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五日目:地元の同級生はトラブルの種でした

「嶋井、なんで東京にいるんだ?」

 

 優美のことを聞かせるとなに言われるかわかったものではない。浩太は話を逸らした。


「ひっど。同窓会のときいったじゃん。専門学校に行くって」


「知るか。そんな話、聞いたことないぞ」


 自分中心に世界が回っていると勘違いしている不良そのもので、同級生はみんな自分たちの味方だと勘違いしているようだ。


「そういう青江はどうなのさ。どこの専門?」


「大学だよ。高明大学」


「え、マジで? すごいじゃん」


 霧子は本当に驚いたらしく、目を見開いた。


「で、嶋井はどこの専門学校なんだ?」


 実のところ霧子に興味はなかったが、優美から興味を逸らしたくてそう訊いたのだ。その優美は土いじりに夢中で作業員の人の補助で植樹をしている。玄一郎と莉緒も守っているのでしばらく放っておいても良さそうだ。


「美容師だって。来年の今ごろは渋谷とか表参道で有名人の髪型セットしてあげてるよ」


 ――見栄っぱり。


 美容師業界がどんなものか知らないが、ぺいぺいがいきなり有名人の髪をセットできるとは思えなかった。


「で、その美容師さまがなんでこんなところで木を植えているんだ」


「手伝い。バイト代が出るって聞いたんだけど、しょぼくてさ」


 ということは、莉緒たちとは違う派遣元から来たようだ。集合場所には霧子はいなかったはずである。


「浩太、その人は?」


 と、玄一郎が声をかけてきた。その横には莉緒もいる。


 浩太は内心ほっとした。これ以上霧子と関わると優美のことを聞かれかねない。ちらと目を動かして優美を見た。


 苗を植え終えて優美がポンポンと土を叩いている。


 浩太は玄一郎と莉緒に目配せをして霧子と関わらないように訴えた。玄一郎は察しがついて軽くうなずくが、莉緒は怪訝な色を浮かべている。


「優美、トイレは大丈夫か?」


 ふと思いついて訊いた。


「いきたいー」


 優美はショベルを持ちながら浩太に顔を向ける。


「よしよし、じゃあ一緒に行こう。あ、莉緒さんもついてきてくれます?」


「へ?」


「さすがに男子トイレに連れて行くのはまずいので。女の人が手伝ってやらないと」


「あ、そういうことか」


 察しの悪い莉緒を何とか説得できた。


「じゃあ、ショベルは俺が預かるよ」


 玄一郎は霧子の視界を遮るようにして前に進み出た。


「ありがとー」


 優美は自分から礼を言って、ショベルを玄一郎に渡す。


 なんとか霧子から離れることができると、莉緒は窺うような目つきで浩太を見る。


「仲良くない感じ?」


「あっちは不良で、こっちは普通の学生ですから。たぶん莉緒さんや玄一郎さんとも合わないですよ」


 知的レベルが、と言おうとしたが、さすがに悪口が行き過ぎると感じ、思いとどまった。


「そっか」


 とだけ莉緒は言う。


「ちょっと、なにすんだよ!」


 いきなり後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。浩太は後ろを振り返ると、玄一郎がこちらに背を向けている。身体越しにちらちらと霧子の姿が見えた。


 浩太は身体を戻して優美を見た。怒鳴り声に困り顔を浮かべている。


「莉緒さん、優美をお願いします。優美、莉緒さんにトイレに連れてってもらいなさい」


 浩太はしゃがんで無理やり笑顔を作った。


「うん。りおさん、いこー」


 優美から不安が消えた。莉緒に手をつないでほしいらしく、手を差し伸ばした。


「よーし、行こうか」


 莉緒も事情は察してくれたらしい。すぐに優美と手をつないで建物のトイレへと連れて行く。


 離れたのを見てから、浩太は引き返した。


「どうしたんですか?」


 浩太は玄一郎に声をかけたつもりが、


「青江、この人、邪魔するんだから」


 と、霧子が不機嫌な心持ちを隠さずに言った。


「邪魔って?」


 浩太は玄一郎に顔を向ける。なぜか玄一郎は眉根をひそめている。


「この人がスマホで優美ちゃんを撮ろうとしたんだ」


「え?」


「いいじゃんそれぐらい。たかが写真でしょ」


「なるほど」


 と、浩太は軍手を外した。さっきから溜まっていた不満が胸の内で煮えたぎり、表に出て来たらしかった。


 ポケットからスマホを取り出し、レンズを霧子に向けた。


「ちょっと青江、なにすんの」


「嶋井、いきなりレンズを向けられた気持ちはどうだ?」


「キモいに決まっているでしょ」


「だよな。じゃあ、優美を勝手に撮るのはいいのか?」


「別にいいでしょ」


 霧子は開き直っているわけではない。ただ単に自分勝手だと気づかないだけだ。


「優美だって赤の他人にレンズを向けられて怖がっているかもしれないんだぞ」


「はん。あんな小さな子がそんなふうに思うわけないでしょ」


「嶋井、お前は悪い意味で変わってないな」


「どういう意味だよ」


 霧子の語気が荒くなる。


「自分さえよければそれでいいって考え、改めろって言ってるんだ。中学の時のやり方がそのまま外の世界で通用すると思うなよ」


「ひっど。わたしはもう二十歳だって。じゅうぶん大人でしょ」


「どこがだ。大人なら他人の迷惑を考えて行動するのが当たり前だろうが」


「………」


「優美とはかかわりを持つな。あの子は大事にしないといけないんだ」


「へん、父親にでもなったつもり?」


 霧子の目つきが次第にきつくなった。顎を引いて上目づかいで浩太を睨んでいる。


 怯んだわけでもないのに、浩太は言葉に詰まった。冷静さを失い父親だと言いかけたが、霧子にそれを教えるわけにはいかない。


「嶋井とか言ったな。あんたがやったことは犯罪だぞ」


 玄一郎がフォローに出る。


「なにが犯罪だ。テキトーなこと言うな」


「肖像権の侵害、立派な違法行為だ。もし優美ちゃんの親が訴えたら、あんた裁判で負けるぞ。そんな奴を雇ってくれる企業が果たしてあるとは思えんな」


「う、ぐ」


 今度は霧子が言葉に詰まる。


「そうなんですか」


 浩太は玄一郎に顔を寄せて小声で訊いた。


「はったりだ」


 と、玄一郎は目だけ動かして浩太に囁く。


「嶋井、俺たちとは考えが違うんだ。もう二度と関わらない方がいいぞ」


 目元を歪めている霧子に向き直る浩太。


「へ、へえ、地元の同級生を切り捨てる気なんだ。さすがエリート様はお高く留まっているね」


「なにを勘違いしてるんだ? 同級生がみんな仲いいと思っているのはお前らみたいなヤンキーぐらいなもんだ。真面目な奴らはお前らに迷惑してたんだし、関わりたくないって奴がいてもおかしくないってなんで気づかないんだ」


 言葉を重ねるうちにヒートアップして声音が強くなった。


 浩太の勢いに押されたのか霧子は口元を歪めて黙っている。


「どうしたんですか?」


 と、担当者が声をかけてきた。彼の顔に戸惑いの色が浮かんでいる。トラブルが起きて内心穏やかではないようだ。


 浩太は辺りに目を配った。今になって作業をしていた人たちが手を止めてこちらに目を向けている。


「いや、こちらの方が勝手に子どもをスマホで撮影しようとしたんで注意しただけです。ご迷惑おかけして申し訳ありません」


 浩太は霧子と関わりを持ちたくないので、あえて他人行儀な言い方をした。玄一郎も一緒に頭を下げてくれる。


「ご、ごめんなさい」


 ここに来てようやく霧子もまずいと思ったらしい。


「そうでしたか。トラブルのもとになりますので、本人の許可なく撮影するのは控えてください。最悪の場合、訴訟に発展しかねませんので」


 担当者は肩で息をして安堵する。これ以上トラブルが発展しそうにないと感じつつも、念のため裁判沙汰を臭わせて参加者同士の争いを阻止したらしかった。ついでに図らずも玄一郎のはったりが正しいと裏付ける形となった。


「ご、ごめん。青江」


 霧子は素直に謝ってきた。担当者の顔色を見てようやく自分のしでかしたことに気づいたようだ。


「いや、俺も言い過ぎたよ。ごめん」


「浩太、お前、あんなこと言う奴だったんだな」


 というものの、玄一郎の顔には笑みが含まれている。


 浩太はバツが悪くなり何も言い返せず、そっぽを向いた。


「でさ、青江。帰りどうするの?」


 いきなり霧子が訊いてきた。


「友達の車で帰るよ」


「なら、その友達に頼んでわたしも送ってくれない?」


 さっきまでの殊勝な態度はあっさり消えて、ずけずけと頼んできた。


「嶋井、家はどこなんだ?」


「中野駅の近く。少しでも交通費浮かしたいからね」


「ダメだな。帰り道に通らないし、俺の友達、人見知りだから知らない人は乗せたがらないんだ」


 嘘をついた。霧子のような人間を彩希に会わせるわけにはいかなかった。彩希が瀬能紗雪だと知ったらどんな行動に出るかわかったものではない。


「ならしょうがないね」


 と、あっさり引き下がる霧子。くるっと背を向けて離れていった。


 ――なんだ?


 霧子が一瞬、口角を上げて笑みを浮かべた気がした。何か良からぬことを企んでいるような表情だった。

 だが、浩太はこれ以上霧子と関わる気が起きなかった。下手に話しかけたら友達だと勘違いされ、つけあがるに違いない。ここは霧子が何を考えようとも一切の無視を決め込む方が得策な気がした。


 その後、浩太たちは霧子と離れて植樹をした。トイレから帰ってきた優美と作業しながら終了時間まで霧子が話しかけてくることがなかった。


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