３ 皇太子妃③
ふう、やっといなくなったわ。
大嫌いなあなたの情けで生かされたくないというのも、本当。
でも、それ以上に、あなたと彼が結婚する姿を見たくない。
皇帝となった彼は、あなたを求めるだろうから。
そんな世界で生きていたくない。
こうなった事を後悔などしていない。
自分の心に従ったのも、本当。
でも、皇后や周囲が思っていた理由ではないわ。
皇太子のわたくしへの扱いへの復讐などではない。
周囲に誰一人味方がいなくても、わたくしは公爵令嬢で、皇太子の婚約者、準皇族だ。公爵家や皇家の影を使えるのだ。彼らを使って、わたくしに暴言を吐き暴力を振るう皇太子の取り巻きを排除する事もできた。
それに、その気になれば、皇太子を「調教」し、わたくしに完全に服従させる事もできた。
でも、あえて、そうしなかった。
皇太子とその取り巻きの暴言と暴力に泣かされて婚約を嫌がる振りをした。
わたくしが皇太子に何をしても不審に思われないように。
真の動機を隠すために――。
皇太子や周囲のわたくしへの扱いが、どうだろうと構わなかった。
彼を想うだけで幸せだったから。
わたくしが養女となった、母の実家の公爵家の嫡子、わたくしのお義兄様になった方。
誰よりも美しく怜悧で誇り高い方。
無能な皇太子を傀儡にして裏から帝国を支配する。
義兄は、それで充分満足だったのかもしれない。
けれど、わたくしが嫌だった。
誰よりも美しく素晴らしい義兄が表面上でも無能な皇太子の下に置かれるなど。
義兄の母は皇帝の妹であり、公爵家自体、何度も皇家と婚姻を結んだ家系。現在、皇帝には皇太子しか子がいないので義兄が皇位継承権第二位となる。
だから、排除する事にした。
皇太子が亡くなれば、あるいは、皇太子失格になるほどの身体か精神の障害を負わせれば、義兄が次期皇帝になる。
養女とはいえ公爵令嬢のわたくしが罪人だろうと義兄や公爵家には何の咎にもならない。わたくしが皇太子に虐げられていた事は周知の事実なので、わたくしが皇太子にあんな事をしても充分情状酌量の余地があったし、何より、今では皇后と同じくらい政治の中枢にいる公爵家をなくす訳にはいかないのだ。
ふふ、わたくしも皇帝や子爵の事は言えない。充分恋愛脳だわ。
恋した方の事しか考えられない。
彼が従妹で義妹となったわたくしの事など何とも思っていないと分かっているのに。
他に好きな女性が、それがよりによって、皇后だと分かっているのに。
人として嫌いだった。それもある。
さらに、それとは別の、わたくしがあなたを嫌う最大の理由は、皇后、あなたが彼の想い人だからだ。
美しく聡明であろうと、施政者としての能力に優れていようと、わたくしから見れば、何の魅力も感じない欠陥品だ。
けれど、義兄は、そんな皇后を愛している。
そして、わたくしは、わたくしが何の魅力も感じない、女として、母として、人として、欠陥品の皇后を愛している義兄を愛しているのだ。
あんな女を愛している男を愛するなど、どうかしていると思っても、想う心を止められなかった。
義兄が望んでなくても、最高のものを与えたいと思ってしまった。
これは、わたくしが、わたくしの一存で、わたくし自身のために行った事。
だから、後悔などしていない。
