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六日目:麒一さんが彩希のことを語ってくれました 2

 メディアに出たころの彩希に苦難が訪れたのは小学校五年生ぐらいだったと麒一は述懐する。机に落書きをされたり、同級生にちょっかいをかけられたりした。それでも彩希はめげずに学校に通い続けた。


 だがある日、学校の休み時間中にある事件が起きた。


 彩希が教室から出ていた間に、誰かの手によって教科書を破られ、しかもランドセルが窓から投げ捨てられたのだ。そのとき彩希は泣いて先生に助けを求めたという。先生方も早速調査に乗り出し、犯人を見つけようとしたという。さすがに事態を重く見たらしい。


「芸能人をいじめた、なんてニュースが流れたら体裁が悪いと思ったんじゃないか?」


 麒一は斜に構えた考えを口にした。勉強のできる生徒にありがちな先生を小馬鹿にするニュアンスを含んでいるかと思いきや、彼の顔が歪んでいるあたり当時のことを思い出して苦々しくなったようだ。


 そのときの犯人は先生方の努力もあって見つかった。男子二人女子二人の仲良しグループだったという。職寝室に呼び出されこってり絞られたあと、彩希に謝罪した。さらに親たちにも連絡が行って騒動が収束するかに見えた。


 ところが、グループのリーダー格の男子は、あることないこと両親に吹き込んだという。この両親は自分の子どもがいじめなんてするわけがないと半狂乱で先生に迫ってきた。挙句の果てに、芸能人だから贔屓していると学校に言いがかりをつけたらしかった。麒一が聞いたところによると、職員室で何時間も粘ってネチネチと抗議をしたという。


 先生方は苦労しながらもなんとかその場をやり過ごした。堂々巡りが続いたものの、これ以上話しても平行線をたどるだけだと両者が悟ったらしかった。


 ところが事態は悪い方向に向かった。いじめをした男子の親がゴシップ系の週刊誌に投書したのだ。学校が芸能人を贔屓して他の生徒には冷たいだとか、彩希をお姫様のように特別扱いしているだとか、あることないこと吹聴したのだ。真実や事実を問わない週刊誌はそれを面白おかしく記事にした。当時の彩希は小学生ということもあり、芸名と本名は伏せられていたが、荒いモザイクのかかった学校の写真とすぐに特定できる伏字で学校名が載っていたので、誰が通っている学校かがネットの特定班によって暴かれたのだ。


 不幸中の幸いか、彩希の事務所の対応が素早かった。顧問弁護士や学校との連携を図り、ネットの書き込みに対してメディアを使い事実無根であると宣言した。そして、別の週刊誌が彩希をいじめたリーダーが問題児で親がモンスターペアレントだとの記事が掲載されると、今度は彼らに中傷の矛先が向くことになった。


「その対応はどうなんでしょうか?」


 毅然と立ち向かったと言えば聞こえがいいが、それによって彩希がさらにひどいことになるのでは、と浩太は思った。


「十年ぐらい前の話だし、ネットの中傷に対するノウハウがなかったんだろうな。で、あっちがモンペとそのガキだって載せた週刊誌、間違いなく彩希の事務所が書かせたもんだし」


「そんなことするんですか?」


 所属する芸能人に有利な記事を書かせると噂では聞いたことがあるが、実際にあるとは思っていなかった。いくら彩希を守るとはいえ、そこまでするのはやり過ぎている気がした。


「確証はないけどな。けど、事実かどうかが問題じゃない」


「どういうことですか?」


「いじめが収まらなかったんだよ。そのガキ、今度はクラスの女子全員に彩希にいたずらするように唆したらしいぞ。俺が言うのもなんだけど、彩希は当時からかわいいって評判だったし、嫉妬もあったんだろうな、きっと」


「………」


「あのときの彩希は見てられなかったよ。髪をくしゃくしゃにして帰ってきて靴や服、ランドセルはボロボロ、いじめなんてかわいいもんじゃない。ただの犯罪だ。それに親父もおふくろも喧嘩するし、参ったよホント」


「喧嘩、ですか……」


 詳しい話を聞いてみたかったが、家の事情、それも済んだことに首を突っ込むのは礼儀にもとる気がして、訊くのをやめた。


「親父は芸能活動するからいじめに遭うんだって言うし、おふくろは彩希のやりたいことをやらせてやりたいって言うし、全然意見がまとまらない。結局、じいちゃんが間に入って止めたんだ」


 浩太の逡巡を察したのか、麒一は言葉を選びながら話してくれたようだ。


「それで、いじめの方はどうなったんですか?」


 ここまで来たらすべてを聞かなくてはすまない気がする。浩太は身構える思いで麒一の言葉を待った。


「俺は彩希をいじめた奴らが許せなくてな。木刀を持ってそいつらの家にカチこんだ」


「はい?」


 あまりの急展開に理解が追いつかなかった。


「あのときは彩希を守らなきゃって必死だったんだよ。俺の妹をいじめたら親共々お前らの頭ブチ割るぞって木刀でテーブルとか床とか叩いて脅したんだよ。そんとき、俺も中学生だったし、木刀持っていればそこらへんの大人相手にも負けないって勘違いしてたし」


 言葉を区切って恥ずかしそうに頭をかく麒一。さすがに今となってはやり過ぎたと思っているようだ。


「そりゃあ、ダメでしょう。下手したら警察沙汰になりますよ」


 とツッコむしかなかった。


「あとで親父とおふくろにこっぴどく叱られたよ。しかも中学の先生や剣道の師範にもな。じいちゃんからも小言食らったけど、それでこそ兄貴だって擁護してくれたよ。でも、俺が脅したおかげで、彩希のいじめがピタッとやんだんだ。一応、彩希がこっそりありがとうって言ってくれたし、なんとか兄貴らしいことはしてやれたかなって、あのときは思ったさ」


「よく収まりましたね。恨みを買いますよ、普通」


「彩希には頭のイカれた怖いお兄ちゃんがいるって勘違いしてくれたんじゃないか。そして、そのまま無事に小学校生活を終えて、彩希は芸能活動を許してくれる私立の女子中学に行ったとさ」


 なぜか明るい顔色を浮かべて昔話のような口調になる麒一。浩太は勘違いではなく本気で麒一が怖かったのだろうと想像した。


 ふと、浩太は思った。やはり彩希と麒一は似ているところがある。彩希は優美に変なちょっかいをかけた明乃、陽平、武雄を懲らしめ、麒一は彩希をいじめた連中相手に殴り込みを仕掛けた。大切な人のために暴走するのは平沼家の血筋かもしれない、と苦笑いをしそうになった。


「だからさ、彩希をちゃんと守ってくれる人じゃないと彼氏だと認めたくないんだよ」


「それで僕に決闘を申し込んだと」


 とは言ったものの、あの時の麒一の剣幕は、浩太を試す意図を感じられなかった、むしろ叩きのめす気でいたんじゃないかと思うが、口にすると話がこじれそうなので黙っておくことにした。


「ああ。でも、浩太くんなら安心だ。チンピラからも守ってくれたんだろ?」


「ええ、まあ」


「へんな芸能人とつき合うぐらいなら浩太くんの方がマシだ」


「マシ、ですか」


 消去法的に選ばれたせいか、素直に喜べない。


「わるいわるい。別に嫌な意味じゃない。あと、優美ちゃんも懐いているみたいだし、いい父親になるんじゃないか? アルバムのおまえたち、幸せそうだったし」


「そのイメージが湧かないんですよね。ついこの間まで彩希とはただのサークル仲間だったのに、今じゃこんな感じですし」


「ま、それもそうか。いきなりお父さんだもんな。ちょっとずつ慣れて行けばいいさ。お、寿司が乾いてしまう。さっさと食べてしまうか」


 と麒一がマグロに箸をつけ、一貫丸ごと口に入れると、ビールで流し込んだ。


「いただきます」


 とりあえず礼を言って、浩太もエビの寿司を口に入れる。咀嚼するたびに弾けそうな噛み応えがあり、口の中に甘みが広がった。


「さ、ビールも飲んだ飲んだ」


 と麒一が空いたグラスにビールを注いでくれる。浩太は半分ほどビールを飲み、また寿司を口に運ぶ。


 ――昔の社会人みたいだなぁ。


 父親が、むかしは酒を飲んでコミュニケーションをとるのが当たり前だった、と話していた記憶がよみがえる。


 その後、麒一とは他愛のない世間話をした。地元のこと、サークルでの彩希、友達との関係、麒一の普段の生活ぶりなどお互いの私生活について時には笑いを交え話に花を咲かせた。


 ふと、優美が大きくなったときのことを考えた。父と娘がこうして酒を飲む日が来るんだろうか、と。そのときは彩希も一緒だったらいいと思いながら、寿司とビール、麒一との世間話を楽しんだ。


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