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七日目:エアホッケーも頑張ります

 優美にも遊ばせたいち思い、浩太はエアホッケーに誘おうとした。


 ところが、優美はバッティングに興味が湧いてきたようだ。玄一郎がまた百三十キロのバッターボックスに入り、凄まじい打球を放っていた。優美は食い入るように玄一郎のバッティングを見つめている。


「野球に興味があるのか?」


 浩太は視線を下げて優美の頭に目を遣る。すると、優美は浩太の視線に気づいたかのように、顔を見上げて浩太を見た。


「おとーさーん、やってみたいー」


 いきなり優美がねだってきた。


「いやあ、さすがに無理だろ。年齢制限だってあるだろうし」


 百三十キロはおろか、最遅の八十キロでも三歳児には無理そうだった。


「あ、たしか、うちの納戸にプラスチックのバットがあったから、明日はそれで遊んだらいいんじゃない? お兄ちゃんが小っちゃいころに買ったの」


 彩希が思い出したかのように宙に目を遣った。


「近くの公園で野球できたっけ?」


「プラスチックのバットと、ゴムボールだから構わないでしょ。最悪、サンシャイン近くの公園まで行けばいいじゃない」


「大丈夫かぁ?」


 浩太は腕を組んで頭を悩ます。たしかにサンシャイン近くの公園でボール遊びをしている子どもたちがいた。ただし、プラスチックとはいえバットを振り回していいものだろうかと浩太の中の常識が訴えかけてくる。ルールの隙を突くようなことをすると、優美が悪知恵を覚えてしまわないかと心配してしまうのだった。


 浩太が首を巡らせると、優美は相変わらず浩太の顔を見上げている。笑顔のままだ。


「それぐらいならレクリエーションだから問題ないよ」 


 浩太の悩みをよそに、莉緒が言ってきた。いつの間にかスマホを手に取って調べてくれたようだ。


「ならいいじゃない。優美、明日は野球をしましょ」


「わーい」


 優美は浩太にタッチしてほしそうに腕を振る。


「莉緒さん、それどこの情報ですか?」


 浩太は優美に手をかざしてから莉緒に訊いた。優美は手のひらをタッチしてくる。


「SNSのカキコミ」


「……本当に大丈夫なんでしょうね?」


 どこの誰かが書いたかわからない情報を鵜呑みにする莉緒が信じられなかった。


「べつにいいんじゃね? 人が多けりゃやめればいいだけの話だろ」


 陽平は気にする素振りを一切見せない。


「ここは陽平の言う通り。浩太、あんまり堅苦しいこと言っちゃ優美が窮屈になっちゃうよ」


 彩希は咎めるような口調で言ってきた。


「わかったよ。とにかく、他の人の迷惑ならない範囲でな」


 と、浩太は譲歩し、優美に目を向ける。


「にひひひ」


 優美はタッチを止めて笑い声をあげた。とりあえず言うことは聞いてくれそうだ。


 話しているうちに玄一郎がゲームを終えて出てきた。


「おつかれさまです」


 浩太は玄一郎をねぎらった。


 優美の関心が玄一郎に向いて、ちょっとした嫉妬心が芽生えたものの、優美にいいものを見せてくれた感謝の念もあった。


「なあに、これぐらい大したことない。もう一ゲームやりたいところだが、ちょっと混んできたな」


 夏休み期間ということもあって、遊びに来た中高生たちが順番待ちをしているバッターボックスもある。玄一郎と入れ替わりに高校生ぐらいの男子が入って行った。ツレがニヤニヤして見守っているあたり、冷やかす気満々なのだろう。


「エアホッケー、空いているかな」


 と、浩太は店の奥にあるエアホッケーに顔を向けた。近くの椅子で座っている小学生がいるものの、その前のバッターボックスの順番待ちをしているらしく、エアホッケーは誰も遊んでいなかった。


「よーし、優美ちゃん。お姉ちゃんと勝負だ」


「おー」


 莉緒の張り切る声に優美が応える。


 幸いエアホッケーの近くに踏み台があった。優美を踏み台に上がらせてその横に彩希が立つ。向かい側に莉緒が行き、マレットを手に取った。


 優美もマレットを手に取ると、何度も左右に振った。


「優美、ルールはわかる?」


「ルールぅ?」


 優美が彩希を見上げる。


「ほら、莉緒さんが打ってきたパックを打ち返すの」


 彩希がそう言ったとき、ガシャンと音が鳴った。莉緒が百円玉を入れたらしく、台の下からパックが排出されていた。


 優美がそれに気づくと、パックを手に取った。ただ、どうしていいかわからないようで、彩希にパックを差し出した。


「ううん、ほら、台の上に置くの」


 と、彩希に言われて、優美は台の上にパックを置いた。


「でね。思いっきり打つの。ほらこうやって」


 彩希が手を横に振ったり、前に押し出したりしてパックを打つ仕草をする。


 すると、優美がパックを見た。


「やー」


 優美がマレットを前に押し出してパックを打った。ただあまり力が伝わらなかったようで、ゆっくり莉緒の方に滑っていく。


「おお、上手」


 と、莉緒は向かってきたパックを打ち返した。もちろん優美が打ち返せるように力を抜いている。


「よし、打ち返せ優美」


 浩太はハラハラしながらも応援する。 一瞬、自分がお手本を見せたいと思ったが、ここは優美が自分で遊べるよう声を出すだけにした方がいいと、思い直す。


「とりゃー」


 二打目にして要領を掴んだのか、優美はマレットを薙ぐように振った。


「おお!」


 彩希が驚きの声をあげる。優美が打ったパックは思いのほか勢いがつき、フレームに当たると、一直線に莉緒のゴールへと向かう。


「ヤバっ」


 莉緒の反応が遅れた。


 ガシャンっと音が鳴って、パックがゴールに吸い込まれた。


「おお、いいぞ、優美」


 浩太は右手を上げて娘を祝う。


「やったー」


 優美が踏み台の上で飛び跳ねた。


「もう、落ちちゃうよ」


 注意する彩希も嬉しそうだ。


「よーし、こうなったらお姉ちゃん、本気出しちゃう」


 莉緒が腕まくりの仕草をして気合を入れると、パックを台の上に置いた。当然、三歳児相手に本気を出すわけではない。マレットを大きく振るも動きはゆっくりで優美でも打ち返せるスピードである。


「やー」


 優美はマレットを前に押し出して打ち返した。


 こんな調子で緩やかなラリーが続く。途中でお互いに点は入るものの、優美と莉緒は終始笑顔が絶えず、勝負は二の次で楽しんだようだ。


「うーん、引き分けかぁ」


 スコアボードには、二対二が刻まれている。優美に合わせてゆっくりゲームを進めたのかロースコアに終わった。


「おりゃー」


 優美は踏み台から飛び降りると、すぐに浩太のもとへ駆け寄った。ちょこちょこ足を動かすのがほほえましく感じ、浩太は思わず頬が緩んだ。


「浩太、エロい顔になってるぞ」


 陽平がいきなり不埒な言葉をぶち込む。


「ほう。陽平、まだ懲りてないのね」


 不意に彩希の顔に陰りが見え始めた。優美の前で不健全な言葉を吐いた陽平に怒りが湧いてきたようだ。


 陽平は彩希の不穏な気配に勘付き、浩太の背後にさっと隠れた。


「落ち着け、彩希。陽平だって悪気があったわけじゃない。陽平、素直に頭を下げた方がいいぞ」

 

 と、浩太は緩めた頬引き締めて忠告する。一方、優美は何が起きているのかわからず、浩太を見上げるだけだった。


「ごめんごめん。つい、いつものノリでさ」


 以前、彩希に関節技を極められたのを忘れたのか、陽平の口調は軽い。


「ふふん、なら浩太と陽平が対戦して」


「は?」


 いきなり何を言い出すんだと言いたくなった。


「やってー」


 また優美がマレットを差し出す。今度は背伸びをして両手で捧げるような格好をしながら笑顔を向けてきた。


「よーし、お父さん、いいとこ見せてやる。陽平、勝負だ」


 浩太はマレットを受け取り、臨戦態勢に入る。


「張り切ってるなぁ、お父さんは」


 陽平も苦笑を浮かべながら莉緒からマレットを受け取る。


「それじゃ、始めるか」


 浩太が百円を入れると、反対側からパックが排出される音が聞こえた。


「おりゃっ!」 


 陽平が不意打ちをかましてきた。浩太が構える前にパックを打ったのだ。パックが外枠に当たると浩太のゴールに吸い込まれようとした。


「なんの!」


 パックがゴールに入る直前、浩太は素早くマレットを動かしてガードをした。マレットに弾かれたパックはまっすぐ陽平のもとへ帰って行った。


「ひきょーものー」

「正々堂々とたたかえー」


 彩希と莉緒のヤジが飛ぶ。本気で怒っているわけではなく茶化す意味合いが強い。


「へへん、勝てばゾクグンってな」


 思いっきり言葉を間違えた陽平は、再びパックを打ってきた。今度は真正面に打ち込んできた。


「官軍だ、バカタレ」


 大学生とは思えない間違いに、莉緒のヤジが激しさを増す。


 そのとき、浩太はマレットを宙に浮かし台に叩きつけた。パックが間に挟まり絶好のチャンスとなった。


「さーて、陽平。覚悟は良いな」


「へ?」


「バッティングでいいところがなかった分、いいところを見せないとな!」


 そう言いながら、浩太はパックを軽く当てて前方に押しやると、マレットを薙いで思いっきりパックを打った。


「うおっ」


 パックは陽平のゴールの近くの外枠に当たり、鋭い角度でゴールを襲う。陽平も反応して失点を防ごうとした。


 ガシャン!


 けたたましい音が鳴った。パックは陽平が防ぐ前にゴールに吸い込まれていった。


「わーい、おとーさーん、やったー」


 優美は両手を上げて喜んでくれた。


「ふふふ、陽平、おまえには協力してもらうぞ」


 浩太はらしくない不敵な笑い声をあげた。父親の面目を保つ、絶好のチャンスが訪れたと感じ、不意に陰湿な喜びが胸の内から湧いて来たらしかった。


「はい?」


 陽平はパックを手に持ちながら目を見開いた。


「さあ、打って来い。完膚なきまで叩きのめしてやる。エアホッケーは怪我の心配がないから安心だ」


「言ったな。後悔すんなよ」


 それから二人の戦いは熾烈を極めた。互いにフルスイングでパックを打ち返し、ゴールを塞ぐ。外枠が壊れそうなほどの力強いラリーが繰り返された。やがて陽平に疲れが見え始め、浩太はその隙を逃さず、容赦なくゴールを襲った。


「おっしゃー!」


 浩太はマレットを天に突き上げた。だが、その隙を突いて陽平が打ちこんでくる。それに反応し、浩太はゴールを守った。弾かれたパックが陽平のゴールに吸い込まれ、また浩太は得点を挙げた。


「くそっ!」

「来いっ! 陽平!」

「このやろ!」

「しっ!」

「うらっ!」


 と、またラリーが続いた。後に彩希から聞いた話だと、このときの浩太はエアホッケーで優美にいいところを見せようとするあまり、目を剥いた笑顔を浮かべていたという。幸い、優美が二人の対戦を面白がってきゃっきゃはしゃいで喜んでいたので、叱られることはなかった。


「……子どもがいると、性格が変わるのか?」


 当然、玄一郎の呟きも浩太の耳に届くはずがなかった。


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