮まで思惟(こえ)を届かせるとは大したものだ。が、やり方が幼稚だったんでヘイズがそれを()ぎ分けて俺に中継した」

「嗅ぎ分けた?」

「竜は魔法の臭いを嗅ぎ分けるもの」

「その通りだ、ラヴァス。だが、本来ウェイデルにだけ伝えられるべき用件が俺にまで伝わるってのはあまり利口なやり方とはいえんな。ま、道々少し(きた)えてやろう」

「どういう事ですの?」

「ラヴァスはラヴィンの所へ行きたがったんだ。それも手っとり早く」

「なぜ……?」

「それは……」

「その理由はあなたが一番よく御存知のはず」

「――――っ!」

 ウェイデルの言葉にアイカは声にならない叫びをあげ、両手で口元を押さえる。

「あ、あ……。ラヴィン……!!」

 重く冷たいものが彼女を打ちのめし、その膝を折らせた。

「母上……?」

 ラヴァスは地面にへたり込んだ母親の肩に手をかけ、そっとその顔を覗き込む。

「大丈夫……、大丈夫よ、ラヴァス」

 目を閉じ、息を整えるように二、三度呼吸してから唇を噛み、キッと前方を見据えて立ち上がった。

「主人は……?」

 その先は言葉にならなかった。口にしてしまうのが恐ろしく、また今にもあふれ落ちそうな涙をこらえるのに全力を尽くさねばならなかったから。

「今朝は魔法では《月の谷》と連絡がとれない。ヴァーヴズヘイズの思惟(こえ)すらラヴィンの竜(ヴァルガス)に届かない」

 魔法使いの声は冷たい程に平静だった。

「それは何を意味しているんですの?」

「そいつは俺も知りたいね。新月の影響もあるんだろうが……。

 だが、世界(ウェリア)(いち)と噂される魔術師にわからないんじゃ、俺なんかの出る幕じゃない」

「評判とは裏腹に、私の遠見(とおみ)能力(ちから)児戯(じぎ)に等しい。心話とて、竜騎士達に劣る。が、今はそんな事を言っている暇はない」

「そうだな、急いだ方がいい。でないと真夜中にやっとのこと(もぐ)り込んだ寝床を、夜明け前に叩き出された甲斐(かい)がない」

「サイガ様は《海の帝国》からの長旅を終えられたところなんですよ」

「余計な事は言わなくていい、ジョッグ。

 ヘイズ!」

 石炭が燃えるような喉声と共に金緑の竜が進み出、四肢を折る。サイガはその鞍がしっかりと固定されている事を確かめてから普段よりやや後方にまたがり、鞍に取付けられている騎乗帯を締めた。

「ラヴァス!」

「はい!」

 ラヴァスは竜の鱗の鋭い縁を避けながら身軽に竜騎士の腕の間に滑り込む。

「待ってください! 私も……」

「残念だが、そいつはできない相談だ」

 アイカが抗議の声をあげる前にラヴァスが割って入った。

「ヘイズは飛ぶのは速いけどヴァルガスほど大きくない。僕一人余分なだけでも彼女には大変なんだ」

「すまない、アイカ。ヘイズもそう言ってくれと言っている。ゲンドリルの(ロヴァル)ならアンタを乗せられるんだろうが、連中は今イシュキシュいるんだ」

「では私には待つ他にできる事はないのですね」

「ごめんなさい、母上」

「わかりました。サイガ様、ラヴァスを頼みます。そして一刻も早くあの人のもとへ」

「わかってる」

 (うなづ)くとサイガは軽く手を振って別れを告げ、短い綱でラヴァスのベルトと自分のベルトとを繋いだ。

「あァ、そうか……」

「なンだ? もう怖くなったのか?」

「そうじゃない……。そうじゃなくて」

 ヘイズの物よりはるかに大きいヴァルガスの鞍には、同乗者用の騎乗帯が作りつけてあり、いつもならラヴィンの(たくま)しい手がラヴァスの小さな体に合わせて素早く金具を調節してくれるのだった。

「なんでもないよ。行こうヘイズ!」

 グォォ……というヘイズの声が、わかっていますよと言っているようだ。彼女は立ち上がり、竜舎の前の斜面を駆け下り始めた。

 王宮は長々と裾を引いた花嫁のスカートのような形の丘の上にある。正門のある南側の斜面がスカートの後ろ側にあたり、竜舎から続く北側の坂は急な断崖で終わっていた。

 ヘイズは頭を低く下げ、翼をたたんで疾走する。

 あやうく飛ばされかけた帽子をつかんだラヴァスの眼前から地面が消えた。髪が逆立ち、体が鞍から浮き上がる。

 ズン!

 ヴァーヴズヘイズがそのしなやかで強靱(きょうじん)な翼をいっぱいに開き、大気が衝撃を伴ってそれを受けとめた。

 静止。滑空。飛翔――!

 風が唸り、千もの刃で切りつける。

「くっ、う……」

 息をつまらせかけたラヴァスの心にサイガの呪文が伝わり、それに和する。

 突然、風は咆哮(ほうこう)をやめ、刃を収めた。障壁が張られたのだ。これが、すべての竜騎士が竜の吐息とも言える炎だけではなく風をも操れねばならない理由。

「驚いたな……。風よけの呪文まで身につけていたのか。ラヴァス、おまえもう一人で竜に乗れるんじゃないか?」

「いいえ。きっと一人じゃまだ上手く発動しませんよ。さっきはあなたの魔法に共鳴してたから」

「フン。そんな事までわかってるのか。可愛げのない奴だ」

 小さな溜め息。

「そうでしょうね……」

 サイガはシュンとしてしまったラヴァスの頭に手をのせ、髪をクシャクシャにした。

「おいおい、いい加減にしろ。

 ……ほら、心を開け。風の唄を聴いてみろ。ヘイズの翼の奏でる唄を。そしておまえの夢を俺達に分けてくれ」

 ヘイズの翼は風を捉え、高く高く舞い上がっていた。既に王宮ははるか眼下、豆粒ほどの点になり、都のある大都島(おおつしま)を後にして《()淡海(あわみ)》と呼ばれる巨大な湖の上空へさしかかろうとしている。

「速い!」

 何度もヴァルガスの背に乗って空を飛んだラヴァスだったが、それにも増してヘイズは速かった。

『お気に召して?』

「もちろん!」

 即座にヘイズの問いに答える。竜の背に乗り、魔法の力場に包まれている今、その心話はより明瞭(めいりょう)に伝わってくる。

 サイガの笑いが弾けた。

 そして光!

 どこまでも澄み切った青い青い光

 ()破片(かけら)が舞い躍り さざめき 砕ける

 砕け 弾け きらめく

 風の竪琴 空の横笛 天の銀鈴

 精霊の合唱 ハミング

 弾ける笑い――

 彼らはひとつだった。

 彼らはラヴァスの心を覗き、その無限の可能性を秘めた楽譜を読む。

 彼らは風と太陽の(うた)を歌い、ラヴァスの心に書き入れる。

 ラヴァスはそこに絵を描き、彼らはそれに彩色する。

 ラヴァスはその絵を空いっぱいに拡げ、彼らはそれをふくらませる。

 ラヴァスはそこに憧れを投射し、彼らはそこに喜びを織り込み……

 果てしない循環、果てのない拡張。

 どこまでも、どこまでも、どこまでも……

 サイガもそれに加わっている。そしてもちろんヘイズ。

 ヴァーヴズヘイズの貪欲(どんよく)な心がそれらを喰らい、燃やし、輝かせる。

 彼方の故郷で、竜は山々の吐く炎の精気を(かて)に黄金と炎を夢見る。

 竜騎士と共にあって、その果てない憧れ、夢、希望、恐れに立ち向かう勇気が彼女の心を震わせ、夢を紡ぐ。

 黄金と炎に(まさ)る輝きを放つ夢を。


※十スパン(約百八十センチメートル)


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