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五日目:一緒に木を植えます

 作業服を着た人たちが指示を出し、参加者を大雑把にグループに分けしてから作業に取り掛かった。怪我をしないようある程度の決まりごとはあるのだが、必ず守らなければならないわけでもなく、植樹をするなら自由に動き回ってもかまわないとのことだった。


 浩太たちも動くことにした。一度、優美がはぐれてしまったため、玄一郎と莉緒も心配になり、ついてきてくれた。優美はときおり浩太から離れるものの、玄一郎と莉緒に懐くだけで、目の届く範囲で動き回っている。


 植樹に使う苗木は、優美でも持てるくらい軽く小さなものだ。浩太は優美からショベルを預かり、代わりに苗木を持たせ、鉄柵の近くにの窪みに運ばせた。


「はい」


 優美は作業服を着た精悍な顔つきの男に苗木を差し出した。


「ありがとう。えらいな」


 端的に礼を言うと、男は笑顔になる。そっと苗木を受け取ると、ポットから抜いて土のくぼみに苗を置いた。まっすぐになるよう調整をする。


「じゃあ、土を入れてもらおうかな。さ、お父さんも」


「あ、はい」


 ずっとそばで優美を見守っていたせいか、男は浩太を父親だとわかったようだ。


 浩太はショベルを優美に渡した。優美は慣れない手つきで土をすくって流すようにくぼみに入れる。


「わー」


 優美は土いじりが楽しいらしい。苗の周りの土をペタペタと軽く叩いてからまた土を入れる。


「こんな感じで良いですか?」


 浩太は作業員に訊いた。


「ええ、大丈夫ですよ。あとで確認しますから、とりあえず苗を持ってきて土を入れてもらえればいいので」


 作業員の口調は澱みない。こういったイベントになれているようで、参加者が失敗したときは、あとで作業員たちが修正するらしかった。


「よし、いい感じだぞ。優美」


 厳密な作業は必要ないとわかり、浩太は優美を褒めている。優美は土いじりに夢中で、ショベルで土を(なら)しはじめた。


「優美ちゃん、かしこいねぇ」


 隣で作業をしている莉緒が声をかけてきた。


「ゆみ、いつもやっているのー」


「ガーデニングでもやっているのか」


 と、玄一郎は苗を手にしながら言う。


「ううん。すなあそびでね、こうやってるんだよー」


「砂遊び?」


 と、浩太が訊く。


「えっとー、んっとー」


 優美は上手く説明できないようで、首を傾けて考えている。


「ゆっくり考えてごらん」


 ここで説明を急かしてはいけないと、直感した。思いのほか賢いとはいえ、まだ三歳。上手く考えがまとまらなくて当然な気がした。


「うんとね、すなをぽんぽんしないと、たおれちゃうの」


「ああ、こういうことかな」


 と、浩太は偶然にも落ちていた木の枝を手に取って土に差すと、その周りをショベルで固めた。


「うん、そうだよー」


 お父さんにわかってくれて嬉しいようだ。


「よし。じゃあ、ここが終わったらまた苗を取りに行こう」


「はーい」


 優美はすっかり植樹が気に入ったようで、また土をポンポンと叩いた。


 苗を植え終えてから、みんなと一緒にテントの方へ向かった。駐車場には縁石で区切った箇所がそこかしこにあり、それぞれの参加者が思い思いの場所に木を植えていた。


 参加者それぞれが自分のペースで苗木を植えていて、声をかけ合いながら作業を進めている。時には笑い声が上がるあたり、つつがなく植樹が行われているようだ。こうなるとバイトと地元住民の区別がつかなくなり、サクラを用意して住民との触れ合いをアピールしたい店側の思惑通りに事が進んでいる気がする。とはいえ、浩太がそれを気にしても仕方ないので、優美を楽しませればいいと割り切った。


 テントまで行き、新しい苗を受けとって引き返すと、カメラを首にかけて手帳を手にしたスーツ姿の中年男性が植樹の様子を見渡しているのが目に入った。


「ホントにマスコミが来てるんだね」 


 莉緒が何気ない口調で言った。


「テレビは来てないみたいだな。あれはブン屋か」


「玄一郎さん、いつの時代の言い方ですか」


 時代がかった玄一郎の言葉に、浩太は苦笑する。祖父が新聞記者のことをブン屋と言っていたのを思い出した。


 記者は近くにいた家族連れに話を訊きに行く。物腰が柔らかく失礼のないように頭を下げてから質問し始めた。


「こっちにも来るか?」


 玄一郎が優美に目を向けて言う。優美はあまり気にすることなく苗を持ったまま浩太の傍にいる。


「どうかなぁ。あれって提灯記事でしょ。たぶん訊く人を決めているんだろうし、あとはショッピングモールの担当者へのインタビューで記事を埋めるんじゃない?」


「詳しいですね。莉緒さん」


「あはは、ただの憶測だよ。おっと、優美ちゃんから目を離しちゃダメでしょ、浩太」


「あ、そうですね」


 また目を離してしまったものの、優美は苗を手に持ちながら少し先を行くだけで迷子にはなっていない。


 浩太は駆け足気味に優美を追いかけて、今度こそ目を離さないよう気をつける。


「ここでいいー?」


 と、優美は新しいくぼみを見つけてから浩太に訊いた。


「よし、やるか」


 父娘が揃って苗を植え始める。浩太も優美も二回目とだけあって手慣れてきた。


「青江、なにその子」


 嫌な声を聞いたな、と浩太は思った。


 中学時代の同級生、嶋井霧子が後ろから声をかけてきたのだ。


 浩太は後ろを振り帰ると、腰を屈めた霧子が覗くようにして優美を見ている。優美は霧子に気づかず、せっせと苗の根元を埋めていた。


 ――さて、どうすっかな。


 正直に娘と紹介していいものか迷う。


 そもそもなぜ霧子がここにいるのか。そんな疑問が今になって浮かぶ。


 中学を卒業し、一度だけ開かれた同窓会で顔を合わせただけである。それも高明大学に合格したあとの、上京するちょっと前の話だ。そのときですら浩太は霧子と親しく話した覚えはなく、彼女が上京する話は誰からも教えられていない。


 中学校時代、浩太の学年は荒れていて、とてもまともな環境とは言い難かった。授業中は私語が止まず、先生の許可なく教室を出たりする生徒もいた。人をからかい、バカにすることで優位に立とうとする浅はかな連中が幅を利かせ、真面目な生徒ほど割を食う劣悪な環境である。いびつなスクールカーストだったな、と浩太は今でも思う。


 浩太と霧子ではあまりにも対照的だった。浩太は真面目で地味なグループに所属し、部活に所属しておらず、祖父の運営する剣道の道場に通っていた。勉強もそこそこでき、地元で一番の進学校に進学した。


 それに対し、霧子は典型的な不良だった。勉強もろくにせず、授業中は後ろを向いてお友だちと喋ったり、学校も良くサボっていた。悪いことに、明るい性格でクラスのまとめ役だからと、先生にやんわりと注意されるだけで、あまつさえ擁護されていた。心のある別の先生がこれでは行ける高校がないと脅して三年生の時は授業を受けていたが、ちゃんと高校に合格したのかどうかさえ怪しかった。


 その霧子と東京で再会するとは全く思っていなかった。


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