第115話 あいつをいじめていいのは私だけ
死んで蘇るという現実改変。
これは、意外にもそれほど副反応というか、代償は大きくない。
世界の常識を変えたり、これまでの歴史を捻じ曲げようとするのは、世界全体を改変することにつながるため、とてつもない負荷がかかる。
能力を知ったとたんに、自分が特殊能力開発学園に入らなかった世界を作り出そうとした良人は、それで地獄を見た。
一方で、自分の死を覆すという改変は、世界の改変ではなく自分に起きた事象の拒絶に過ぎない。
だから、比較的脳の負担は少なく、良人はなぜか死に直面することが多発しているため、これを濫用している。
しかし、いくら負担が少ないとはいえ……。
「(こんなに殺されまくったらさすがにしんどいんですけど!)」
息も絶え絶えである。
疲労ではなく、痛みにである。
今にものたうち回って泣き叫びたいが、周りの目がかすかに残っている以上、彼にそんなことをする選択肢はなかった。
やせ我慢一択である。
幸いだったのは、尖兵の悪魔が理解のできないものとして、的確に致命傷を繰り出し続けてくれたことである。
嗜虐心のある彼がその気になれば、死なない程度に痛めつける拷問も可能だ。
そんなことになっていれば、良人の精神は数秒持たず崩壊し、発狂していたことだろう。
痛みも感じずに殺されまくっているせいで、無駄に踏ん張る良人であった。
「特殊能力者というものは、よくわからんな。それぞれ個体によって違う能力があるから、面倒くさいことこのうえない。今まで様々な平行世界を渡り歩いてきたが、この能力は初めてだ」
「(おい、綺羅子ぉ! テメエ、何暢気にしてんだ! 俺が突破されたら、次はお前だぞ!? 俺に攻撃能力はねえんだから、テメエのゴリラ槍でどうにかするんだよ!)」
「(確かに。……おい、ゴリラってなんだ?)」
冷静に分析する悪魔を差し置き、ギャアギャアと聞こえない程度に怒鳴り合うという器用なことをする良人と綺羅子。
少なくとも、攻撃という面では、綺羅子は彼を凌駕する。
【現実改変】で尖兵の悪魔の存在そのものを消すことができないかと悩むが、あれだけ強い存在を消すのは難しい。
加えて、ひっきりなしに殺されまくっているので、それについて能力を行使することで精いっぱいであった。
綺羅子が特殊能力を行使し、深紅の槍を作り出す。
それを見た瞬間、悪魔の全身から脂汗が吹き上がる。
「……その特殊能力はまずいな。ああ、マズイ。今まで人間と戦ってきて、初めて恐怖を覚えたぞ。その力は、私を殺すことのできる力だ」
尖兵の悪魔は、人間を侮っている。
格下だと思っているし、その認識は生涯変わらない。
だが、目の前に死から蘇る能力を持つ者がいれば、当然対策をとる。
誰も、どうすることもできないような、圧倒的な力。
それを何とかすることができるのが、悪魔だった。
「だから、能力を使うのは【なし】だ」
パチンと指を鳴らす。
その一瞬の行動で、綺羅子の【爆槍】は霧散した。
「…………は?」
「え、消え……」
「私の特殊能力とでも言うべきかな? 私は、他者の使う能力を無効化することができる。というより、発動をさせないというのが正しいかな。まあ、この力を使うまでもなく、今までは皆殺しにできていたのだが……。おめでとう、この力を引き出したのは君たちが初めてだ。誇って、冥途の土産にするといい」
理解できていない様子の二人に、パチパチと野暮ったい拍手を送る。
特殊能力の発動を阻害し、強制的に解除する力。
具体的には、あのお方からもらった力だが、これも尖兵の悪魔の力である。
「さて、君の不死性も、特殊能力によるものだろう? つまり、もう君は殺されても蘇ることはできないということだ」
そして、無効化の範囲は綺羅子だけではなく、当然良人にも及ぶ。
つまり、今の彼は、強力無比の【現実改変】を使うことはできない。
それが意味することは、殺されたら終わりだということである。
「では、さらばだ」
「いや、ちょっとま――――――」
良人の首。
そして、四肢すべてがはじけ飛ぶのであった。
◆
良人の命が尽きたのは、明白だった。
今まではすぐにでも復活していたが、それがない。
もう彼が起き上がることはない。
特殊能力を使えなければ、良人は普通の……それこそ、平均レベルよりも低い身体能力しか持たない、ただの学生なのだから。
「さて、君はどうするかな? まだ君の口からは聞けていなかったと思ってね」
ようやく面倒なことが終わり、悪魔は悠然と綺羅子を見る。
彼女は、悪魔を見ていなかった。
ただ、じっと倒れた良人を見ていた。
表情はうかがえない。
怒っているのか、悲しんでいるのか、嘆いているのか……。
どのような表情を浮かべていたかは分からないが、次に悪魔を見るときには、感情を映さない無表情になっていた。
「……何の話かしら?」
「人間牧場の件だ。家畜になるというのであれば、君を殺す必要はなくなる。あの強大な能力は、あのお方も興味を示されるかもしれないから、ぜひともそちらを選んでほしいね」
「そうね。生きることが大事だし、良人は別に好きでも何でもないから、死ぬのはいいのよ」
「ほう? なら……」
随分物分かりがいいものだ。
そして、冷たい。
まあ、人間なんてそんなものだと、悪魔は嘲笑する。
自分のためなら、他人なんて簡単に切り捨てる。
この女もそうだというだけだ。
彼女は特殊能力を使えないから、戦うすべも持たない。
だとしたら、それは賢明な判断だと言えるだろう。
「だけどね」
しかし、続く言葉で悪魔は怪訝そうに眉を顰める。
こちらを睨みつける女の顔は、少なくとも屈服して服従する人間のそれではない。
自分と敵対し、抗う、抵抗者の鋭い目だ。
「あいつをいじめていいのは私だけなの。その領分を超えたあんたに、私が大人しく従うわけがないでしょ、クズ」
「……といっても、特殊能力も使えない今の君が、そんな威勢のいいことを言ってもね。正直、笑うしかできないな。だが、まあ断るというなら、是非もない」
随分と威勢のいいことを言ってくれるが、だとしたらここで死ぬだけである。
人間風情に何を言われたところで痛くもなんともないが、腹立たしいのは事実。
だから、もう死んでもらおう。
「死にたまえ」
「……ッ!」
綺羅子では到底視認することすらできない攻撃が襲う。
【爆槍】を使えない今……いや、たとえ使えていたとしても、彼女はこの一撃で命を落とすことになっていただろう。
それがかなわない形になるなんて、誰が想像できただろうか?
「は……?」
目の前から、綺羅子が消えていた。
良人も、隠木も、グレイも、浦住も、白峰も、自衛隊員の死体も、すべて。
「なんだ、ここは?」
広がっているのは、先ほどまでいた世界とは別の異空間。
何もかもが狂った世界に、尖兵の悪魔は引きずり込まれた。




