9 皇太子妃改め皇后①
来てくださって、ありがとうございます。皇后、いえ、修道院長。
十八年も経っている上、美容に手間暇かけらない環境にいるのに、相変わらずお美しい。
あなたの美しさは最高の環境のなせる業ではなく、元からの土台がよろしかったのね。
わたくしなど、最高の環境にいても、この程度ですわ。
皇后としての能力も、あなたに及ばなかった。
だから……あの方の心を得られなかった。
ああ、ごめんなさい。しんみりしてしまって。
本当なら、わたくしのほうが、あなたがいる国境の修道院に向かうつもりだったのですが、皇太子に、数日後に即位する新たな皇帝陛下に、反対されたのです。
まあ、そうですわよね。
皇后が皇帝を殺したというのは、外聞が悪いので秘匿されていますが、皇帝陛下を殺害した重罪人を野放しにする訳にはいきませんものね。
こっそり抜け出す事も考えましたが、監視の護衛や世話役の侍女が、わたくしを逃がした事を咎められるのも良心が痛んだので、皇太子殿下にお願いして、あなたのほうから来てくださるように手配していただきました。
皇太子殿下の配慮で長旅でも安全で快適でしたか? それはよかった。
うふふ。ああ、ごめんなさい。笑ったりして。
十八年前を思い出したのです。
毒杯を賜るはずだった前日、人生の最後の最後に、この世で一番嫌いなあなたの顔など見たくないと思っていたのに、今、本当に人生の最後を迎えようとしているこの時、なぜか、あなたと会ってお話したいと思ってしまったのです。それが何だかおかしくて。
まずは、感謝していますわ。あなたにも、義弟にも。わたくしを死なせず、ここまで生かしてくださって。お陰で、それなりに幸せな人生を送れました。
まあ結局、また罪を犯してしまいましたが。しかも、今度は傷害よりも重い殺人という罪を。
皇太子にした事も、皇帝陛下にした事も、後悔はしていません。何度時を遡っても、わたくしは同じ事をしたでしょう。
だから、罪を犯した報いは、ちゃんと受けます。
だから、今度は邪魔しないでくださいね。
皇太子殿下は、母親を裁くつもりは毛頭ない?
ええ、分かっていますわ。皇后が皇帝陛下を殺したなど、皇太子殿下の治世に大きな傷になりますものね。
そういう事ではなく、皇太子殿下は母親を慕っているし、母親を裏切った父親が悪いから、終生、あなたの罪を隠し通すつもりだ。そう、あなたに言っていたのですか?
うふふ。義弟から、あなたの正体を教えてもらっていたとしても、皇太子が、もうすぐ皇帝になろうとういう者が、出会ったばかりのあなたに、心の内を明かすのは、どうかと思いますが、それだけ、あなたが魅力的だという事かしら?
あなたがいる修道院がある領地を治める領主も、あなたに色々とアドバイスをもらっているようですね。
驚いた顔をされていますが、あなたが息子が廃人となって死んだくらいで後を追うようなかわいげがある方でないのは分かっていましたから、絶対どこかで生きているという確信はありました。だから、あなたの所在を義弟から教えてもらっていたのです。
そもそも義弟の頼みで、皇帝陛下の求婚を断るために死を偽装したのでしょう? あなたが生きている限り、皇帝陛下は絶対に、あなたを諦めなかったでしょうから。
その後も、義弟の助力で帝都から離れた国境の修道院に逃げ込んだそうですね。まあ、死んだ事になった前皇后が、のうのうと市井で暮らせませんからね。わたくし同様、神など信じていなくても、俗世から縁を切らざるをえなかったのは分かります。
そこで、修道院長にまでなり、領主にまで信頼されアドバイスを求められるとは。そして、そのアドバイスのお陰で領地が豊かになり、領民が住みやすくなったそうですね。あなたは、どこにいても、人の上に立ち政務に係わる運命なのですね。
次話で完結します。