五日目:子どもから目を離しちゃいけません
建設中のショッピングモールには足場が組まれていた。あとは外壁の塗装を残すのみとなっているようだ。駐車場には白線が引かれていて、すぐに使えそうだった。
入口の警備員はバイトたちに一礼するだけであっさり通してくれた。一応、地元の人たちと触れ合うという建前なので、今日に限っては誰が入ってきてもかまわないという素振りだった。
「みなさーん、ここで待っててください」
駐車場の端まで連れてこられると、バイトリーダーが親しみを込めた感じで言った。仲間を数人引き連れて担当者の元へ向かう。
敷地内にはすでに地元の人たちが来ている。人数が少ないとは言っていたものの、ざっと数えた感じ、五、六十人ぐらい集まっているようだった。バイトのサクラを含めると百人は軽く超えていそうだ。
辺りを見回すと、駐車場の所々が整備されておらず、土がむき出しになっていて、あらかじめ窪みが掘られていた。建物の近くにはテントが並んでいて、木の苗や熱中症対策に飲み物が用意されているようだ。作業服姿の人もちらほらいてその人たちが指示を出すらしい。
あまり時間が経たないうちにバイトリーダーたちが戻ってきた。彼らの手にバケツに入った小さなショベルがあった。
「お待たせしました。これから木を植えますが、基本的には自由行動です。イベント終了時にまたここに集まってください。あと、このショベルは自由に使ってけっこうです」
と言うだけで、バイトリーダーはまたどこかへ行ってしまった。
アルバイトたちにちょっとしたどよめきが起きる。
「いいんですか? こんな適当で」
これだけのことでバイト代がもらえるとは思えず、莉緒に訊いた。
「へいきへいき。地元住民との触れ合いって建前だし、楽しく作業すればいいから」
「だから優美を連れてきても問題ないんですね」
その優美は興味ありげに周りの人たちを眺めていた。
「さ、優美。ショベルを取りに行こうか」
浩太は腰を屈めて優美の背中に両手を添えた。
「はーい」
優美はとことこと歩き出す。
列に並んでから優美にショベルを持たせたとき、拡声器から声が飛んできた。
「みなさん、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。えー、私どもの企業は常々、地元住民の方たちとのかかわりを大事に、あのー、地域発展への貢献を――」
と、担当者がたどたどしい挨拶をし始めた。思いのほか若い人であまりこういった責任のある立場になれていないようだった。
「あの人も大変だな」
挨拶の途中、玄一郎が声をかけてきた。集まった人たちはあまりスピーチには耳を傾けている様子はなく、仲間同士で喋っている人が多かった。中には小さな子どもがかけっこを初めて親御さんが追いかける姿もある。
「学校行事じゃあるまいし、気楽にやればいいんですけどね」
「でも、子どもが怪我でもしたらクレームが来ちゃうかもしれないしね」
莉緒が言った。
「そんなの親の責任だろ。担当者が気にすることじゃないと思うがな」
と、玄一郎。
「世の中とんでもなく理不尽な人もいるんだって。前にバイトで行ったところだとさ、コーヒーこぼして服にシミがついたから弁償しろ、なんて人もいたし」
「バイトがこぼしたんですか?」
「んにゃ、お客さんが自分で」
「佐橋、嘘をつくなよ」
玄一郎は呆れた顔つきになって言った。
「ホントだって。だからあの人もモンカスにエンカウントしませんようにって思ってるんじゃないかな、きっと」
莉緒はスピーチをしている担当者に目を向け、浩太と玄一郎も連れられて視線を移す。内容にまとまりがなく、スピーチの原稿が頭から飛んでしまったようだ。
「ま、あたしたちは優美ちゃんのお世話をしながら作業すればいいっしょ」
と、莉緒が気楽そうに言った。
「そうですね。ちょっとぐらい優美に土いじりをさせるぐらいで――」
視線を下に移したとき、浩太はぎょっとした。
優美の姿がないのだ。
「優美、どこに行った?」
浩太は慌てて周りを見回すも優美の姿がない。
「え、どこどこ?」
莉緒も心配してくれる。
「浩太、目を離したらダメだろ」
と、玄一郎が責め立てる。
「説教は後で聞きますよ。優美、優美ー」
気づいたときには足が動いていた。
ときどき、子どもから目を離して事件に巻き込まれるというニュースを何回かみたことがある。そのときは親がなっていないからだと浩太は他人事のように思っていたが、今では目を離してしまった親の気持ちが痛いほどわかる。優美ぐらい小さな子どもだと、大人が想像もつかないタイミングでどこかへ行ってしまうのだ。
――親失格だ。
もし優美が誘拐でもされたらどう責任を取ればいいのか、と浩太は飛躍した考えに至る。なんとかして優美を見つけないとと思い、あてもなく人々の隙間を縫いながら懸命に優美を探していた。
「おとーさーん」
聞き覚えのある女の子の声がした。
「優美」
横を振り向き、視線を下げると、優美がショベルを持ちながらとことこと浩太に近づく。
浩太は安堵し、ふうとため息を吐くと片膝をついて優美に目線の高さを合わせた。ところが優美には喜びがなかった。
「おとぉーさーん、どこいってたの?」
優美は心配そうな声を出す。自分から迷子になった自覚がないようだった。
「どこいったじゃない。心配したんだぞ。こんなに人が多いんだし、お父さんたちから離れちゃダメだぞ」
口調がきつくならないように、やさしく言い聞かせた。
だが、優美はお父さんに怒られたと感じたのか、視線を下げて、かなしそうな顔になった。
「うん」
絞り出したような優美の声に、浩太は胸が痛んだ。
怒るつもりはなかったし、その気持ちもなかった。しかし優美の心配をするあまり、自分でも気づかないうちにきつくなってしまったのかもしれない。
優美に悪気があったわけではない。これだけの大人数が集まっている上に、お祭りのような雰囲気を感じさせる場所である。好奇心を起こし、親から離れてあちこち見回ろうとするのは、小さな子どもならごく自然な行動のような気がしてきた。
浩太は優美の頭にそっと手を添えた。すると、優美は顔をあげた。
「わかってくれたらいいんだ。じゃあ、お父さんたちと一緒に木を植えよう。おっきく育つようにちゃんと心をこめてな」
「うん」
やっと優美に笑顔が戻った。頭をなでて優美を慰める。
「あれ? 青江?」
と、誰かが声をかけてきた。
浩太は優美と手をつないでから立ち上がると声の主に顔を向けた。波がかった金髪が野暮ったく、メイクの濃いギャルという出で立ちだった。
「えーっと、どちらさまでしょうか?」
思わず苦笑いになる浩太。ギャルとはまるで縁がなかったし、そもそも浩太はギャルの軽薄な感じが苦手である。
「きゃはは、どちらさまっだって」
このギャルは嘲笑するかのような笑い声をあげる。
「は、はあ」
浩太は内心イラついた。なぜ誰かを訊いただけで笑われなくてはならないのか理解できない。
「はあっだって」
ギャルはバカにするような笑顔そのままに言った。
「で、どちら様ですか?」
浩太は必死に感情を押さえて訊いた。優美を怖がらせてはいけないと気遣った。
「嶋井霧子」
「嶋井?」
と、浩太は手を顎に添えて視線を逸らした。ついでに優美に目を向けると、顔をあげて霧子を見ていた。
優美にはこんな大人になってほしくないな、と思ったとき、記憶がうっすら蘇った。
――ああ、あのバカか。
思い出したはいいものの、浩太は胸の内で毒づいた。
なぜ、あまり会話のなかった霧子が話しかけてくるかわからなかった。めんどくさい奴に絡まれたと感じ、浩太は顔を歪めた。
手をつないだ優美が何か訊きたげな顔をしてみているのにも気づかなかった。




