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三日目:不届き者を懲らしめます

 昼に焼きそばを食べたあと、少し遊んでから優美に昼寝をさせた。ベッドの上に寝そべると、すぐに寝息を立てた。


「疲れたんだな」


 と浩太は小声で言った。


「三歳だもの、眠くなったら寝かせるのが一番よ」


「ま、そいつが健全な子育てかもな」


「ね」


 と彩希は目を細めて浩太を見つめる。


「にしても明乃さん、あんな異常な人だったっけ? あれじゃただの変態だろ」


「わたしもそんな人だなんて思わなかったよ。さて、その不届き者を問い詰めなきゃ」


 彩希は部屋を出てリビングに向かった。浩太も後に続いて、静かにドアを閉めた。


 リビングには陽平と玄一郎がソファに腰かけ、正座をしている明乃を見張っていた。焼きそばを食べて遊んだあと、優美を変態的に愛でようとした明乃に睨みを利かせ、正座させたのだ。


 そのときの彩希に、浩太は内心震え上がりそうになった。多少演技が入っているとはわかっていても、そこは元売れっ子芸能人、眼光には心臓を貫くような鋭さがあった。強面の玄一郎も気圧されたほどだ。


「明乃さん。言い訳を聞きましょうか」


 彩希は腕を組んで見下ろす。顔にうっすら影が刷かれ、静かな怒りを湛えている。


 その間に浩太は玄一郎の隣に腰かけた。


「さすがだな」


 と、玄一郎は小声で言った。彩希の演技に関心があるようだ。


「こっちが縮みあがりそうですよ」


「浩太、気をつけろよ。浮気でもした日には腕の一本持っていかれるぞ」


 陽平は右ひじをさする。


「陽平、なにされたんだ?」


 と訊く浩太。


「バッキバキに関節技をかけられた。ありゃあ経験者だぞ、絶対」


「平沼はアクションものにも出演していたみたいだからな。そこで指導を受けたんだろう」


 玄一郎が推測を述べる。


「明乃さん」


 と、もう一度彩希が問い詰めにかかる。


 明乃は一瞬びくっと身体を震わせると、引きつった笑顔を浮かべながら見上げる。


「そ、その、ね。優美ちゃんがあまりにもかわいいから、つい」


「つい、じゃないでしょう。ド変態バカ畜生みたいなことをして優美を泣かせるなんてどういうつもりですか?」


 ――すげえ言葉……。


 先輩に対してきつすぎるんじゃないか、と浩太は思ったが口を出す空気ではない。彩希は明乃から一切視線を外さずに睨みつけている。


「ふ、ふ、ふ」


 と、いきなり怪しい笑い声をあげる明乃。


「どうしたんだ?」


「なんすかね」


 玄一郎と陽平が顔を向き合わせる。


「言い訳があるなら訊きましょうか」


 彩希の蔑む視線が一層色濃くなる。


「勘違いするでない、彩希。わたしはあえて悪役になってやったのだよ」


「は?」


 男三人が同時に疑問の声をあげた。


「いい? これは浩太と彩希がきちんと娘を守れるかどうかの試練なのよ」


 すっくと立ちあがって得意げに語り始める明乃。


「ほう。続きを聞きましょうか?」


 彩希の態度は変わらない。


「優美ちゃんみたいなかわいい子、いつ犯罪に巻き込まれてもおかしくないわ。その点、浩太は父親らしいわ。ちゃんと優美ちゃんから目を離さずに、わたしから引き離して逃げたんだから」


「抜き打ちテストだって言いたいんですか?」


 浩太は後ろ頭に手を組んだ。明乃の戯言を真に受ける気はない。


「その通り。浩太には及第点をあげる。けど、優美ちゃんを泣かせたのはいただけないわね。もう少し早くに行動を起こさないと――」


 と、明乃が人差し指を立てた。開き直る態度に浩太は肩の力が抜けて怒る気力も失せた。


 だが、彩希は違った。


 明乃の人差し指に手を絡めると、一気に下へ押し込んだ。


「ぎゃあぁぁ! 痛い痛い痛い痛い痛い!」


 指を極められた明乃は彩希の指を振りほどくことができず、両膝をついて土下座のような格好となる。


「そんな言い逃れ、通用すると思いましたか? よくそこまで自分の欲望を正当化できますね。少しは反省しなさい」


 彩希の声音には心臓を凍りつかせるほどの冷酷さがあった。


「平沼って、こんな感じだったか?」


 と玄一郎は訊いてくる。


「どうも母性に目覚めたっていうか、優美を大事にしすぎているっていうか。いつもと違うんですよね」


 浩太はとりあえずそう言った。優美が来たせいで彩希が変わったとしか思えなかった。


「目覚めたんじゃなく暴走したんじゃね?」


 と陽平が言う。


「かもなぁ。けど、ちょっとやり過ぎだな。止めるか」


 浩太は立ち上がった。


「うぎゃゃゃー、ごめんごめん、もうしないから」


 明乃は額を床につけんばかりに謝罪する。


「平沼、もうやめてやれ、仮にも先輩だぞ」


 と浩太は彩希の肩に手を置いた。


「はっ!」


 彩希の顔から影が消えると、ぱっと明乃から手を離した。


「ほら、みんな引いてるぞ」


「そうだそうだ。週刊誌にタレこんでやる! 瀬能紗雪、サークルの先輩に暴行を働くって。うー」


 涙目を浮かべているが、口調は冗談っぽい明乃。


「なら、幼女にいたずらをしようとした法曹志望の不逞女子大生を懲らしめたって反論するだけです。事が大きくなれば、明乃さんの方がヤバいですよ」


 彩希は腰に手を当てながら腰を曲げ、覗き込むように明乃を見下ろす。


「ま、まあ、とにかく、明乃さんもこれに懲りて優美に変なことをしないように。あと、平沼もやり過ぎないようにな」


 ひとまず二人に注意を促す。


「うん、わかった。それと」


 と、彩希はいきなり浩太の肩に腕を回すと、みんなに背を向けた。


「なに?」


「彩希って呼んで」


 小声で言ったものの、憤怒の名残りを押し付けるかのように彩希の声音がきつかった。


「わ、わかった」


 浩太はたじろぎながら首肯する。


 彩希は腕を離すと、また明乃に向き合った。


「明乃さん、今度優美に変なことしたら承知しませんからね」


「わかったよぅ。でも、一つ興味深いことができたわ」


 さっきまでの涙目はどこへやら、明乃は変わり身を見せ、すっくと立ちあがった。


「回復はやっ!」


 と浩太は驚く。


「なんです? 興味深いことって」


 玄一郎が訊いた。


「ちょっとリモコン借りるね」


 と、明乃はテーブルのリモコンを手に取ると、電源をつけてサブスクの画面を出した。


「なに探してるんです?」


 浩太が訊くも明乃は操作に夢中で返事をしない。


「えーっと、あ、あったあった。彩希が主演したドラマ」


 画面には制服姿の彩希が映し出された。木刀を八双に構え、なぜか腰には十手が差してある。その後ろには月代を剃り、髷を結った武士の姿がある。見るからにB級っぽいドラマだった。


 タイトルは『JK同心 花森うらら捕物控』。


「なんだこりゃ? 時代劇か?」


 ブレザー姿の女子高生と武士という組み合わせがミスマッチに見える。


「あ、浩太、変なドラマだって思ったでしょ」


 と、彩希の怒りはすっかり消えて、照れくさそうに訊いてきた。


「深夜ドラマだよな。けっこう評価高かったらしいぞ」


 陽平が言った。


「地元で放送されていたか?」


 浩太の地元には民放のテレビ局が四局しかなかった。かといって見逃し配信でドラマを見るほど、流行を追いかけているわけでもない。浩太は自分の興味持ったものしか観ない性質である。


「時代劇じゃなく現代劇。娯楽アクションミステリーってところかな。設定は荒唐無稽だけど、シナリオはちゃんと作られているのよ」


 彩希が解説をする。


「で、このドラマがどうしたんですか?」


 と、明乃に問いかける浩太。


「彩希が指関節を極めたでしょ。そこで、このドラマに出てくる技に実用性があるか考察してみようかなって」


 明乃が人差し指を立てて言う。ダメージは抜けたようだ。


「じゃあ、あれってドラマの稽古で覚えたのか」


 浩太は彩希に訊いた。


「ま、まあね」


 今になってやり過ぎたと思ったのか、彩希の顔に苦笑が浮かぶ。


「どうですかね。ドラマの技が現実で通用するとは思えませんが」


 玄一郎はあまり乗り気ではないようだ。


「冷や水かけないの。いつもサークルでやってることじゃない。それに剣道経験者の浩太もいるんだし、殺陣の解説もやってもらおうかな」


 と、明乃が言う。


「そうそう、去年みたいにね」


「去年?」


 彩希の問いかけに疑問符が湧く浩太。


「忘れたの? ほら、小説で出て来る必殺剣が実際に通用するかって検証、やったじゃない」


「ああ、あれか」


 と、浩太は思い出す。


 ――ん?


 必殺剣の検証よりも、あのときの彩希の振る舞いが色濃く記憶の中に蘇ってきた。知り合って間もないころで、彩希とろくに会話もしたことのないときの話である。気まずい思いをしたせいか、無意識のうちに記憶の奥底に押し込んでいたらしかった。


 ――そういや……。


 あの出来事から彩希との距離が少し縮まったのかな、と思った。


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