第31話 洗脳?
「い、いやいやいや! 俺なんかじゃ力不足だよ。ここは、いつもクラスを引っ張ってくれている白峰くんの方がいいんじゃないかな!?」
俺は慌てて声を張り上げる。
あ、ありえねえ!
綺羅子の野郎、一切予兆を感じさせることなく、何の躊躇もすることなく。
平然と俺を売ろうとしやがった……!
『売るって表現が正しいかどうかは分からないけれど……』
人の嫌がる地位に押し上げようとしているんだから、もうそれは『売る』だわ!
さあ、白峰!
いけ好かない同性がリーダーなんて嫌だろ!?
全力で拒否ってやれ!
お前の落ちるであろう評価は、それはそれでいいから!
「……いや、梔子くんが優しく周りの人を見ているということは、僕も知っている。なら、君の方が適任じゃないかと思うよ」
だというのに、白峰は斜め上……いや、斜め下の発言。
ああ!?
諦めんなよぉ!
「梔子くんも、いつも私たちを助けてくれるし」
「話しやすいから、リーダーにお願いしたいくらいよね」
クラスメイトたち。
とくに、白峰と愉快な仲間たち派閥の女子共が囀りだす。
いやいやいやいやいやいや!
クソ! 評価を上げるために愛想を振りまいていたことが、こんな形で自分の首を絞めることになるとは……!
落ち着け。
ここでパニックになって行動すれば、間違いなく自分のためにならない。
考えろ、考えるんだ……。
ここから、一発逆転起死回生する手段を……!
「…………!」
そして、俺はひらめいた。
ひらめいて、しまったんだ……。
俺はニッコリと綺羅子に笑いかける。
……おいおい、どうして人の笑顔を見て顔を凍り付かせるんだ?
スマイルスマイル。笑おうぜ。
「クラスをまとめるという意味だと、やっぱり引っ張っていける白峰が適正だと思うよ。しかし、彼だけだとうまくいかないというのであれば、副リーダーを作るのはどうかな?」
「おお! それに、君が入ってくれるんだね!?」
期待を込めて言ってくる白峰に、俺は首を横に振る。
「いや、それだと男子が二人となってしまう。男女で考えているわけではないけど、やはりこの学園だと女子が大多数なんだから、女子を入れるべきじゃないかな」
「良人! 私、お弁当を作ってきたの! 一緒に食べに行きましょう!?」
俺の言葉をさえぎって、綺羅子が大声を張り上げる。
……お前、料理できねえじゃん。
お弁当なんて、俺のはおろか自分のものすら持って来てないだろ。
随分と慌てているようですなぁ。
「まだ午前中も午前中だよ、綺羅子ぉ……」
飯でこの話をうやむやにはできないなぁ。
俺は満面の笑みで綺羅子を見る。
どうした? 泣きそうな絶望した顔になっているぞ?
そんな彼女に、俺は止めを刺すために口を開いた。
「俺は、白峰の補助に綺羅子を推薦するよ」
「ッッッッ!?!?!?!?!?!?!」
お前の嫌いなまとめ役。
ヘイト吸引機に推薦だ。
加えて、お前が苦手にしていて、しかし気があるそぶりの白峰と近い立ち位置に。
ああ、俺は天才かもしれない。
「黒蜜さんも、いつも私たちが困って相談事をしたら親身に聞いてくれるわ」
「余裕があって悠然としているし、頼りがいもあるもんね」
クラスメイト達からは好評だ。
綺羅子も八方美人をしていたせいだ。
愚か者め。
「(ないないないない! 頼りがいなんて微塵もないわ! 親身になって聞いたことも一度たりともないわ! 右から左だったわよ!)」
「(八方美人が仇になったなぁ、綺羅子ぉ!)」
「(あなたのせいでしょうがあ!)」
半泣きになりながら、唸り声をあげる綺羅子。
場が場なら噛みついてきそうだな、こいつ。
俺の首筋を凝視するのは止めろ。怖い。
「あのさあ!」
しかし、ここで一筋縄ではいかないのが鬼宮である。
「そいつが副リーダーになったところで、あたしたちが黙って従うとでも思ってんの? ばかばかしい」
「男に引っ付いて回るしかできねえ女の言うことなんて、聞くわけねえだろ」
「じゃ、やりたい奴だけでやっておきなさいよ。私たちはやらないから」
そう言って、鬼宮たちはクラスを出て行った。
数は、白峰派よりは少ないな。
まあ、あんなにとがっているのが多かったら困るけど。
「…………」
し、しかし、まずいことになった。
先程から黙っていた綺羅子をちらっと見て……。
あかん……。
『いや、そこはさすがに慰めの言葉を……』
は? なんで?
『いや、いくら嫌いあっていても、こういう時くらいは……』
どうやら、寄生虫は勘違いしているらしい。
綺羅子に慰めの言葉?
いやいや、マジで慰めの言葉なんて、今必要ないだろ。
今必要なのは……。
「白峰くん。少し誤解があるみたいですので、私が鬼宮さんたちとお話ししてきますわ」
「え、あ、はい……」
綺羅子は満面の笑みを浮かべていた。
……額に大量の青筋を浮かべながら。
分かるか、寄生虫?
必要なのは、慰めの言葉ではない。
お悔やみの言葉だ。
『ちょっと待って! あの子、何しようとしているの!?』
◆
あの騒動から、一日経った朝。
まだ一限目の前だから、各々好きに時間を過ごしている。
しかし、そこには反後期真っ只中……なんだっけ?
綺羅子のネーミングが無駄に長いから覚えられない。
とりあえず、競技大会に反対する鬼宮たちと、綺羅子はまだクラスに来ていなかった。
あんなあからさまな対立があったものだから、白峰以下クラスメイトたちも、気をもんでいるようだ。
俺はあくびをしているけど。
いや、眠いっす……。
『あの子、大丈夫かな?』
寄生虫も心配そうだ。
綺羅子のことか?
『そうだよ。いくら何でも、数の差は不利だからね。もし、数で押されてしまったら……』
鬼宮と愉快な仲間たちが全員来ていないことが、寄生虫をさらに不安にさせているようだ。
しかし、幼馴染である俺からすると、それは的外れにもほどがあった。
いや、綺羅子が数だけの有象無象に負けるわけないだろ。いい加減にしろ。
むしろ、心配するべきは、鬼宮たちだ。
『え?』
「おはようございます、皆さん」
困惑する寄生虫。
そして、綺羅子がにこやかな笑みを浮かべて、クラスに入ってきた。
白峰も心配していたようで、すぐに話しかける。
「あ、黒蜜さん! 話し合いは、どう、だ……った……?」
どんどんと白峰の声が小さくなっていく。
唖然と、ありえないものを見るような目で。
他のクラスメイトたちもそうだ。
ポカンと、馬鹿みたいに口を開けている。
平然としているのは、俺くらいなものだった。
……やっぱりな。
「おらぁ! 黒蜜さんが挨拶しているんだから、全員素早く返せよ!」
あの反体制派の象徴。
何にでも噛みつきそうな鬼宮が、全力で綺羅子の子分をしていた。
黒蜜さんとか言っているぞ、このヤンキー。
そして、それをニコニコして見ている綺羅子。
親分感が凄い。
「黒蜜さん! カバン、お渡しします!」
「黒蜜さん! 机、ぴかぴかにしておきました!」
「黒蜜さん! 椅子を温めておきました!」
「黒蜜さん! 黒蜜さん!」
鬼宮だけではない。
愉快な仲間たちも、皆そろってとんでもない子分をしていた。
カバン持ちと机拭きはまだ分かるが、椅子を温めたってどういうことだ?
秀吉か?
「あらあら。皆さん、そんなに私のために動いてくださらなくてもいいんですよ?」
『いえ! 私たちがやりたいだけなので!』
綺羅子の言葉に、一切乱れることなく鬼宮たちは言う。
その表情は、恐怖で抑圧されているとか、強制されているとか、そういった感情は一切なかった。
ただ、本当に自分たちのやりたいことをやっている。
それだけだった。
……鬼宮たちの目からハイライトが失われ、グルグル回っているのは見ないことにした。
な? 心配するだけ無駄だろ?
『……なあに、あれぇ? 洗脳? マインドコントロール?』
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