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八日目:とりあえずアルバイトを探します

 昼飯の片づけをしたあと、浩太はスマホで求人情報を見ていた。彩希は浩太の隣に座っていて、優美を膝の上に乗せながら幼児向けアニメを観ている。星華も隣のソファに腰を下ろし、麒一は食卓テーブルの椅子に座っていた。


 今は平沼家に寄寓して衣食住に困らない状況であるが、平日の昼間に父親が仕事にもいかず家にいるのは少々問題がある。今は夏休みということにして仕事を休んでいる体裁を取っているが、いつまでも続けるわけにはいかず、働きに出ない父親の姿をいつまでも見せるわけにはいかない気もしてきた。金額の多寡はともかくとして、大人は働いて当然だという姿勢を子どもに見せるのが大事だと二十歳の浩太でさえ察しがつく。せめて予備校の講座が始まれば、予習復習の時間も含めてお仕事のための勉強だと言い訳をすることもできる。しかし、講座が始まっていない今はその言い訳を使えない。


 求人サイトを眺めながら、どんなアルバイトがいいか考えた。もう一度コンビニのバイトでもいい気がしてくるも、高明大学や浩太のアパートの近くで募集しているところはなかった。それならと、業態の近いドラッグストアのアルバイトを探すがこれも募集しているところはない。


 予備校のある池袋駅付近でもいいかと一瞬考えた。講座は土曜日にまとめて受ける予定であるが、平日でも自習室を使えるので、バイト先と予備校を行き来することもできる。しかし、いつも席が空いているというわけではないらしく、無駄足を踏んでしまうこともあり得る。それに大学の授業が始まると、池袋駅まで行くのが面倒になるかもしれない。


「なに見てるの?」


 と、彩希が身体を寄せてスマホの画面をのぞいてきた。優美はアニメに夢中なようで黙ってテレビを見ていた。


「新しいバイト先を探しているんだよ」


「またコンビニ?」


「いや、何でもいいんだ。とにかく働かないのまずくないか?」


「なんで?」


「優美に働かないお父さんだって思われたくないからな。今はいいけどいつまでもってわけにはいかないだろ」


 正直に言った。優美を一瞥してから彩希と目を合わせる。


「別に気にしなくていいだろ。小っちゃい子どもは親が恋しいもんだし、優美と遊んでやれば」


 と、麒一が言う。


「でも、怠け者のオヤジなんて嫌よね。青江さんの意見は正しいんじゃない」


 星華も口を出してくる。


「ちょっと条件に合いそうなバイト先がないんだよ」


「条件にあう職場なんてそうないもんだ。少しは妥協したらどうだ?」


 年長者らしく助言する麒一。


「そうなんですけどね。夏休み明けのことを考えると、大学近くがいいんですけど、中々なくて」


「高明大学の学生で埋まっているんじゃない? 少し離れたところにしたら?」


 彩希も助言する。


「そうするしかないかもなぁ」


 と、浩太は妥協点を見出した。


「だったらさ、あたしが紹介してやろうか?」


 星華が提案してきた。


「伝手があるのか?」


「制作会社。すぐ人が辞めちゃうからいつも空きがあるみたいなの。だからあたしが浩太さんを紹介してもいいよ」


「ちょっと待って、星華。制作会社は激務なの知ってるでしょ。編集とか現場の撮影とか時間は不規則だし、浩太は税理士試験の勉強もしなきゃいけないから、とてもそんな時間ないわよ」


 事情を知っている彩希が止めに入る。


「税理士って?」


 星華が首を傾げる。


「ああ、来年税理士試験を受けるからその勉強時間も必要なんだ。彩希の話だとやめておいた方が良さそうだな」


「なんだ、もったいないなぁ。紗雪さんが認めた人なら途中で逃げ出さないと思ったのに」


 力になれなくて不貞腐れたのか、星華は乱暴に背もたれに寄りかかった。


 ――逃げ出すって……。


 そこまで過酷な仕事なのかと思った。


 実は浩太、彩希と親しくなったせいか、芸能の世界を少し覗いて見るのも悪くないかなと一瞬考えたのだ。芸能人を間近で見たいという願望ではなく、彩希のいた世界を理解したい気持ちがあった。だが将来のことを考えると、軽々しい気持ちで首を突っ込むのは避けた方が良さそうだ。


「なら塾講ならどうだ? 高明大学の学生なら採用してくれるかもよ。文系でも英語なら教えられるだろ」


 いきなり麒一が口を出してきた。自分も予備校のアルバイトや家庭教師をしているので、思いついたらしかった。


「勉強教えるのは苦手なんですよ。なんでわからないんだって思っちゃいますし」


「なら、剣道の師範なんてどう?」


 彩希が訊く。


「バイトでできることじゃないな。それにそんな求人、全然ないし」


「浩太さんって、剣道やってるんだ」


 と、星華が覗き込むような仕草をする。


「高校までの話だよ」


「あ、ごめん。その話はしない方がいいわね。お兄ちゃんが傷つくから」


「彩希、一言多いぞ」


 麒一が不機嫌そうに言った。彼に目を遣ると、バツが悪そうに顔を俯けて腕を組んでいた。彩希の余計な一言で浩太に負けた苦々しい記憶がよみがえったらしかった。


 もう一度スマホを操作し、求人を探していると、テレビからアニメキャラの快活な声が耳に届いた。


「やー」


 優美は右手を前につきだしたのが目の端に映った。アニメキャラが憎めない悪者を懲らしめるシーンを真似たらしかった。


「やー」


 彩希も優美に合わせて右手を前に出す。優美が顔上げて彩希と目を合わせると、笑顔になった。


 ふっと微笑を漏らす浩太。すると、スマホから通知音が鳴った。


「なんだ?」


 検索を中断し、浩太はLINEの画面を出した。


「あ、わたしにも来た」


 彩希のスマホからも通知音が鳴った。


「ああ、莉緒さんがバイト代を渡しに来るって。ここに来るみたいだぞ」


「わたしにも来たわ。どうする?」


「どうするって、ここは彩希の家だろ。時枝もいるし、都合が悪かったら、俺が莉緒さんを連れて外に出るよ」


「そんなことしないよ。じゃあ、ぜひ来てください、と」


 彩希は指を動かして返信を送った。一応浩太もお願いしますと文字を打って返信した。


 アニメがエンディングになると、優美が舌足らずな声で歌いだす。


「なんのバイト?」


 と星華が訊いてきた。


「派遣のバイト。人が足りないから行っただけだよ。んで、そのとき彩希が迎えに来てくれて嶋井霧子に見られたってわけ」


 と、浩太は簡単に説明する。


「嶋井って人、信頼できない感じ?」


 念を押すように星華が訊いてきた。


「俺が芸能人なら絶対スタイリストに指名しないな。SNS見ただろ、平気で他人のプライベートを暴露する奴だよ」


「星華も人付き合いを考える時期に来たのかもね。売れ出した今が勝負時だし、怪しい人が近づいて来るから気をつけてね」


 彩希は神妙な面持ちで星華に忠告した。


「わかってます。マネージャーからもきつく言われていますし」


「おわったー」


 浩太たちの話をよそに、いきなり優美が声を上げた。


 アニメの方は次回予告が終わりビデオが自動的に止まった。優美が身体を回し、彩希の肩に両手を伸ばした。両足が伸びたままで、ずるずるゆっくりと滑り落ちる。両膝を床について彩希の脚を抱いた。


「優美ー、そのまま顔をあげて」


 彩希がスマホのレンズを優美に向けた。


「むー?」


 なんだろう、といった表情で彩希の脚を抱いたまま見上げる優美。シャッター音が鳴った。彩希はいとおしい目つきになり、スマホ越しに優美を眺めながら、何枚も写真を撮った。


「紗雪さん、すっかりお母さんなのね」


 星華が目を細めた。


 浩太は気を取られて彼女の顔をまじまじと見つめた。その表情には一抹のさみしさが漂っている気がした。


 ――なんだ?


 彩希に忠告しに来ただけかと思ったが、星華には別の目的があったのかもしれない。思い返してみると、星華の話は彩希のことに終始していた。少しだけ陽平に興味が向いたが、結局は彩希について話した。そのときの星華の柔らかな目に彩希への憧憬が滲んだ気がした。だとしたら、星華が来訪した真の意図は別のところにあるのだろうか。


 想像だけでは埒が明かないと思い至り、浩太は星華に訊こうとした。


「時枝」


 浩太はそっと声をかけた。


「あ、なに? 青江さん」


 はっとすると、星華はごまかすように苦笑する。


「忠告しに来ただけじゃないんだろ」


「うーん、そうなんだけど……また今度でいいかな」


 さあて、と声に出し、星華は腰を上げた


「どうしたの、星華」


 彩希はスマホのレンズを優美に向けたまま星華に目を向ける。優美がスマホへ手を伸ばして取ろうとしていた。


「わたし、これから仕事なので帰りますね。浩太さんうどんごちそうさま」


「もう帰るのか?」


「なぁにぃ、まさか帰ってほしくないの?」


 星華は浩太の前に進み出ると、顔を近づけてきた。予想だにしない仕草に、浩太は心持ちのけ反る。瞳の奥まで覗き込むような視線に耐えられず、浩太は目をそらした。


「ど、どうした?」


 と、声に出すのが精一杯だった。


 星華は一瞬浩太から目を離して彩希を見ると、また視線を戻した。


「紗雪さん、なんで浩太さんと結婚するんだろうね」


「なんで俺に訊くんだよ」


「さあね、どっちから告白(コク)ッたのか気になったの」


「だから、未来のことなんかわからないって。優美が生まれるまでの間に何かあったんだろ」


「ふうん、そうかもね」


 と、星華は視線を彩希に向けた。浩太も彩希に顔を向けると、彼女は平然と星華を見つめている。いつの間にか優美がソファに足をかけて登ろうとしていた。


「また来ますね」


 と言うだけで、星華はくるっと後ろを振り向いてリビング出て行った。


「どうしたんだ?」


 と、浩太はリビングのドアを見ながら彩希に訊いた。


「なんだろうね」


 彩希はそう言うものの、気にする素振りを見せなかった。


 呆けた心持ちでいると、ドンっと床を叩くような音が身体に響いた。優美がソファから飛び降りて着地したのが目の端に映った。もう一度、ソファにのぼる。


「ほっ、ほっ」


 と、腕を回しながらソファの上で何度も跳ねる。


「ほらほら、ソファが壊れちゃうから大人しくね」


 彩希は微笑みを携えながら飛び跳ねる優美に抱きついた。


「うきゃー」


 お母さんに抱かれたのが嬉しいらしく、優美は身体をのけぞらせて笑顔になる。


 母と娘の幸せな姿が、浩太の目に焼き付いた。


 ――ひょっとしたら……。


 彩希は、母親になるのを夢に見ていたのかもな、と感じた。そして星華は、彩希の幸せを邪魔したくないから、話しそびれたのではないかと思った。


 改めて彩希が自分を選んでくれた理由を考えてみた。


 答えは出なかった。


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