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三日目:みんなで夕食の準備をします

 平沼家の玄関に入ると、浩太は優美を抱っこから下ろし、靴を脱いで上がり框に上がると靴を揃えようとした。


「やるー」


 と、優美は靴を脱いでぱっと上がり框に上がると、両膝をついて自分の靴と浩太の靴を壁際に並べてくれた。


「お、ありがとうな、優美」


 整頓する娘に思わず顔がほころぶ浩太。


「にひひ」


 褒められてうれしいのか、優美は浩太を見上げて笑顔になる。


「じゃあ、俺のも頼むかな。客だし」


 武雄は調子に乗った。


「自分でやって」


 と、彩希は後輩を甘やかさない。


 ちょっとしたやり取りをしてから優美の手を引いてリビングに入った。


 食卓には、陽平、明乃、玄一郎が食卓を囲んで座っていた。


「お、帰ってきた」


 陽平がこちらに顔を向けて言う。


「こんにちはー。皆さんお揃いで」


 陽気な声で挨拶する武雄。するとさっそく鞄の中を探り始めた。


「どうしたの?」


 と明乃が訊く。


「浩太さんにも言ったんですけど、新作の短編ができたんでみんなに読んでもらおうかと」


「食べてからにしよ。どうせまたなんかの二番煎じだし」


「ひどいなあ。今度はオリジナリティー溢れるハードボイルドですよ」


「とにかく、武雄も一緒に作って」


「はーい」


 武雄はけんもほろろに扱われて不満があるのか、不貞腐れたような返事をする。


「けっこうな量ですね」


 と、浩太はテーブルに近づいて言った。


 テーブルにはサランラップが敷かれ、中央にボウルが二つ、既製品の餃子の皮がある。ボウルには餃子のタネが入っていて、タネを包んだ餃子をトレーに置いてあった。


「こっちはニンニク入ってないやつ。子ども向けね」


 と、明乃が手前側のボウルを手に取って傾ける。


「つくるー」


 と優美は足音を立てて椅子に近づく。


「優美、まずはおてて洗おうね」


 彩希が優しく諭す。


「そうだったー」


 優美はどたどたと引き返し、彩希と一緒に洗面所に行った。素直にしたがうあたり、お母さんのことが好きなのは確実のようだ。


「台所にハンドソープあるのにな」


 と、浩太は蛇口の傍にあるハンドソープを見て言った。


「そこだと、届かないからじゃないですか?」


 と、武雄が言った。


「ああ、そういうことか」


 キッチンは意外と背が高く、優美が踏み台を使っても蛇口の水に手が届きそうもなかった。

 浩太と武雄が手を洗っている間、他の三人は黙々と餃子を作っていた。

 手を拭いてから陽平の隣に腰かけると、早速餃子の皮を手に取ってタネを包み始めた。遅れて武雄も明乃の隣に座る。


「しっかし彩希さんってあんな凶暴な人でしたっけ?」


 誰に言うわけでもない素振りで、武雄が口にする。


「武雄もやられたの?」


 明乃が餃子を包みながら訊く。


「優美ちゃんにちょっかい出したら、バッキバキに肩を極められたんですよ」


「それはお前が悪いだろ。生意気な態度、直さないといつかもっと痛い目に遭うぞ」


 玄一郎が忠告する。元体育会系らしく、礼儀には厳しい。


「これで犠牲者が三人目か。武雄、俺たちの仲間だな」


 陽平が軽口を叩く。


「陽平さんみたいなチャラ男と一緒にしないでくださいよ。ミステリーのミの字も知らないくせに。だいたい彩希さんがいるってだけでサークルに参加しているような人に言われたくないですよ」


「武雄。おまえだって人のこと言えないだろ」


「なんでですか?」


「おまえ、将来は作家になりたいって言ってたよな」


「それがなにか?」


「自分の書いた小説がドラマにでもなって、そんで彩希に出演してもらいたいんだろ。だから、ミス研に入って彩希と知り合いになった、と」


「そんなやましいこと考えてませんよ。僕は作品を添削してくれる人を探すためにミス研に入ったんですから」


「へえー。おまえ新歓のとき、自分は小説家になるからドラマになったら瀬能紗雪に出演してもらいたいって図々しく言ってたじゃねえか」


「あれは……その場のノリですよ。まったく昔のことをいつまでも……」


 武雄の口調が心持ち淀んだ。どうやら図星を突かれたらしい。


「そうね。彩希うんぬんのまえに、デビューできないとお話にならないわね」


 明乃が餃子のタネを包みながら言った。


「わかってますよ。だからこうして何作も書いているんですから」


「そうだな。武雄が小説家になれるように、俺たちも協力してやらないとな」


 玄一郎が励ますような口調で言った。。


「ありがとうございます、玄一郎さん。陽平さんとは違って後輩思いだなぁ」


「一言多いんだよ、おまえは。だいたいおまえみたいな生意気な奴が作家になれるかっての」


「性格と実力は関係ないですよ。あと、僕が作家になったら浩太さんにも手伝ってもらいますよ」


「俺?」


 話の矛先が自分に向いて来るとは予想していなかった。浩太は手に取った餃子を落としそうになる。


「そうです。僕が売れたら税務処理をしてもらいますよ」


「あのなぁ、俺は地元に帰るんだぞ。武雄の税務処理なんてできるはずないだろ」


「うーん、それはどうかなぁ」


 と、明乃は席を立ってキッチンで手を洗い始める。


「どういうことですか?」


「忘れたの? あの手紙だと、浩太は東京にいるみたいじゃない」


 明乃は手を止めて人差し指を立てる。


「たしかに、都内の税理士事務所で働いているって書いてありましたね」


 武雄が言った。


「平沼と結婚したから残ったんじゃないのか?」


 玄一郎が言う。


「そもそも、なんで浩太さんと彩希さんが結婚するんですかね? そりゃあ陽平さんよりはましだと思いますけど」


「このやろ。俺だってまだチャンスはあるぞ。彩希が愛想をつかして俺になびくかもしんないぞ」

「無理ですよ。陽平さんみたいな下心丸出しの人間は女の人全員の敵っていうのは古今東西の常識ですから」


 と武雄と陽平が睨み合う。仲の悪い犬のような唸り声を上げてけん制し合った。


「浩太、平沼は何か言ってなかったのか?」


 玄一郎はいがみ合う二人を無視して浩太に訊いた。


「聞きましたけど、どうも曖昧なんですよね。安定収入を見込めそうだとか、大事にしてくれそうだとか。それなら別に俺じゃなくてもいい気がするんですけど」


「去年のあれがきっかけで、浩太を好きになったんじゃない?」


 明乃は包んだ餃子をトレーに置いてから言った。


「どうですかね。たしかに助けましたけど、あれぐらいで恋愛感情を抱くほど、単純じゃない気がしますけど」


 海千山千の芸能界で揉まれた彩希が、チンピラから守った程度のことで好意を抱くとはとても思えなかった。それぐらいのこと、芸能人や裏方のスタッフたちにもできる人がいてもおかしくない気がする。


「でも、彩希がああやって優美ちゃんを受け入れているんだし、それって浩太を旦那さんって認めているってことでしょ」


 明乃は宙に目を遣って人差し指を顎に添えた。


 彩希は未来から来た優美を娘と認め、浩太を旦那だとあっさり受け入れたのだ。しかもこの家に泊まるよう提案した。あのときは、小さな優美がお父さんが家にいないのと寂しいから一緒にいてほしいと考えたのだと思っていた。

 だが、よくよく考えてみると、浩太を泊めるのは行き過ぎな気もしてくる。それならあらかじめ、浩太が早起きして平沼家に行き、優美が寝るまで一緒にいるだけでいいはずである。


 と、いきなりドアが開く音がして、どたどたと足音が立った。


「ぎょーざつくるー」


 優美が浩太の近くに寄ってせがんできた。


「まあ、いつか平沼に訊いてみますよ。とりあえず優美に餃子を作らせないと」


「彩希でしょ」


 いきなり彩希のささやき声が横から聞こえた。


「うおっ!」


 不意を突かれてばっと横を向く浩太。鼻先が触れるほどの距離に彩希の顔があった。


「ぐふ、よーし、優美ちゃん、お姉ちゃんのとなりに――」


「お父さんの隣にすわって」


 彩希は、変態的な笑みをこぼす明乃を無視して、子ども用の椅子を浩太の隣に置いた。

 明乃はショックを受けて目を見開く。


 浩太はニンニクの入っていないボウルを優美の近くに寄せた。


「じゃあ、お母さんみたくやってね」


 彩希は、優美の隣に腰かける。


「はーい」


 と、彩希は皿の上に餃子の皮を一枚乗せてタネを皮の上に擦りつける。優美も彩希を見倣って同じように餃子を包む。たどたどしい手つきで皮を包むと中身がはみ出てしまった。優美も上手くいかなかったのがわかっているのか、不安そうに彩希に顔を向ける。


「いい感じ。次は少なめにね」


「うん」


 優美は頷くと、また同じように皮にタネを乗せる。今度は丁度いい量のタネを乗せられ、襞を作りながら包んだ。上手くいったと感じたらしく、優美から笑顔がこぼれた。


 そんな優美の様子がほほえましく、浩太は胸が和む思いがした。


 ――にしても……。


 本当の気持ちはなんだろうな、と浩太は終始にこやかな表情で優美に接する彩希を見つめる。


 彩希は楽しそうに優美に話しかけながら餃子を包んでいるだけで、心中を推し量れなかった。


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