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八日目:バレたかもしれません

 畳の上にトランプをばらまき、優美と神経衰弱をしていた。

 ここまでほぼ互角のままゲームが進んでいる。もちろん浩太は、少々手加減をしていて、さらに優美が正解を引き当てるのを胸の内で応援していた。


 その優美はゲームの途中、眉を吊り上げて真剣になったり、正解のカードを引き当てては喜んだりと、感情豊かな表情を浮かべている。それらが遺伝なのか三歳児に共通する性質なのかわからないが、とりあえず優美は神経衰弱を楽しんでいるようだ。


「えーっと、どれだったかなぁ」 


 浩太はクローバーの9をめくったあと、掌をかざしながら手を動かしている。ハート9の場所はわかっているが、わざと悩んだふりをして優美の反応を見ていた。


「にひひひ」


 と、優美は笑っている。どうやらハートの9の場所がわかるようだ。


 それを見た浩太はわざと違うカードをめくった。


 スペードの4。


「ありゃ」


 浩太は右手を頭に添えて、しまった、という顔つきを作る。めくった二枚のカードを裏返した。


「ゆみのばんだよー」


 はりきってハートの9のカードを、バンっと叩いてからめくった。


「やー」


 するといきなり寝そべってクローバーの9に手を伸ばす。浩太に取られまいとして必死になったらしかった。


「あっ」


 と、浩太は声を漏らした。


 優美は笑顔になりながらカードをめくった。クローバーの9。


「やったー」


 優美は浩太を見上げてごろんと寝返りを打つ。


 こんな感じでゲームが進み、残りは四枚だけになった。優美の番である。

 浩太は揃えたカードの数を頭の中で数えた。残りを優美が取ったとしても、浩太の勝ちになりそうだった。


 優美は問題なく残りのカードを揃えた。


「さーて、どうなったかな」


 と、浩太はカードを数え始める。優美も数え始めたが、なぜか途中で手を止めてしまった。


「じゅう、じゅう?」


 と優美は困った顔になった。


「どうしたんだ?」


 浩太はやさしく訊いた。


「じゅうのつぎって、なにー?」


 どうやら優美は十までしか数えられないらしい。三歳児の知能では十一以上の数が理解できないらしかった。


「十一だよ」


 どれどれ、と声を出して、浩太は数を声に出しながら優美と一緒にカードを数え始めた。


「あ、お父さんの勝ちだな」


「むー」


 優美は口を尖らせた。


 ――大人げなかったか?


 多少わざとらしくても優美に勝たせてあげるのが良かったかなと思った。

 一方でわざと負ける姿を見せるのは、良くないかなとも思う。とすれば、初めから本気で優美と遊んだほうが良かったのかもしれない。悔しさをばねにして優美が成長するかもしれないし、お父さんに勝てないと絶望してやる気をなくす恐れもある。


 遊び一つでも優美の教育につながると考えてしまう。一人では結論が出そうもないので、後で彩希と相談してみることにした。


 ぐぅー。


 腹の虫が鳴った。浩太はつい自分の腹に目を遣るも、空腹感はない。


「おなかすいたー」


 と、優美が言った。腹の虫は優美が鳴らしたらしかった。


 浩太はスマホで時間を確認すると、すでに十二時を回っていた。時枝星華という珍客が訪れたせいで、昼飯のことをすっかり失念してしまった。


「じゃあ、片付けてからお昼を食べよう」


 優美と一緒にトランプを片付けてから部屋を出た。


 リビングに入ると、星華がソファに横たわっていた。寛いでいるわけではなく、ぽかんと口を開けて力なく寝そべっている。その横のソファには彩希が腕と脚を組んで座っていた。


「終わった?」


 と訊いた。


 優美がとことこと彩希に近づく。


「おかーさーん、おなかすいたー」


「あ、もうこんな時間ね。浩太、うどんがあるから作ってくれる? 材料はあるから。あと、ネギも刻んでね」


「了解」


 と、浩太はキッチンへ足を運ぶ。優美がついて来る。


「優美、熱いお湯使うから危ないよ。お母さんと一緒にいよ」


 彩希はやさしく声をかけた。と、優美はわからないというふうに彩希を見つめる。


「ほら、優美。お母さんと遊んでなさい」


 浩太は優美の背中に両手を添えて促した。


「はーい」


 ようやく優美が動いてくれた。どたどたと走って彩希に近づく。


 用意されたうどんはスーパーで売っている細い乾麺だった。今日は簡単なもので済ます気だったらしい。


 星華もいるので彼女の分も作ることにした。大人四人の丼と、小ぶりの丼を食器棚から出す。


 鍋を探そうとしたとき、コンロの上に小型の寸胴鍋が置いてあるのに気づいた。まとめて茹でるだけの水が入りそうだ。浩太は水を入れて、コンロの上に置いて火にかけた。


 沸騰するまでの間、ネギを刻んだ。うどんの汁はボトルに入っている市販のもので、お湯で割るだけのものである。ヤカンに水を入れ寸胴鍋の隣のコンロに乗せた。寸胴鍋のお湯が沸騰していないので、ヤカンに火をかけずに待った。


 ――金持ちでも普通のもの食うんだな。


 と、当たり前のことを思う浩太。


 寸胴鍋のお湯が沸騰し、うどんを入れてタイマーをセットする。少し時間が経ってからヤカンにも火をかけた。


「ええっと、ざるは、と」


 浩太は流しの下の棚を開けてざるを探した。金網のざるがあり、それを取り出してシンクに置いた。


 タイマーが鳴ると、ざるにあけて流水でうどんを洗う。ちゃんと水を切ってから丼にうどんを入れ、汁をかけてお湯を注いだ後、箸でかき混ぜた。


 たどたどしい工程だが、何とか作れた。


「できたぞー」


 浩太は食卓テーブルに丼を置いてから言った。


「優美、麒一さん呼んできて」


「はーい」


 優美はリビングを出て行った。


「で、話し合いは済んだのか」


 星華の無礼な振る舞いにどれだけの代償を求めたのか気になった。


「ええ。礼儀作法だけはしっかりしておけって言ってるのにこうなんだもん。おまけに人の家に上がり込んで、浩太に文句を言ってさ、まったく」


 と、彩希はきつい眼差しを星華に送る。まだ怒りが鎮まっていないようだ。


「だってぇ、紗雪さんが心配だったんですよぅ。変な男に騙されたんじゃないかって」


 星華はばっと起き上がると、涙声で正当性を訴えてきた。


「浩太のどこを見てそう思ったのよ。こんな安全そうな人、そうはいないでしょ」


「見かけだけじゃわからないじゃないですか。青江さんが紗雪さんの財産目当てで口説いて奪おうとしてもおかしくないですよ」


 まだ口の減らない星華。浩太への疑念が晴れていないらしい。


「思い込みで人を疑わないの。とにかく、浩太に謝りなさい」


 聞き分けのない子どもをしかりつけるように言った。


「その前に彩希、安全そうな人ってなんだ?」


 と、浩太は訊いた。


「そのまんまよ。わたしを芸能人じゃなくて普通の大学生として見てくれてるでしょ」


「それは俺の内面のことだろ。時枝さんを庇うわけじゃないけど、人って見た目だけじゃ判断できないだろ、ふつう」


「勘よ」


「勘?」


「そう、勘。下心のある人ってどこか顔色が淀んでいたり、目がギラギラしていたり、口元が緩むものなの。どれだけうまく誤魔化しても隠せないものよ」


「ほんとうかぁ?」


 いくら芸能界で揉まれてきたとはいえ、彩希の判断基準には偏見が混じっている気がする。


「わたしだってうまく言えないけど、だいたい当たってるわ」


「ああ、たしかに。紗雪さんの勘は当たるのよ。前に紗雪さんと共演した俳優も清潔感で売り出してたけど、女癖が悪いって週刊誌の記事が出て謝罪する羽目になったっけ。でも紗雪さん、その人のこと前から嫌ってましたね」


 星華は記憶を辿るようにあちこちに目を移しながら言った。


「星華、ならどうしてわたしが選んだ人を信じられなかったのかなぁ?」


「あの子とのことが噂になっているみたいなんですよ」


「あの子って、優美ですか?」


 と、浩太は訊いた。優美がきてから、彩希は誰の目もはばかることなく外に連れ出している。噂の一つや二つ、現れてもおかしくなかった。


「浩太、敬語は使わなくていいよ。この子、下手に出ると調子に乗るから」


「ひっど、あ、うう、反省しています」


 星華は一瞬反論しかけたが、浩太への振る舞いを思い出したようだ。


「で、優美がどうしたの?」


 彩希が訊いた。


「スタイリストの、アシスタントだったかな? とにかく見習いっぽい人が紗雪さんが子どもを連れているって言うんですよ」


「うーん、見られちゃったかな。いろんなところに出かけたからね」


 と言いつつも、彩希は気にする素振りを見せず平然としている。


「引退しても気づく人は気づきますよ。とにかく優美ちゃんを連れて外に出ない方がいいですよ」


「気にする必要ないわ。わたしが現役ならともかく、引退した芸能人を追っかけるメディアなんていないよ。そんなことしたら、メディアの方が叩かれるんだし、そんなリスクを冒さないって」


 彩希はあくまで構う気はないようだ。


「見習の人だっけ? そんな口の軽い人がいるんだな」


 浩太はそう訊いた。他人のプライベートをぺらぺらと喋るのは道義にもとるのでは、と素人ながらに思った。


「口の軽い人って多いのよね。まったく嫌になっちゃうわ」


 星華は背もたれに深く寄りかかって呆れた仕草を見せる。彼女もプライベートを暴露されたことがあるのかもしれない。


「で、星華の金髪もスタイリストに勧められたから?」


 と、彩希は話を変えた。


「そうです。おかげで仕事が入るようになりました」


「うん。たしかに良いかもね。浩太、ちょっと」


 彩希が手招きをする。スマホを取り出して画像を見せた。


「彩希は良いとして、時枝さん、イメージ違うな」


「呼び捨てでいいって」


 と、彩希が咎める。


 横目で彩希を一瞥してからスマホに目を戻す。毛先が丸まった黒髪の星華と彩希が快活な表情を浮かべながら拳をカメラに向けている画像だった。彩希がセーラー服、星華がブレザー姿で、どうやら高校生のときに撮ったものらしい。


「ね。星華ったらモノは良いんだけど、ちょっと地味だったんだよね」


「ちょっと、紗雪さん。なに見せてるんですか」


 星華はばっと立ち上がって彩希のスマホを取り上げようとした。しかし彩希は手をひょいと上げてかわす。


「いいでしょ別に。あんたのSNSにもアップしてるんだし、見せられて困るものでもないでしょ」


「SNSか……」


 嫌な予感がにわかに襲ってきた。スマホを取り出し、大急ぎでSNSを確認する。彩希のことをタレこんだ人間に心当たりがあったのだ。


「どうしたの?」


 と、彩希が訊いてくる。しかし浩太はある人間のアカウントを探すのに夢中だった。


「くそっ」


 ようやく、目当てのアカウントを見つけると浩太は呪詛を吐いた。


「青江さん、なにかあったの?」


 怪訝な声音で訊く星華。


「時枝さん、アシスタントの人、名前言ってました?」


「浩太、呼び捨てでいいって」


 彩希の注意をよそに、浩太は星華を見つめている。


「ええと、なんだっけな? 専門学校の子って言ってた気がしたけど」


「やっぱりな」


 と、浩太は自分のスマホの画面を彩希に見せた。彼女はそれでも顔色を変えない。


「これって、浩太が言ってた子よね」


「時枝さん」


 と、浩太はもう一度星華を見遣り、言葉を続ける。


「アシスタントの人、嶋井霧子って言ってませんでした?」


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