第8話 準備しなさい
レクリエーションは学園内ではなく、移動することになった。
隠木の言っていた通り、ダンジョンに向かっているのだろう。
バスに乗って移動している。
クラスメイトは割とキャッキャうふふしている。
初めてのイベントだから、騒がしい。
やだやだ、ガキって。
『君も年齢的にはガキだよね?』
俺は精神が大人だから。
もちろん、俺はそのバカ騒ぎに参加することはない。
むしろ、眉根を寄せて険しい顔である。
イケメンだから、それも様になっている。
迫力があるから、俺の表情に気が付いたクラスメイトは、少しばつが悪そうに眼をそらす。
そう、俺はこういうイベントは嫌いだ。
なぜなら……。
「うぐぅ……」
乗り物酔いをするからである。
バス、ダメです。
車は基本的にダメなのだが、バスは余計に無理です。
段差を乗り上げるときの上下の揺れ、曲がりくねった道を行く左右の揺れ。
地獄かな?
「うぅ……」
そして、俺の隣から聞こえてくるか細い悲鳴。
見れば、綺羅子も顔を真っ青にしていた。
こいつも乗り物酔いをするタイプだったな。
ふっ、いい気味だぜ。
「ふふっ、いい気味ね。無様だわ。うぷっ……」
「お前なんだよなあ。ひょろがりだからだぞ。うごっ……」
『二人とも三半規管が貧弱なのに、言い合いしないでよ。目くそ鼻くそだよ』
俺と綺羅子がののしり合っていると、寄生虫の声がする。
例えが汚い。
俺と綺羅子はお互いに寄り掛かるようになっている。
別にそうしたいわけじゃなく、ただ乗り物酔いでやられているだけである。
サラサラの黒髪がかかってくすぐったい。
なんだかいい匂いもする。
これが直にゲロまみれになると思うと、少々残念な気がする。
「ちょっと。吐かないでよね。もらったら嫌だし」
「安心しろ。お前の顔面に全部ぶっかけてやる」
『きたなっ』
聖水になるから、俺のゲロは。
そんなことを考えていると、さらに綺羅子の頭が腕に寄り掛かってくる。
顔は真っ青だ。
かなりしんどそうで、俺はニッコリ。
まあ、俺もしんどいから笑えないんだけど。
「うぅ……キツイ……。おうち帰りたい……」
「お前の家庭環境ってクソじゃなかったっけ?」
「うぅ……適当な男のところで養ってもらいたい……」
即座に言い分を変更する綺羅子。
残念。
そんな都合のいい未来は、お前には訪れない。
その意思を伝えるために、俺は上下に揺れる。
腕に寄り掛かっていた綺羅子は、頭を揺らされて大変なしんどさだろう。
「うっ、うっ、うっ、うっ」
『止めなよ!』
小刻みにうめき声をあげる綺羅子に、俺は楽しい。
楽しいのだが……俺はバスの揺れによって酔っていた。
つまり、バスの揺れに加えて俺自身も揺れたら……。
うっ……俺も自分が揺れたから気持ちわるぐ……。
『バカなの?』
今俺にバカって言ったか?
◆
「ぐぉぉ……! 地面が揺れるぅ……」
もちろん、地震ではない。
ただ酔った俺がフラフラしているだけである。
とはいえ、他の奴らが近くにいるのに、そんなふがいない姿を見せるわけにはいかない。
俺はイケメン完璧超人でなければならないのだ。
楽な人生を歩むために、他者からの高評価は欠かせない。
だから、クラスメイトたちが降り立った場所に気を引かれている今がチャンス。
素早く回復しなければ……!
「ちょっと。肩を貸しなさいよ」
クテリと身体を寄せてくる綺羅子。
いい匂いがする。
でも、硬い。
……人肌って気持ち悪くてダメなんだけど、こいつは昔から一緒だからか、そこまでではない。
これが他人だったら、車酔いも合わせてリバースしていたな、マジで。
「有料になります」
「はい、2円」
チャリンと掌に乗せられる1円玉2枚。
舐めてんのか、クソガキ。
俺の肩の価値がたった2円とかありえないから。
『いくら?』
値段がつけられないくらいの価値。
『世界遺産かな?』
素晴らしい回復能力で酔いから覚め始めたころ、だるそうにバスから降りてきた浦住が話し始める。
「初めてのイベントで浮かれる気持ちは分かるが、あんまりはしゃがないようになー。ここは自衛隊が管理している場所だ。好き勝手動いて機密情報を見て逮捕されないように。あたしはそんなことがあっても知らんから」
そう、とてもじゃないが高校生初めてのイベントで来るような場所ではない。
いくつも建物が建ち、コンクリートで埋め尽くされている。
まさにコンクリートジャングル。
行き交う男たちは迷彩服もまま見られ、時々装甲車や軍用ヘリなども見える。
こんな野蛮な所に来たくないんですけどぉ。
後方で安全にのんびり過ごしたい俺にとって、まったく縁のない場所だ。
「先生、結局ウチらってどこに向かっているっすか?」
隠木が尋ねる。
どこにいるか相変わらず分かりづらい。
それを受けて、浦住は面倒くさそうな態度をそのままに、短く告げた。
「ダンジョン」
肉壁要員二名、準備しなさい。




