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四日目:鍋パーティーをします

 優美が昼寝から目覚めて一緒にアニメを見てから、鍋の支度にとりかかった。当初、浩太一人でやる気でいたが、彩希が手伝ってくれることになった。急遽、明乃と莉緒も食べていくことになったので、二人がスーパーで材料を買い足してきてくれた。


 浩太が作るのは芋煮である。一口に芋煮といっても、地方や家庭で様々なレシピが存在する。浩太の地元では里芋と豚肉を使い味噌で味付けをしたものが主流だ。


 しかし今回、彩希のリクエストでヘルシーなものを作らなくてはならない。そこで、別種の芋煮を作ることにした。


 出汁を一から作るのは面倒なので、既製品の寄せ鍋の出汁を使うことにした。そして、ゴボウ、白菜、ニンジン、豆腐、シイタケを適度なサイズに切り、いったん大皿に乗せる。ゴボウは彩希の協力もあり、湯通しをして灰汁を抜き、優美が食べやすいようにささがきに切ってある。

 そして、豚肉の代わりに冷凍の(たら)を鍋に入れることにした。幸い骨抜きのものである。これなら優美が口の中を切ったり、喉に刺さることはない。


 芋煮ではサトイモを使うのが主流だが、今回はジャガイモを使う。浩太が小さいころ、サトイモが苦手だった経験を踏まえたのである。優美ぐらいの子ならジャガイモの方が好みそうだとも思った。


 頃合いを見計らってスーパーで買ってきた鱈を冷蔵庫から出した。


「たしかにヘルシーね」


 と、ジャガイモの皮むきを手伝っている彩希が言ってきた。


「野菜も豊富でしかもレシピも自由自在。河川敷にでも行ってバーベキュー感覚でやるのも悪くないぞ」


「そういえば、ニュースで見たことあるわ。ものすごい大きな鍋に材料を入れて、重機でかき混ぜながら煮るってやつ。浩太も参加したことあるの?」


「あれは俺の地元からだと遠いんだよ。小学生のころに一回行ったきりだな」


「いつか見に行きたいわね」


 と、彩希が明るい顔を向けてくる。浩太は気恥ずかしくなり作業に戻った。


 食材の準備が整い、食卓テーブルに持っていく。平沼家にはカセットコンロがなく、代わりにIHヒーターとそれに対応した鍋がある。


 鍋に出汁を入れて、ヒーターにスイッチを入れる。


「おいしそう」


 と莉緒が前かがみになる。


「まだですよ。ゴボウとか少し時間がかかりますから」


「わかっているよ。ねー優美ちゃん」


「わー」


 優美はすっかり莉緒になじんだらしい。芋煮の準備中も一緒に遊んでくれていた。


「いいなー。優美ちゃん私の隣にーー」


「ダメです」


 彩希が即座に明乃を制する。


 出汁が煮立ち、ジャガイモを入れる。少し時間が経ってから残りの野菜を適度に入れて、ちょっとな間鍋を閉じた。やや手順があやふやだが鍋料理は多少いい加減に作ってもなんとかなると開き直った。


「これで良いの?」


 莉緒も浩太の手順を疑問に感じたらしい。


「鍋料理なんで、なんとかなるんじゃないですか?」


「よくそんなんで作るなんて言えたね。それにこれ、ただの寄せ鍋じゃん」


「ちゃんと芋が入っているんで芋煮ですよ」


「強引過ぎない?」


 明乃も疑問に思っているようだ。


「細かいことを気にしなくていいじゃないですか。さて、そろそろ煮えたかな」


 そろそろ時間だと思い、鍋の蓋を開けた。立ち込めた湯気がもわっと浮かび、ぐつぐつと煮えた食材が姿を現す。最後に鱈を鍋に投入した。


「おいしそうだね、優美」


「たべたいー」


「もうちょい待った。ジャガイモが煮えているか確かめる、と」


 浩太は竹串でジャガイモを刺した。すっと竹串が貫通した。


 鱈も白味が増して煮えたようだ。


「よし、できた」


「じゃあ、遠慮なく」


 と、莉緒の箸が伸びる。


「莉緒さん、まずはいただきますの挨拶ですよ」


 ここでも彩希は自分の流儀を通す。


「はいはい」


 莉緒は仕方ないというふうに箸をおいて、手を合わせた。


「じゃあ、いた―だきます」


 小学生の給食のときのような言い方をする彩希。みんなも後に続いて同じように言う。


「優美、何が食べたい?」


 と、浩太は訊いた。


「おさかなー、おいもー、おやさいー」


「全部か、よし」


 浩太はちょっとした笑みを浮かべてから白菜とジャガイモ、鱈、をすくって茶碗によそう。どんぶりだと優美には大きすぎるので、茶碗にしたのだ。手を火傷しないように断熱性のあるプラスチックの茶碗を彩希が用意してくれた。


「わーい」


 目の前に茶碗が置かれると、優美はうれしそうな声をあげる。


「優美、お父さんにお礼しないと」


 と彩希は母親らしいことを言う。


「ありがとー」


「どういたしまして」


 浩太は優美に笑顔を向ける。


「えへへ」


 優美も笑って答える。茶碗を傾けると、ふーふーと息をかけて冷ました。


「猫舌?」


 と、莉緒が訊く。


「子どもってこんなものですよ」


 彩希が言う。


「ところでさ、莉緒。武雄の小説どう思った?」


 明乃は鍋に箸をつける前に缶チューハイの蓋を開けた。優美が寝ている間にみんな、武雄の小説に目を通していた。


「少しずつ良くなっている感じですかね。形にはなってきてますよ」


「オリジナリティーがないと思わない?」


「うーん、もうちょっとはったりを利かせた方がいいかもしれないですね。警察官が主人公なら組織の理念に反してでも自分の正義を貫くとか。ハードボイルドなら社会通念とかじゃなくて、独善的でもいいから確固たる信念を持たせないと」


「警察官が主人公っていう縛りがきついわね。あくまで警察をクビにならない範囲で立ち回るとかの工夫が必要よね」


 明乃は一口缶チューハイを飲んでから言った。


「そうですね。あと、この小説に出てくる警察組織の様子って、いまいちリアリティーに欠けますよ。組織の様子がちゃんと描けないと主人公の異才が際立たないっていうか」


「なら、警察へ取材しに行った方がいいかも。作家志望の学生でも取材させてくれる警察署はあるから」


 と、明乃と莉緒は創作論に熱中し始めた。


 ミス研ではこの二人が一番熱心である。二人とも小説を書くというよりは、読むのが好きな方で、古今東西のミステリー作品に精通している。

 特に莉緒は書く才能がないから作家を育てる編集者になりたいというほどで、ミステリー物を扱う出版社を志望している。大手に就職できない場合は、中小の出版社で経験を積んで転職する機会を窺うらしい。


「彩希はどう思う?」


 と、莉緒が訊く。


「ヒロインが単純すぎます。守ってもらうだけで、好きになってしまうのは単純すぎます」


「で、彩希は武雄の小説がドラマになるとしても、演じたくない感じ?」


「そうですね。これだと面白くないかなぁ。脚色にも限界がありますし」


 独自の視点で感想を言う彩希。


「はふ、はふ」


 優美は野菜を口に入れて冷ましながら食べていた。ようやく噛んで飲み込んだ。


「熱くないか?」


 ミステリー談議について行けない浩太は、優美を気遣う。


「だいじょうぶだよー」


「おいしい?」


「うん、おとーさんおいしいー」


「あはは、これじゃ浩太がおいしいみたいじゃん」


 莉緒が口をあけて笑う。


「もう、揚げ足とらなくていいじゃないですか」


 と、彩希も取り分けたジャガイモを口入れる。


「うん、悪くないかも」

「どれどれ」

「おお」


 明乃と莉緒も食べ始めた。


「さすが既製品。ちゃんとできてるわ」

「莉緒さん、それは勘弁してください」

「ごめんごめん」

「おかーさーん、とってー」

「お、優美ちゃんも気に入ったみたい」

「なにがいい?」

「おいもとおさかなー」

「はいはい」

「優美はよく食べるなぁ」

「これは大物になるわね」

「関係ないですよ」


 みんなが他愛のない話に花を咲かせながら、鍋をつついた。

 食材が無くなり、夕飯の終わりを迎えた。


「じゃあ、片付けますか」


 と、浩太は休憩もそこそこに立ち上がる。


「じゃあ、わたしも」


「ゆみもー」


 母娘二人が席を立つ。


「あたしも手伝うよ。これじゃただ飯ぐらいだし」


 莉緒はテーブルに手をついて立とうとする。


「いいですよ。莉緒さんはお客さんだし、今度なんらかの形で埋め合わせしてくれたら」


「おうおう、浩太。すっかり旦那さんだね」


「あー、はは、そうですね」


 苦笑いを浮かべるしかない浩太。優美に出会って四日目、早くも父親が板についたのかもしれない。


「うー、彩希。酒ない?」


 と、明乃は赤い顔をしている。食事中、酒を飲んでいたのは明乃のみである。


「明乃さん、これから勉強でしょ。試験も近いんだししっかりしてくださいよ」


 彩希は呆れた様子を隠さずに言う。


「大丈夫。ここに来る前、みっちり勉強したから」


 これで法科大学院に受かるのか、他人事ながらも心配になる。おまけに明乃は武雄の小説を読み込んでアドバイスを送ろうとしている。どこにそんな時間があるのだろうか。


「そう言えば浩太。あんたバイトどうすんの?」


 と莉緒が訊いてくる。鍋をつついている最中に浩太はみんなにそのことを言った。ただし、真っ先にクビを切られたことには触れず、勤め先のコンビニが閉店するからとだけ告げた。優美に聞かれるのはまずいと思いながらも、この子が食べるのに夢中な間に話したのだ。そのせいか、優美はお父さんが仕事をクビになったことに気づかなかったようだ。


「まあ、適当なところ探しますよ」


 浩太は食器を洗いながら言った。


 食器を干している最中、優美がとことこと使った食器を持ってきた。


「おとーさん、これー」


「ありがとうな」


 食器を受け取って流しに置き、洗剤のついたスポンジで洗う。優美は引き返して新しい食器を取ってこようとする。


「ならさ、明日暇っしょ?」


「暇といえば、暇ですね」


「あたしんとこ、いまバイト募集していてさ。よかったら明日だけでも来ない?」


「どんなバイトですか?」


 と、浩太が訊いたのは、莉緒が派遣のバイトをしているからである。飲食、イベント設営や受付、警備員など、様々な派遣先があると聞いたことがある。


「今、二十三区外にショッピングモールを建てているんだけど、人手が足りないみたいなの」


「建設の作業ですか?」


「んにゃ、植樹だけど人手が足りなくてさ」


「植樹? ショッピングモールが何のために?」


 何か裏があるのではと訝る浩太。


「なんでも地元の人との交流を深めるって建前みたいなんだけど、肝心の地元の人が集まらないからバイトを集めているってわけ。あたしもよくわかんないんだけど、新聞記者とか市の広報も来るみたい。地元の発展の一助になりたいってアピールするって」


「サクラを集めての提灯記事ですね。地元の人との軋轢はありませんってアピールじゃないかな、きっと」


 彩希はメディアに関わっていた人間らしく、ショッピングモール側の意図を汲み取った。


「で、浩太たち三人も手伝ってもらえないかな?」


「優美も一緒ってことですか?」


 浩太はハンドルを下げて水を停めた。


「そうそう。家族連れの方がイメージが良くなるから子どもも来てほしいんだって」


「いやあ、優美を連れて行くわけにはいかないですよ。地元の人とは関係ないし、そんなグレーな仕事を子どもにやらせるのはどうもなぁ」


「いいじゃない。優美を遊ばせる感じでやらせたら。土いじりもいい経験よ」


 と、彩希はあっさり言った。足元の優美はわけがわからないというふうに彩希を見上げている。


「まあ、遊ばせておく分にはいいか、俺と彩希がちゃんと働けばいいだけだし」


 一定の譲歩を示す浩太。


「ちょっと待って。彩希が行くのはまずいんじゃない?」


 と明乃が慌てた口調で言う。


「たしかに、新聞記者もいるし、彩希が瀬能紗雪だってバレたら面倒そうですね。なら浩太と優美ちゃんで。あと、玄一郎も来るってさ」


 と、莉緒はスマホを取り出し、派遣元の会社に電話をかけた。おつかれさまですー、と愛想のよい声音で挨拶をした。


「でも、二十三区外だと遠いよね」


「何時間かかるんだかなぁ」


「じゃあ、わたしが運転するよ。ついでに莉緒さんと玄一郎さんも乗せて。帰りにまた迎えに行くから」


「お、ラッキー。交通費が浮くわ」


 莉緒が喜ぶ。


「え? 交通費出ないんですか?」


「交通費込みで、五〇〇〇円」


「やすいバイトですね」


「文句言うな。楽で短時間なんだから」


「まあいいですけどね」


 どうせ一回のみのアルバイトだと割り切った。


「すなあそびー?」


 優美は話の流れを理解できないらしかった。


「ううん、木を植えるの。優美も手伝ってくれると莉緒さん嬉しいって」


 彩希は膝を曲げて優美に目線の高さを合わせて微笑んだ。


「やりたいー」


 と、優美は両手をあげてうれしそうな笑顔になる。


 ――仕事だってのは……。


 優美には黙っておこう、と浩太は思った。こんな仕事で金がもらえると優美が勘違いしてしまうと、将来的に悪影響を及ぼしかねない、と大げさに考えてしまった。


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[一言] 豚肉の代わりに何をいれたのか抜けてます。
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