第12話 ギリギリ間に合ったわあああ!!
「(さて、この二人の力はどんなもんっすかねー)」
鬼と相対する良人と綺羅子を見て、焔美は内心で呟いた。
彼女は、まだ避難しておらず、透明化してこの場に残っていた。
もちろん、焔美が彼らを見捨てることができないから……というわけでもない。
彼女は生来のものか、それとも家で育てられ教育されたことによるものか。
目的のため、自分のためなら、躊躇なく周りのものを切り捨てることができるドライさを持っていた。
隠木家にとって、それはまさに必須能力。
一般的な道徳観では忌避されるかもしれないが、少なくとも隠木家において、彼女を非難する者は誰もいない。
「(まったく、白峰のお坊ちゃんにも困ったものっす。実力を見たいだなんて)」
やれやれと首を横に振る。
白峰からこのようなことを指示されなければ、こうして悪趣味な高みの見物なんてする必要はないのに。
自分よりも目立っていたから許せない、なんて子供じみたことを本気で言うとは思っていなかった。
もっとちゃんと教育しとけよ、白峰家。
そう思った回数は計り知れないほど多い。
それでも、切り捨てることができないのが、家同士のお付き合いというものだ。
「(とはいえ、鬼が出てくるのは予想外っす。この学園の管理能力はどうなっているんすかね? これ、ウチらみたいな家柄のところにやっていたら、教師の首が物理的に飛ぶっすよ)」
隠木家はかなり有力な家なので、特殊能力開発学園で何が行われているかの情報も入ってくる。
こうして、毎年新入生がレクリエーションと称してダンジョンに入り、そして身の程を弁えさせるために魔物と遭遇させることをしているのも知っていた。
だが、鬼という非常に凶悪な魔物まで使うとは予想外である。
完全武装の軍隊でも敗北する恐れのある魔物だ。
特殊能力の使い方をまだはっきりと理解していない新入生が多いのに、こんなのは死者が出るだろう。
仮に白峰家のような七英雄に連なる家系から死者が出れば、この学園の教師や上層部は間違いなく首が飛ぶ。
それでもこんなことをしているのだとしたら、なかなか肝が据わっている。
「ま、あの二人は面白いっすから、危なくなったら助けるっすか」
少しの付き合いではあるが、焔美は彼らを気に入っていた。
鬼と真正面から戦うようなバカな真似はしないだろうし、多少けがをすれば助けてやるとしよう。
白峰のお坊ちゃんには、いい具合に報告でもしておく。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアア!!」
鬼が咆哮を上げる。
それは、目の前にいる人間を殺すという宣言。
魔物の生態は、まだはっきりとは分かっていない。
研究が足りていない。
だが、少なからず分かっているのは、魔物は往々にして人類に対して敵対的であるということ。
そして、この鬼もまた、人類を……良人と綺羅子を殺そうとしているということだ。
「はやっ」
思わず声を漏らしてしまう焔美。
地面を砕き、一気に接近する鬼の速度に驚かされる。
彼女は隠木家の女。
特殊なつてを使って、魔物と戦わせられたことは、すでにある。
他の多くの特殊能力者たちがこれから後に経験することを、すでに経験しているのだ。
そんな彼女をしても、この鬼の瞬発力には驚かされる。
「ガアアアアアアアアアアアア!!」
吠える鬼が持っているのは、ありきたりなこん棒だ。
それは、誰が作っているのか分からない。
人間が作ったものでないことは確かだが、どうしてそのような武器を魔物が持っているのか、どこから調達しているのかは分からない。
だが、そのこん棒は、鬼の力も合わせれば戦車が放つ徹甲弾と同じほどの威力を持つ。
振り下ろされるこん棒。
「は?」
鬼が最初のターゲットに選んだのは、綺羅子であった。
特段の意味はなかっただろう。
その二人に多少の身体能力に差があれど、鬼からすれば非常に些細なものだ。
どちらも簡単に踏みつぶせる。
たまたま目につき、自分に近かった方を選んだだけだ。
「え、嘘?」
その時、焔美はありえないものを見た。
硬直していた綺羅子を庇って、良人が前に出たのである。
それは、まさしく彼女を庇うための行為であった。
彼も魔物と遭遇するのは初めてだろう。
そして、相対したからこそ、鬼が自分を簡単に殺せることは理解できたはずだ。
それなのにもかかわらず、彼は自分の危険を顧みず、綺羅子を庇った。
それは、隠木家のように裏で暗躍するのが当たり前の環境で育った彼女には、驚かされる行為であった。
「(よおおおおおし! ギリギリ間に合ったわあああああ!)」
「(綺羅子! きさむああああああああああああ!!)」
実際はただ押し合いへし合いをしていただけなのだが、他者から見たらそうなのである。
焔美から見て、良人はとっさに行動したのだろう。
だから、構えはまったく作れていない。
そこに、鬼の強靭な力でこん棒が振り下ろされる。
「あっ、やばっ」
思わず焔美が呟く。
そう、やばかった。
数瞬ののちに、良人は命を落とすだろう。
いざとなれば助けようと思っていた焔美だったが、まさかこんなにも早く致命傷を負うような攻撃になるとは思っていなかった。
彼らの駆け落ちが話題になっていたころ、隠木家にもさらに詳しい情報が入ってきていた。
それは、鍛えられた国家公務員の特殊能力者を無力化したというものだ。
だから、多少なりとも彼らが戦えると思っていた。
その抗っている間に助けに入れば十分だと。
しかし、良人の頭部に振り下ろされるこん棒は、彼の頭部を容易く破壊することだろう。
死という結果しか与えない絶望の一撃が振り下ろされ、そしてそれは彼の頭部を捉え……。
バチッ、とはじかれた。
「……は?」
その様子を、焔美は呆然と見つめるのであった。