第113話 待たせたな
自衛隊員の首が飛ばされてから、浦住は動いたわけではない。
その攻撃に合わせて、すでに動いていた。
擲弾による爆風が自分を襲うことは知っていた。
傷を負っても、なお進んで尖兵の悪魔に攻撃を仕掛ける。
それは、あの程度の攻撃では、決してこの化物を倒せないと知っていたから。
しかし、目くらましにはなるだろう。
その考えは、浅はかであったというほかない。
巨大な岩石でさえ粉々に粉砕する、浦住の拳。
再生することを前提に、脳のリミッターを無理やり外した人外の力を振り下ろす。
「ふむ、いい拳だ」
それを、尖兵の悪魔は、視界に入れることなく受け止めた。
そこにどれほどの力が籠められるのかと思うほど、浦住の拳は小さい。
悪魔の大きな手のひらに、すっぽりと覆ってしまうくらいに。
だから、握りつぶすのはとても簡単だった。
「ちっ……」
粉々に破砕される拳。
肉が裂け、骨が飛び出る。
とてつもない激痛なはずだが、スパイとしてこき使われていた当時の激痛を耐えていた彼女は、顔を青くしながらも踏みとどまる。
即座に首めがけて足を振るう。
彼女の力ならば、ギロチンのように首を飛ばすことができるだろう。
「拳を潰されたまま、別の攻撃に移ることができるのは素晴らしい。ぜひとも家畜にしたいよ」
そんなことを暢気に言いながら、悪魔はその足を根元から引きちぎった。
バッと血が飛び散る。
眼前にあった悪魔の顔面は、青い肌が真っ赤に染まっていた。
直後、襲い掛かってきたのは、二つの衝撃。
白峰の光と、グレイの血だ。
斬撃と言えるだろう。
二人ともが学生とは思えないほどの力を発揮した。
死力を振り絞らねば殺される。
自分も、周りの人間も。
その想いが、彼らに通常よりも強い力を与えていた。
「まだ若いが、素晴らしい攻撃だ。私たちが使役する魔物たちならば、簡単に倒すことができるだろう。もちろん、私のような上位次元の存在には届かないが」
光と血の斬撃を、悪魔は容易く手で握りつぶした。
それで手が切れるということもない。
何ともあっけなく、白峰とグレイの渾身の一撃は、霧散させられてしまった。
お返しとばかりに腕を振るえば、彼らの攻撃の何倍も強力な衝撃が襲う。
白峰とグレイの身体が、あっけなくぼろ雑巾のように吹き飛んでいく。
防ぐことも、逃げることもできない。
ただ、あっけなく、何かをすることもできずに、吹き飛ばされた。
その間に隠木が考えていたのは、一刻も早くこの場を離脱すること。
自分の命惜しさではない。
この化物の情報を、伝えなければならない。
事前情報が一切なく、この化物と戦えば、自分たちと同じ羽目になる。
そもそも、自衛隊最精鋭と謳われる甲部隊が壊滅していることから、もはや日本でどうにかできるかどうかも分からないが。
しかし、自衛隊に入らない強力な特殊能力者ももちろん存在する。
彼らのために、情報を持ち帰ろうと、誰にも認識されない【透明化】を使って駆けるが……。
「今度はできる限り戦いたくないのだよ。君みたいな頑丈な人間を殺す羽目になるからね。だから、悪いが、余計なことはしないでもらいたい」
ドッ、と隠木の豊かな乳房の間から、鉄のような鋭利なものが突き出てくる。
見えていなかったはずなのに、的確に急所を貫いた。
ゴポリと血を吐き出し、倒れ伏す隠木。
――――――全員、倒れた。
自衛隊員も、この中で最も強かった特殊能力開発学園の教師である浦住も。
将来有望であった、白峰も、グレイも、隠木も。
「今度はうまくやらねば。彼らのような、素晴らしい人間が残っていればいいが。また滅ぼしてしまえば、あの方に何と言われるか……。恐ろしくてたまらないよ」
かすれ行く意識の中で、隠木は悪魔の声を聴いていた。
この化物の仲間がいる。
それも、化け物すら恐怖し怯えさせ、従わせている超常の存在が。
この化物一人でも世界が破滅するかもしれないのに、これが複数、しかもより強い者が現れれば……。
この世界は、終わるだろう。
「(まあ、もう死ぬから関係ないっすか)」
冷静な部分でそう悟る。
自分が家畜にされようとしているのであれば、全力で抵抗していただろうが、もうそういうこともなさそうだ。
これから仲良くなれるかもしれないグレイも倒れ、守るべき坊ちゃんも血に沈む。
そこそこ仲良くなったクラスメイトたちのことが気がかりだが、もはやどうすることもできない。
自分が立ち上がっても、それこそこの世界のほとんどの人間が立ち上がっても、この尖兵の悪魔は容易く踏みつぶすことだろう。
もちろん、世界のすべてを知っているわけではないから、自分が知らないような圧倒的な強者がいて、この化物と戦ってくれて、勝つ可能性もある。
しかし、この化物には仲間がいるようだし、そんな激しい戦闘を繰り広げたら、そもそもこの世界自体が持つかどうかさえ分からない。
つまり、世界に影響を与えないようにしつつ、この化物と、それ以上強い化け物たちを倒せる人材が必要なのである。
「(いや、そんなのいるわけねえっすよ)」
自嘲しそうになる。
そんな話は、現実にはあり得ない。
つまらない妄想に過ぎない。
しかし、ふと思い至る。
自分の身近に、心を許している人に、心当たりがあった。
自分も少ししか知らず、その人の力をすべて知っているわけではないが、聞く限りだと、あの化け物と戦うことができる力かもしれない。
そして、彼しかいない。
自分が頼ることができて、強い男は。
「た、すけて、ください、っす……」
「うん? まだ息の根があるか。素晴らしいね。だからこそ、惜しい」
尖兵の悪魔に、人を回復させるような力はない。
だから、さっさと殺してしまおう。
弱い人を踏みつぶすのは、好きだ。
歪んだ笑みを浮かべながら、悪魔は血だまりに沈む隠木にとどめを刺そうとする。
「――――――くちなし、さん」
これは、隠木の想いが届いたとか、そんな綺麗な話ではない。
渦の魔物の気まぐれと、良人と綺羅子の不運が重なり合って起きた、奇跡に近い偶然。
渦の魔物が突如として現れ、そこから二人が飛び出してくる。
新たな乱入者に、悪魔は止めを刺す手を止め、そちらを見る。
良人と綺羅子は軽く周囲を一瞥すると、すべてを把握したように、隠木に強く頷いて見せた。
「待たせたな(なにこの状況。くっそ帰りたい)」
何も理解していないけど、とりあえず格好つけておいた。
新作「自分を押し売りしてきた奴隷がドラゴンをワンパンしてた」を投稿しました。
またコメディ小説……だと思います。
下記から飛べるので、ぜひご覧ください!




