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八日目:晩御飯はオムライスです

 数冊の絵本を読み終えて、浩太はちょっとした自己嫌悪に陥ってしまった。ひらがなだけの文章はかえって読みにくく、朗読するとたどたどしい語り口になってしまった。なんとか棒読みにならず、感情をこめようと考えたまでは良かった。途中から欲を出して上手くやろうとしたのがいけなかったのかもしれない。さすがに彩希のような朗読劇を彷彿させるような読み聞かせは無理だとしても、優美が感情移入しやすいように配慮したつもりが裏目に出てしまった。


「ぱちぱちー」


 父親の拙い読み聞かせでも優美は満足したらしい。彩希の言った通り、親と触れ合いたい気持ちの方が大きかったようだ。

 そう思うことで、自分を慰めた。

 優美を促して、リビングへ足を運ぶ。


 すると、自己嫌悪が一気に吹っ飛ぶ光景が目に映った。なぜか武雄がエビのように身体を丸めて床に横たわっていたのだ。その周りに麒一と莉緒がしゃがんで真剣みの帯びた目つきを携えながら小声でこそこそ話している。


「なにしてるんですか?」


 なんとなく想像はつくが一応聞いてみた。優美は興味ありげにとことこと武雄に近づくと、両膝をついて観察し始めた。


「ああ、これは――」


「武雄、動かない、喋らない」


 莉緒が武雄を制する。


「なにしてるのー?」


 優美は不思議そうな表情で武雄を見下ろしながら麒一に近寄る。


「麒一さん、竹刀で殴ってないですよね」


 浩太は冗談を言う。


「するか。佐橋さんが事件現場がどんな状況なのかシミュレーションしようって言ったからこんなことしているんだ」


 と麒一は説明してくれた。


 その間、優美は莉緒の近くに移動した。莉緒が優美にペンを渡して武雄をツンツンするよう仕向ける。


「なら、武雄を刑事役にしたらいいでしょう。たしか主人公は警察官ですよね」


「今後のためだよ」


 と莉緒は主張する。


 優美がペンで武雄の脚をつつくと、武雄の身体がびくっと動く。


「今後って?」


「次回作以降、被害者の気持ちを汲めるような感受性を鍛えないと先細ってしまうからね」


「死んだら何も感じない気がするんですがね。優美、いたずらはめーだぞ」


 強引に議論を打ち切って優美に注意をする。


「はーい」


 優美はペンを持ったまま浩太の元に戻ってくる。


「ま、いろんなことを経験しておくといいんじゃないか。ほら、こういう創作って何が活かされるかわからないっていうしな」


 麒一はもっともなことを言いつつも、にやけていた。ただ単に、面白がっているだけのようだ。


「できたよー。浩太、優美、テーブルに運んで」


 と、彩希がキッチンから声をかけてきた。


「優美、ペンを莉緒さんに返して。それからご飯を運ぶぞ」


「はーい」


 優美は莉緒にペンを返すとまっすぐキッチンへ足を運んだ。


「おお、オムライスか」


 キッチンに並べられたオムライスが灯に当てられてまぶしく見えた。まだケチャップをかけていない。


「あ、ごめん、優美のだけケチャップかけるから」


「むー」


 と優美は背伸びをしてオムライスを見ようとするも、身長が足りずに見えないようだ。


「抱っこしてやるからな」


 浩太はオムライスを見下ろせる高さまで優美を抱っこした。


 彩希は微笑みを向けてから、オムライスの上にケチャップで「ゆみ」と文字を書いた。


「小っちゃいころ、母ちゃんにやってもらったなぁ」


「どこの家庭でもそうなのかもね。さ、大人たちは自分でかけてね」


「はいはい」


 浩太は優美を下ろしてオムライスを運んだ。優美も何回か行ったり来たりしてオムライスやサラダの小皿を運ぶのを手伝う。


「うちの姪っ子は出来がいいなぁ」


 と、オムライスを運んでもらって頬が緩む麒一。


「母さんと伯父さんに似ないでくれよ。命がいくつあっても足りないから」


 武雄がまぜっかえす。


「おまえ全然懲りてないな。その軽口、なおさないと大怪我するぞ」


 と、浩太は先輩らしく注意をする。


 食事の準備ができ、みんなでいただきますの挨拶をした。


「てーか、彩希ってこんな料理上手なんだ」


 莉緒がオムライスを一口頬張ってから聞いた。


「ネットのレシピ通りに作っただけですよ」


 と、謙遜する彩希。


 その間に優美はオムライスをスプーンで切り分けた。なるべく「ゆみ」の原形を保ちつつ食べようとしているらしい。浩太ならまず塗りつぶしてしまうところだが、そのあたりは浩太に似なかったようだ。


「浩太」


 と、彩希が訊いてきた。


 浩太は優美から目を離して彩希に顔を向ける。


「どうした?」


「明日、なにしよう?」


「うーん、そうだなぁ。たまには家でごろごろするのもいいだろ。ここんとこどっかに出かけてばっかだったし」


 そう言ってから、浩太はオムライスを口に運んだ。チキンライスと卵との相性が抜群で、旨みが口の中に広がった。


「そういやさ、彩希って高校の友達と遊んだりしないの?」


 莉緒ははしたなく口をもごもごさせながら言った。


「みんな忙しいみたいなんですよ。旺壮大学とか国立に行った友達がいるんですけど、勉強が大変で夏休みの課題も多いって言ってましたし。でも、暇を見つけて遊びに行く約束はしてますよ」


「そいつはどうだろうなぁ」


 なぜか怪訝な声音で言う麒一。


「なんでですか」


 武雄が訊く。


「彩希、気をつけろよ」


 麒一は真面目な口調で言った。


「どうしたのよ、お兄ちゃん」


「瀬能紗雪の名前を利用する奴もいるかもしれないからな」


「麒一さん、それはどういうことですか?」


 浩太は、飛躍した話になってきたのが気になって訊いた。


「深い意味はないさ。勉強しているっていっても、実際はどうだかわからないってだけだよ。例えば、彩希を連れてくるからってことにしてハイスペックな男と合コンすることだってありえるし」


「大丈夫よ。あらかじめ優美を連れて行くって教えておけばいいでしょ。仮に合コンに行く流れになったらちゃんと断ればいいから」


「なら、いいんだけどな」


 一通り忠告して気が済んだらしく、オムライスをほお張った。


 食事が済み、莉緒と武雄を見送ったあと、食器の片づけを始めた。麒一は何か用事があるらしく、部屋に戻った。浩太が食器を洗っている最中、彩希は優美を抱きながらテレビを見ている。


「ねえ、浩太」


 食器を片付け終えてソファに腰かけたとき、彩希から話しかけられた。


「どうした?」


 浩太は彩希に目を遣ると、一瞬胸を衝かれた。なぜか彩希が悲しげな目つきでじっと見つめてくるのだ。優美はそんな母親の顔に気づかずに、テレビに集中している。


 どう言葉を紡ぐか考えていると、彩希が深くため息を吐いた。


 ――なんか、まずいことでもしたか。


 心当たりを探るも、変なことをした覚えがない。


「浩太」


 彩希は、意を決したように声を出した。


「な、なんだ?」


「あとで話があるの。さ、優美。お風呂に入ろうね」


 彩希の表情が一変し、やさしい母親の顔になると、優美に話しかけた。


「うん」


 と、優美がうなずく。


 彩希は優美を床に立たせてからリビングを出て行った。


 ――話ってなんだ?


 彩希の表情が気になって頭から離れなかった。


 浩太は、ソファに黙って座ったままでいることしかできなかった。


次回は4/15の18時半頃に投稿します。

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