第116話 異空間
梔子 良人の特殊能力【現実改変】は、他の追随を許さないほどの強力だ。
その気になれば、世界を支配することも可能である。
理論的には、過去の歴史を書き換えることだってできるのだから、自分が世界の支配者という風に世界を作り変えればいいだけだ。
そして、死んでも蘇るという不死性も持っている。
正直、これだけあれば、何だって好きなように世界を謳歌することができるだろう。
しかし、良人がそうしないのは、彼が自分で思っている以上に小市民で世界征服なんてことに微塵も魅力を感じていないという理由だけではない。
改変した内容の重さに比例して、とてつもない頭痛が彼を襲うのである。
もともと痛みに耐性のない良人が耐えられるはずもない。
そのため、あまりに常軌を逸した改変はできずにいる。
さもなければ、彼は思いのままに能力を使いまくり、都合のいい世界に変えていたことだろう。
ちなみに、その過程で罪悪感を抱くことはまったくない。
それができないのは、ひとえに副作用である激痛があるからであり、それがなければ遠慮なく行使しまくっていたことだろう。
話は変わるが、特殊能力というのは、あまり理解が進んでいる分野ではない。
出てきたのもここ百数十年だし、もちろん同じ能力が現れるということもあるが、個々人で能力が異なるので、研究が進みづらい。
ともかく、そんな状況で分かっているのは、特殊能力は【その人が強く抱いた想い】が具現化する傾向にあるとされている。
全部が全部そうではないが、たとえば隠木は【悪戯をうまくやるために人から認識されないようになりたい】と子供ながらに思っていたことから、【透明化】という特殊能力になった。
浦住は【怪我をしたらすぐに痛いことから解放されたい】と思っていたから、【再生】という特殊能力に目覚めた。
綺羅子は【自分の邪魔になるものをすべて破壊したい】というヒロインとは思えない思考で、【爆槍】が。
では、良人はどうなのだろうか?
【現実改変】という能力は、どういう思考で生まれたのか?
それは、【自分の都合のいい世界であるべきだ】という、独裁者もびっくりの思考である。
だから、はっきりと能力に目覚めていないとき、【無効化】と【カウンター】という形で現れた。
【自分が痛い思いをするのはありえない】、【俺が痛い思いをしたんだからお前はもっと痛い思いをしろ】。
そんなことを本気で思っているのが、梔子 良人である。
さて、そんな男が、自分の死が避けられないということになったらどうなるだろうか?
もちろん、死んでいるからその後に思考し、能力を行使することはできない。
しかし、上記のように、特殊能力というのはよくわからないところがある。
たとえば、その者が死んでからも、強い思念のもとに能力が発動するということが、あるかもしれない。
言い換えれば、特殊能力の暴走である。
良人は、死ぬとき、意識的にではないにせよ、こう強く思った。
――――――もうお前死ねや、と。
◆
「…………は? なんだ、ここは?」
尖兵の悪魔は、ポカンと口を開ける。
先ほどまでいた場所ではない。
しかし、特殊能力は使えないようしていたのに、どうやって自分をここまで運んだというのか?
ほとんど死体だらけだったし、意識があったのは綺羅子だけ。
そして、彼女の特殊能力は封じていたのだから、誰がやったのかすら分からなかった。
「生き残りがいたか? いや、感じられなかったが……。またややこしい特殊能力者でもいたか?」
自分に気配を悟らせない特殊能力者と、自分をこの異空間に引きずり込んだ特殊能力者。
少なくとも、二人以上の攻撃を同時に受けたと考えるのが妥当だろう。
「しかし、薄気味悪い場所だな」
薄暗い。
室内だろうか?
自分以外ほとんど見えない、悍ましい場所だ。
ずっとこんなところにいれば、人間をはるかに超越した存在である悪魔でも、精神が発狂してしまうかもしれない。
すぐにでも出るつもりだった。
「何のつもりかは分からないが、こんなところに私を閉じ込めたところで、何の意味もなさない。すぐに出るだけだ。頭も残念だな、人間というのは」
尖兵の悪魔は生命を探知することができる。
どこに人間が隠れていようと察知して、そこを攻撃することができる。
この便利な能力と、特殊能力を無効化する力によって、尖兵として平行世界を滅ぼすことに重宝されている。
その力を惜しげもなく行使して、今度こそ悪魔は困惑した。
「……人間がいない?」
おかしい。
そんなこと、ありえるはずがない。
しかし、悪魔の力に、人間の生命を感じることはできなかった。
すでに滅ぼした平行世界であるならばわかる。
だが、ここには確かに人間がまだ生存していて、何なら相対していたのだ。
なのに……。
「おい、ふざけるなよ。ここはどこだ!? 私に何をした!?」
「おお、怒らないでください、優しきお客様よ。そのように申されると、とても嬉しくなってしまいます」
「あ?」
怒りのままに攻撃をしようとすれば、そんな声で話しかけられる。
驚くほど耳障りだ。
誰もいない空間で話しかけられれば、自分以外にもいたと喜びを覚えそうなものなのに、感じたのはただただ不快。
不協和音というか、身体そのものがその声を聞きたくなかった。
また、言っていることもいまいち要領を得ない。
苛立たし気に眉をひそめていると、暗い空間で一つだけスポットライトが当てられるように光る場所があった。
そこに立っていたのは、タキシードを着た男だった。
ただ、身長が4メートルくらいあり、身体が歪に細長く、顔が不気味さを覚えるほど乱雑に作り上げられた、人間とは思えない存在だったが。
「なんだ、お前は?」
「なに、とはまた常識的なことをお伺いになさる。私どもは不鮮明な存在。なにと申されても確固たる定義を持っておりますから、それをあなたに仰るのはどうにも簡単でございます」
「先ほどから何を言っているのかね? 文法も言葉の意味もめちゃくちゃだが。私とまともに話すつもりはないのか?」
心底腹が立つ。
理解の及ばないことを言われるし、そもそも言葉もむちゃくちゃだし、話をしたくもない。
ああ、イライラする。
腹立たしくてたまらない。
「そんなことはありますとも。なにせあなたはお客様。梔子 良人を弑し、私どもを救おうとしてくださった愚者。あなたの望む望まないにかかわらず、私どもはあなたへと全力で奉仕しますとも」
「もういい。死ね」
苛立たしくて苛立たしくてたまらない。
イライライライライライライライライライライライライライライラ。
遂に我慢できず、尖兵の悪魔はタキシードを着たやせぎすの男を殺した。
ここに至って、ふと気づく。
確かに自分は短気な方だが、こんなに急激に苛立ちを覚えることはないはずだ。
しかも、冷静に考えることができず、衝動的に殺してしまった。
殺すことは構わないが、まるで自分の意志が介在していないことに衝撃を受けた。
「ま、まあいい。奴を殺せば、この空間も終わりを迎えて……」
「心の底からおめでとうございます! ご愁傷様です! 私を殺したことで、あなたには特典ハッピープレゼント! 今からずっとこの世界をお苦しみいただけます!」
「ああっ!?」
つい先ほど殺したはずのやせぎすの男が、とても嬉しそうに笑っている。
口から大量の血反吐を吐きながらも、そんなことは一切意に介さず、ニコニコと楽しそうに。
次の瞬間、パッと世界が明るくなる。
尖兵の悪魔は椅子に座っていた。
そこは、リビングだ。
人間が家族と憩いの時間を過ごす、大切な空間。
しかし、悪魔からしてみれば、こんな場所ほど疎外感を覚えるものはない。
「おはよう、悪魔。今日は遅起きだな」
唖然としていると、いつの間にか自分以外の人型がテーブルを囲うように座っていた。
まるで人間の家族に接するかのように、目の前の男が親し気に話しかけてきて、尖兵の悪魔の混乱はさらに深まるのであった。
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