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八日目:ダーツで遊びます

「ほら、お父さんお母さん、今から優美ちゃんが投げるよ」


 莉緒が言った。優美はボールを右手に持ち、じっとボードを眺めている。


「じゃあ、お手並み拝見ということで」


 と、浩太は優美に声をかける。


 優美は莉緒に促されると、ボードに向き合う。


「んじゃ、三球投げた合計で競うからね」


 莉緒は一方的にルールを告げた。


「あ、俺たちもやるんですか」


「そうね。親の貫禄を見せてやらないと」


 彩希も張り切っているようだ。


「なげていいー?」


 優美が訊いてくる。


「お、いいぞ」


 と、浩太は言った。


「やー」


 押し出すように投げられたボールがボードに向かって行く。上端の十点にくっついた。


「お、ちゃんと当たったな」


 浩太は感心して言うが、優美は口をとがらせている。


「まんなかにあてたいー」


 負けん気を出す優美。床に置いてあるボールを取ると、すぐに二投目を放つ。今度はボードの下に逸れて壁に当たってしまった。


「あらあら、もうちょっと力入れた方がいいかな」


 と、彩希がアドバイスを送る。


「むー」


 優美は不機嫌そうに声を出すも、ボールを手に取った。


「よしよし、ちゃんと真ん中の二百点を見て投げてみろ」


 浩太はもっともらしいアドバイスを送ってみた。


「むむ」


 お父さんのアドバイスに反応したのか、優美は眉を吊り上げてボードを見つめる。その視線はまっすぐ二百点に向かっていた。


 自然と部屋の中が静寂に包まれた。


「おりゃー」


 いきなり優美が腕を振り下ろしてボードめがけて一直線にボールを投げた。目一杯の力を込めたボールがボードに当たり、乾いた音を立てた。


「お」


 と、浩太は声を漏らした。ボールは二百点の上、百五十点に張り付いた。


「合計は百六十点、暫定一位ぃー」


 と、彩希は弾んだ声をあげる。


「やったー」


 優美は両手を上げて笑顔になる。暫定の意味を知らずに一位という言葉に反応して喜んだらしい。ぴょんぴょん跳ねながら浩太に近づいてきた。


「惜しかったなぁ、優美」


「にひひひ」


 と、優美は見上げてくる。


「じゃあ、次はあたしね」


 続いて莉緒がボールを手に取った。するとなぜか、腰を直角に曲げて右手を後ろに回すと、ボードを睨みつけては首を振った。


「ソフトボール?」


 と、彩希が言う。

 優美は興味ありげに莉緒を見つめている。


「莉緒さんってソフトボールやってたんですか?」


 と訊く浩太。


「んにゃ、全然。学校の授業だけ」


 莉緒は至って真面目な顔つきであるが、わざとやっている感じが滲み出ている。


 そして、莉緒は右腕を回して左足を大きく踏み込んだ。脚の近くでボールを放ってボードへ投げた、はずだった。

 ボールのマジックテープが指に引っかかったらしく、天井めがけて飛んで行ってしまった。天井を叩く音が耳を打つと、ボールが跳ね返り莉緒の頭に命中してしまった。


「なにしてるんですか」


 と言う浩太だが、格好つけようとして失敗した莉緒がおかしく、声が震えて笑いがこみ上げそうになる。


「どうやったの―?」


 優美はボールの跳ね返り方に興味を持ったらしい。とことこと莉緒に近づく。


「あぁー、失敗したぁー!」


 莉緒は頭についたボールを取ろうとする。ところがマジックテープが上手い具合に莉緒の癖毛に絡まってしまったようだ。ボールを引っ張っても取れないらしい。


 が、浩太は見逃さなかった。莉緒はボールを取ろうとしたとき、わざと髪の毛に絡むように指先を動かした。なぜそうしたのかがわからない。


「とってあげる―」


 と、優美は右手を伸ばした。


「ああ、ありがとう優美ちゃん。やさしい子だねぇ」


 莉緒がしゃがんで優美に頭を近づける。


「わざとね」


 と、彩希も気づいたらしく、浩太に顔を近づけて囁く。


「なんでまた?」


「たぶん、優美に取ってもらいたかったんじゃない?」


「意味のないことするなぁ」


「そんなこと言わないの。ああやって楽しそうにしてくれているんだから、莉緒さんに感謝しないと」


「そんなもんか」


 改めて優美に目を向けると、身体を左右に傾けて莉緒の頭を眺めてからボールに手を触れた。待たされている莉緒は胸を躍らせているかのような喜色を浮かべているように見える。


「あれー? とれないー」


 優美がくいっとボールを引っ張っても莉緒の髪の毛から取れないようだ。


「あいたたた、優美ちゃんもっとやさしく。お姉ちゃんハゲちゃう」


 と、莉緒がおどけながら注意をする。


 ――さーて、どうするかな?


 浩太が見る限り、毛先がマジックテープに絡まっている程度で、ボールを取るのはさほど難しくない。ここは浩太か彩希が手を貸してやればすぐに取れるが、優美にやらせてやった方がいいのかもしれない。

 彩希に意見を聞こうとして顔を向けた。彼女は微笑ましそうに優美がボールを取るのを見守っている。


「どうする?」


 念のため訊いてみた。


「優美にやらせてあげて。何でもかんでも親がやっちゃうとすぐ人に頼る癖がついちゃうから。優美が困ったらアドバイスを送るぐらいでいいんじゃない」


「了解」


 彩希の教育方針にゆだねることにした。


 その間、優美はまだ片手で引っ張って取ろうとしていた。ちょっと困り顔を浮かべて試行錯誤している。


「優美、両手使って髪の毛を一本一本ほどく感じでやってみて」


 タイミングを見計らってアドバイスを送る彩希。


「んーとー、えーとー」


 優美はお母さんのアドバイス通り、両手でボールに触れた。時おり首を傾げながらも髪の毛を解いてボールから離していく。そして優美の右手にボールが握られた。


「りおさん、とれたよー」


 優美がボールを莉緒に見せる。


「おお、よくやった優美ちゃん」


 と、莉緒は優美の頭を撫でる。


「だっこー」


 優美が莉緒に抱きつこうとする。


 そのとき莉緒が喜色を浮かべてこちらに顔を向ける。彩希がうなずいた。


「よーし、ほら」


 莉緒が両手を回して優美を抱いた。


「きゃー」


 優美はすっかり莉緒に心を許したらしい。莉緒の腕に身体を預けて楽しそうにのけぞらせる。そして笑顔を振りまくように浩太と彩希に顔を向けた。

 莉緒は優美の後ろ頭に手を添えて上体を起こさせた。優美の頭を自分の肩にうずめるようにして抱きつく。そのときの莉緒の表情が異様に明るかった。


「……これが目的か」


 浩太は莉緒の意図が読めた気がした。明乃のように邪な欲望を露わにすると優美を泣かせてしまいかねず、彩希からの報復も考えられる。なんとかして自然な成り行きで優美を抱く願望をかなえたかったに違いなかった。


「だから、髪の毛にボールを絡ませたのね」


 やはり彩希も莉緒の意図に気づいたらしいが、明乃のときと違い、微笑んでいる。


「いいのか?」


 浩太は彩希に訊いた。


「なにが?」


「莉緒さん、あんなに優美に抱きついているだろ。彩希って明乃さんのときはあんなにブチギレたのに」


「優美が嬉しそうだからいいの。明乃さんとは全然違うわ」


「そんなもんか」


 投げやりな言葉を吐きつつも、嬉しがっている優美を見ていると、細かいことを気にする必要はなさそうだった。


「よーし、じゃあ続きをやろうか」


 と、莉緒は気を取り直して言うと、優美から離れた。


「はい」


 優美がボールを莉緒に差し出す。


「ありがとうね。じゃあ、いくよ」


 莉緒がまたソフトボールの投手っぽい投げ方をした。今度はちゃんとボードに向かっている。コンッと音が鳴る。マジックテープのかかっていない部分に当たったらしい。


「あー、外したー」


 莉緒の放ったボールはボードの上の壁に当たってしまった。


「莉緒さん、普通に投げたらいいじゃないですか」


 彩希は苦笑交じりに苦言を呈する。


「いいや、こうなったら意地だよ。絶対ウインドミルで二百点取る」


 たかがマジックテープのダーツなのだが、莉緒は熱くなっているようだ。ちなみにウインドミルというのは莉緒のやった下手投げのことらしい。


「りおさん、がんばれー」


 優美は笑顔でエールを送る。


 莉緒がうなずくとボードに向き直った。


「うおぉりゃゃー」


 無駄に気合の入った声を上げてボールを投げる莉緒。手元から放たれたボールは一直線にボードに向かっているように見えた。


 しかし結局ボードから外れてしまい、今度は梁に当たってしまった。


「ん? うおっ!」


 浩太の顔に跳ね返ってきたボールが襲ってきた。避ける間もなく、浩太の頭にボールが当たってしまった。痛みはない。


 と、一同の目線が自分に集まっているのに気づいた。


「わははは、ごめんごめん」


 大口を開けて笑う莉緒。


「あはは、今日はこういう日なんだね」


 彩希も笑いをこらえきれなかったようだ。


 浩太の口角がぴくっと動いた。跳ね返ったボールが浩太の髪の毛にくっついたのだから。


「……優美、ボールを取ってくれるかな?」


 そう言うのが精一杯だった。



次回は3/26の18時半頃に投稿します。

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