第112話 いらない
「尖兵の、悪魔……?」
「魔物っすよね?」
言葉を話しているということと、そしてまるで友好的な感情すら伝わってくるような柔らかな言動に、グレイも隠木も戸惑いを隠しきれない。
しかし、だからと言って信頼して気を緩めることをしないのは、さすがこの二人と言えよう。
どれほど柔らかく接してきていようとも、この魔物――――尖兵の悪魔は、今とてつもなく大量の無差別破壊を行った張本人なのだから。
日本語を話しているように見えるが、隠木が口元を確認したところ、あれは日本語を発音しているわけではないようだ。
口の動きと言葉がちぐはぐである。
それでも、こちらに意味が伝わってきている。
不思議な力を使っていた。
「ああ、その解釈で間違っていないよ。私は、君たち人間の言う魔物だ」
「まさか、こんな知性のある魔物がいるとは、想像もしていませんでした」
「それは驕りだよ。人間が一番賢い生物だと、君たちは本気で思っている。愚かなことだ。私たちから見れば、君たち人間は下等生物に他ならない」
やれやれと首を横に振る尖兵の悪魔。
何があっても対応できるように身構えている隠木たちと違い、隙だらけだ。
今なら、彼の首をねじ切ることも可能かもしれない。
しかし、それをすることはできなかった。
隠木やグレイ、白峰といった、ここにいる学生のレベルでは、それをすれば返り討ちにあうだけだと分かっていたからである。
なまじ実力がある分、それが分かってしまった。
だが、学生でなければ?
「…………ッ」
突如として尖兵の悪魔の背後に現れたのは、浦住である。
その姿はボロボロだ。
衣服もちぎれかかっていて、彼女の凹凸がはっきりとした身体も相まって、性犯罪にでも巻き込まれてしまったかのような装い。
しかし、その表情は冷たくあっても戦意にあふれたもので、握られた拳は固い。
完全な奇襲。
そして、彼女の力があれば、人間よりもはるかに頑丈な魔物さえ、一撃で破壊することができる。
その必殺の攻撃は、確実に悪魔の後頭部を捉えた。
ガツン! と、人型の頭部を殴ったとは思えない音が響く。
首がねじ切られても不思議ではない攻撃だったが、しかし悪魔は平然とそこに立っていた。
むしろ、殴りつけた浦住の拳が割れ、血が噴き出す。
激痛が襲っているが、それをまったく顔に出さず、忌々しそうに舌打ちしながら距離を取る浦住。
「ちっ。効いていないか」
「先生!」
「ほほう。あの場にいて、まだ生きている者がいたか。これはなかなか驚かされる。素晴らしいね」
尖兵の悪魔はそう言って、クレーターとなった場を見る。
建物がいくつもあったし、そこには人も大勢いた。
しかも、全員が戦うすべを持つ戦闘員だった。
それらが、まるで最初から存在しなかったかのように、消し飛ばされていた。
一応悪魔としては褒めているつもりなのだが、浦住はまったく嬉しそうにしない。
「そうか。なら、さっさと死んでくれ」
「それは不可能だ。君たち程度では、私に傷一つ負わせることはできない。ならば、死ぬことすらない」
「と言われても、ウチらもただで殺されるわけにはいかないっすよ」
浦住の攻撃でも傷一つ追わない魔物を相手に、自分たちがどこまで戦えるか。
少なくとも、隠木は強力な攻撃方法を持っているわけではないので、自分が有効打を与えることはできないと知っている。
それでも、彼女は戦うことを選んだ。
どうせ、ここから逃げようとして背中を向けたら、殺されるだけなのだから。
「うん? ああ、私の考えを話していなかったね。なら、そういった誤解をするのも当然か。謝罪しよう」
「どういうことですか?」
「私は、君たちを殺そうとは思っていない。むしろ、生きていてほしいとさえ思っている」
これには多くが目を丸くする。
人類と魔物は、決して相容れない。
殺して、殺される。
ダンジョンが誕生してから、ずっとそんな関係だった。
しかし、それと真逆のことをこの男は言う。
「今まで、様々な世界で人類を滅ぼしてきたが、あまりにもそういうことをし続けていると、飽きてしまう。少し別の趣向を凝らしたものをしてみようかと思ってね」
「あまり聞きたくないな。どうせ、ろくでもないことだろうし」
様々な世界というのは浦住も理解できなかったが、いい話のように言ってはいても、決してそんなことはないだろう。
そう思っている彼女に、悪魔は諭すように言う。
「死ぬよりはマシだろう? 死から逃げるために、人間は外道も平気で犯す。そのことを考えれば、君たちは受け入れてくれると信じているよ」
「で、結局何をするつもりなんですか?」
よくぞ聞いてくれたと、グレイを見て頷く尖兵の悪魔。
「人間を飼育してみようと思ってね」
「は?」
「戯れだよ。君たち人間も、人間以外の生物を手慰みに飼うことがあるだろう? それと同じだ。私たち魔物はそういった経験をしたことがないからね。何が楽しいのか、どういう感情が沸き上がるのか、試してみたいと思ったのだよ」
唖然としている人間たちに気づかず、悪魔は嬉々として話し続ける。
これは受け売りだ。
あの方に教えてもらったことを、そのまま隠木たちに伝えているのである。
「ああ。といっても、そんなに数は必要ではないんだ。だから、大幅に減らすのは減らすんだが……飼っていると不慮の事故で命を落とすこともあるだろうから、いつでも生産できる体制は整えておきたい。一応、人間牧場みたいなものを考えているんだ」
聞くだけで悍ましいことを、平然と宣う。
そこが、やはり魔物なのだと痛感させられる。
本当に、人間のことをペットや家畜のように扱うつもりだ。
やはり、それは非常に恐ろしく感じる。
「で、だ。頑丈な方がいい。君たちはとても人間の中では優秀なのだろう。だから、ぜひとも私たちに飼わせてほしい。不慣れだから壊してしまうことがあるかもしれないが、君たちを交配させてより良い人間をつくり出せればと思っている。どうかね?」
「……何を言っているんっすか、このバカ」
隠木は呆れて空いた口がふさがらなかった。
何が、どうかね、だろうか。
これで、よろしくお願いしますなんていう人間が、どこにいるというのだろうか?
と、切り捨ててしまえれば楽なのだが、そんな簡単な話でないことは隠木もわかっている。
この化物は、ありえないくらいに強い。
自衛隊最精鋭の部隊を一瞬で蒸発させ、そんな攻撃を行っても、微塵も疲弊している様子を見せない。
自分よりも強い浦住の本気の攻撃を後頭部に受けても、ダメージを受けている様子はない。
彼がその気になれば、簡単にこの場にいる者は皆殺しにされるのだろう。
なら、死を恐れ、彼の言いなりにいなろうとする人間は、一定数いるに違いない。
だが、ここにいる者で、そんな風に命乞いをしようとする者は、誰もいなかった。
その強い目を受けて理解した悪魔は、心底気だるそうにため息をついた。
「うーむ、抵抗されるのは面倒なんだ。いや、戦いにすらならないから、戦闘するのが面倒というのではない。ただ、死なない程度に抑え込むことが、なかなか難しくてね。なにせ、私と君たちとでは、次元すら違う隔絶した力の差が存在するのだから」
分かり切った敗北があるのに、それでも戦おうとする人間たち。
とても面倒だ。
殺さないように手加減をするのは、あまり慣れていない。
鹵獲しようとするのは、今回が初めてなのだ。
上手くいくかどうかで悩んでいると……。
「そうかよ。長々と詰まらねえ話をありがとうな!」
擲弾の直撃を受ける。
業火に包まれる悪魔。
浦住の拳が効かなくとも、これなら。
事実、撃った自衛隊員は勝利を確信した笑みを浮かべていて……。
煙が晴れると、愕然とした。
「まったくの無傷、だと……?」
物分かりの悪い子供を相手にするように、悪魔は笑った。
「だから言ったではないか。君たちの力では、私に傷一つつけられないと。そして……」
何の予兆もなかった。
身体を低くして構えたりもしていない。
それなのに……。
「君は頑丈な人間ではないので、必要ない」
擲弾を撃った隊員の首が、飛んでいた。
「いや、もういいか。まだ別の場所には頑丈な人間もいるようだ。ここにいる者は、いらないな」
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