2 皇太子妃②
皇太子とその取り巻きに暴言だけでなく暴力も振るわれていたから、自衛のため、皇后教育の一環とうそぶいて武術も習っていました。それでも、相手は皇太子で、いつも護衛に囲まれている。多少武術を嗜んだだけの女では危害を加える前に取り押さえられるのが関の山。だから、二人きりになれる初夜で殺害を決行するつもりでした。
だのに、あの馬鹿、何をとち狂ったのか、結婚式の後、本当なら初夜だというのに、皇宮にある重罪人を収容している牢に、わたくしを連れて行って、彼らの相手をしろ、などとほざきやがったのですわ。
牢には、皇太子の取り巻き達もいて、にやにや笑って見ていやがりましたわ。
皇太子とその取り巻き達と罪人達、多勢に無勢では勝ち目はないでしょう。
それでも、一矢報いたかった。
だから、無力な女一人では何もできないだろうと油断しきっていた皇太子の腹を奴を殺すために隠し持っていた短剣で刺してやりましたわ。
そのまま倒れ込んだ奴を滅多刺しにすれば殺せたのでしょうが、尊厳を踏みにじられるところだったのですもの。ただ殺すだけでは気持ちが収まらなかった。
だから、奴の男根をちょん切ってやりましたの。
目の前で、アレがちょん切られるのを見たせいか、噴き出す多量の血のせいか、それとも、わたくしの鬼気迫る様子のせいか、重罪人達も恐れをなしたのか、わたくしに手を出してこなかったので助かりましたわ。
取り巻きの中には、失神したり、失禁する奴もいましたわね。女の尊厳を踏みにじろうというのなら、それなりの覚悟と胆力を持ってくるべきだったのに。情けない。
騒ぎに気付いた衛兵達によって、皇太子は医務室に、わたくしや取り巻き達は捕縛され、それからの事は、あなたも知っての通りですわ。
取り巻き達、公爵令嬢で皇太子妃となったわたくしへの罵詈雑言と暴力で廃嫡となり鉱山奴隷として送られたそうですね。まあ、廃嫡にならなくても、目の前でアレがちょん切られるのを見て精神を病んだ奴も出たらしいですわね。ざまあみろ。
彼らのわたくしに対する所業を調べて罰を与えたところで今更ですが、まあ一応、お礼を言っておきますわ。
ああ、そうだ。あなたには、どうでもいい事でしょうが、わたくし、父の、子爵の実の娘ではなく、本当は姪になりますの。
あなたを愛していた父は、あなた以外の女性との間に子供を作りたくなかったそうで、子爵の弟、わたくしの形式上の叔父に頼んで、母との間に子を、わたくしを生したのですわ。
母としても、子を儲けるのは貴族女性の義務として従ったそうですが。まあ、同じ皇帝の我儘の被害者だのに、お前が皇帝の心を繋ぎ留められなかったせいだと責める夫との間に子を生したくはなかったそうですし、たとえ、義務が根底にあったとしても、兄の身勝手さを謝り、母を気遣ってくれた叔父、わたくしの本当の父親のほうに恋でなくても親しみを感じたそうですから、よかったのでしょうね。
恋でなくても、親しみが持てる方との娘だのに、母は、どうしても娘を愛せなかった。祖母に、姑に似ていたからですね。
祖母は、それはそれは厳しい方で、公爵令嬢で皇太子の婚約者だったのに、こんな事もできないのかとか、息子の前の婚約者、有能なあなたと比べたりもして、だから、皇帝陛下に婚約破棄されたんだと、母にきつく当たっていたそうですから。婚約破棄されたのが母のせいではないように、祖母に似ているのも、わたくしのせいではないのに。
申し訳ありません。愚痴ってしまいましたわね。
ああ、ご存じでしたか。あなたに誤解されたくなかったのでしょうね。
ふふ、あなたにとっては、わたくしが子爵の本当の子だろうと、どうでもいい事でしたのにね。
恋愛脳の皇帝や子爵と違って、あなにとって大切なのは、国でしょう。
貴族として生まれたのなら、何よりも国を大切に思うのが当然なのでしょうね。
わたくしも本来なら、公爵令嬢として、皇太子の婚約者として、どれだけ疎まれても、あの馬鹿を諫めるべきだったのでしょうね。
でも、わたくしは、貴族として生まれた責任や義務よりも自分の心を優先した。
それだけで、貴族の女性として失格ですわね。
でも、後悔などしていませんわ。
自分がした事の報いは、ちゃんと受けます。
それが、たとえ、死罪であっても。
だから、今更、罪悪感に駆られて、わたくしを助けようとしなくていいのです。
あなたは、これから先も、国の事だけ考えて生きていけばいい。
そのために、皇太子が廃人になった事も、義理の娘が犠牲になった事も、仕方ないと割り切って生きていけばいい。
わたくしも大嫌いなあなたの情けで生かされるくらないなら、このまま死んだほうが何倍もマシですもの。