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第111話 優雅な笑み

 










 魔物の氾濫は、収束に向かっていた。

 突如としてダンジョンから這い上がってきた不意打ちではあったものの、まったくの備えをしていなかったというわけではない。


 かつて、初めてダンジョンが現れた最初の氾濫では、ありえないと思われていたことがいきなり起きてしまったので、行動を起こすことも遅く、またどのように対応していいのかすらわからない状況だったので、甚大な被害が出た。

 二度と同じことを繰り返さないように、日本は備えをしていた。


 結果として、一部被害は出ており無傷とは言えないものの、かつてのように国家としての体裁を危ぶまれるほどの被害はなかった。

 それは、ひとえに命を賭して戦っている自衛隊や特殊能力者のおかげだろう。


 備えと、戦う者たちの優秀さ。

 それによって、事態は収束に向かっていっていた。


「はあ……何とか終わりそうっすねぇ。もうクタクタっす……」

「……確かに、疲れましたね。私たちはそれほど戦っていないというのに、このざまです」


 身体に汚れをつけながらも、しっかりと自分の足で立っている隠木とグレイ。

 本来であれば、彼女たち学生は後方支援。


 物資の運搬などをしつつ、仮に暴徒が襲い掛かってきたときは、その護衛に当たる。

 護衛も基本的には自衛隊の隊員がするので、ほとんど仕事はないはずだった。


 しかし、空間移動することのできる魔物の登場で、強力な魔物が突如として出現したことから、彼女たちも激しい戦闘に巻き込まれることになった。

 命を懸けた戦いに参戦し、五体満足で生き残り、しかも活躍した彼女たちは、さすが将来有望な特殊能力者だけが集められる特殊能力開発学園の生徒と言えるだろう。


 加えて、隠木もグレイも小さなころから英才教育を受けていたことが大きい。

 結果として、そこら辺の特殊能力者たちよりも、はるかに活躍してみせたのであった。


「いや、僕たちはよくできたと思っているよ。二人とも、お疲れ様」


 彼女たちにねぎらいの言葉をかける白峰。

 彼も、英雄七家の一族として恥じないような活躍を見せていた。


 にこやかな笑顔は、異性を簡単に虜にしてしまう。

 残念ながら、目の前にいる二人には通用しないのだが。


「じゃあ、ウチらのやる仕事、坊ちゃんに任せるっす」

「助かります」

「えぇっ!? ぼ、僕も疲れているし、それは勘弁してくれないかなぁ!?」


 ちょうどいい押し付け相手がいた。

 隠木とグレイは共同してすべてを白峰にパスしようとするが。


「おい! お前ら、今の状況でそんなヘラヘラしてんじゃねえぞ!」


 鋭い声が響く。

 確かに、今は魔物と人類の生存をかけた戦いの最中。


 しかも、自衛隊や特殊能力者にも死者が出ている緊迫した状況。

 ふざけすぎたかと恐る恐る見れば、にんまりと笑みを浮かべた壮年の自衛隊員がいた。


「……なんてな。そんな偉そうなこと、よく頑張ってくれたお前らに言うはずがねえよ。ありがとうな」

「い、いえ!」

「でも、本当にすごい。あれだけの魔物の軍勢を、もう……」


 後方で大暴れしていた魔物の姿は、もうなくなっていた。

 一番強力だった剣の魔物が良人に捻り潰されていたことも大きいが、あれだけの混乱を一日も経たないうちに治めたのは、戦っていた自衛隊や特殊能力者の尽力が大きい。


「政府から派遣された特殊能力者の力もあるが、俺たち自衛隊も、かつての過ちを繰り返さないように訓練し続けてきたからな。お前たち学生に後方支援をさせ、あまつさえ魔物と戦わせたのは、本当に悪いと思っているが……」


 隊員は申し訳なさそうに顔を歪める。

 守るべき国民、それも未成年の子供を戦わせていることに、負い目を感じている。


 しかし、彼女たちが政府に雇われている特殊能力者の中でも、非常に優秀な部類に入っているのは、言うまでもないことだ。


「いえ! これくらい、日本を守る英雄七家の一族として、当然のことです!」

「私は違いますが」

「何なら、ウチも違うっすけどねー」


 白峰ほど使命感に燃えているわけではないが、二人も日本が嫌いというわけではない。

 魔物と戦って守ろうという意志はあった。


 まあ、日本人である隠木はともかく、グレイはどちらかといえば良人の住んでいる場所だからというのが大きな理由だが。


「通信を聞く限り、もう魔物を完全にダンジョンの中に押し込む寸前のようだ。とくに、今その戦闘に入っているのは、自衛隊の中でも精鋭である甲部隊だ。もう俺たちの仕事はないだろうな」


 後方の混乱を治めることができたので、最大戦力を最前線に投入することができた。

 甲部隊。


 自衛隊の中でも強力な特殊能力者のみを集めた、最精鋭の部隊だ。

 ダンジョンの中に入って探索することもしているので、魔物との戦闘経験も豊富で、練度が高い。


 そんな部隊が後方に一度下がる必要が、隠木たちの活躍でなくなったのは大きかった。

 後方の心配をすることなく、全力で魔物と戦うことができたので、一気に戦線を押し上げることに成功したのである。


 同じ自衛隊に所属しているからこそ、その信頼は篤い。


「お前たちの働きのおかげで、後方が崩壊しなくて済んだ。これだけの実力者がまだ子供なんて思えないな。日本の将来は安泰だな!」

「私は日本人ではありませんが」

「ウチもこんな戦闘をずっと続けていくのはちょっと……」

「二人とも!?」


 そこは余計なことを言わないでよ、という白峰の声は届かない。

 しかし、隊員はそんな彼女たちに気分を害することもなく、朗らかに笑う。


「ははっ。まあ、今回はよくやってくれた。もうお前たちは安全な場所に移動してくれて構わんぞ。あとは俺たちが……」


 全部自衛隊に任せて、学生は安全な場所まで下がってくれ。

 そう言おうとした彼の持つ無線から、声が響いてきた。


『――――――』

「ん? おい、どうした?」


 うまく聞き取れず、再度聞き直そうとするが、やはり混雑していて聞き取りづらい。


『――んな! ――ことが――るか! ――が――るなんて……あるはずが――!』

「おい、聞こえねえぞ。もっとはっきり……」


 非常に慌てている様子がうかがえた。

 援軍が必要ならば向かわなければならないので、もっと正確に情報を聞き出そうとしたら、次に聞こえてきたのは、非常に短く簡潔で、鮮明な声だった。


『逃げろおおっ!!』

「ッ!?」


 直後、凄まじい衝撃が彼女らを襲った。

 大地が揺れ、大気が震える。


 まさに、天変地異のような、大きな衝撃。

 続いて、身体が吹き飛ばされるほどの、台風なんて目じゃない暴風が吹き荒れる。


「うわあああああ!?」

「きゃあああああ!?」

「くっ……!?」


 身体に力を込めて、何とか踏みとどまる。

 ちなみに、ろくに鍛えていない良人と綺羅子のコンビがここにいれば、とっくに吹き飛ばされていた。


「な、なにが、いったい……?」


 吹き荒れる暴風がようやく止む。

 目を開けば、広がる景色は大きく変貌していた。


「なんだ、これは……?」


 まさに、爆心地。

 立ち並んでいた建物はすべて吹き飛び、クレーターができている。


 隠木たちのいる場所はそこから随分と離れていたが、もはや何も遮るものはなくなっていた。

 きのこ雲が出来上がっている様は、まさしく戦争。


 非人道的な兵器が何の躊躇もなく投下されたような、凄惨な状況だ。

 もちろん、これは人間の作った兵器によるものではない。


 そもそも、日本は持ち合わせていないし、今日本を攻撃できるほど余裕のある国はどこにもない。

 ならば、起きた理由は限られる。


 超強力な特殊能力者によるものか。

 あるいは……。


「ふうむ。しまったな。今回はこのようなことはしないでおこうと、あの方から言われていたのだが……。できる限り手加減したつもりだが、まだ足りんか」


 ザリザリと地面を踏みしめながら、凄惨な現場を悠々と歩く男。

 男と評したのは、それが人型を取っていたから。


 しかし、普通の人間とは明らかに異なる。

 肌の色は真っ青で、目も黒一色だ。


 角や翼が生えていれば、それは人間とは到底呼ぶことはできない。


「お、お前は……?」

「うん? ああ、よかった。無傷の者がいたか。怪我をさせるつもりはないんだ。私は回復などの技能を持ち合わせていないからね。どうしてもそのまま手当もできず、死なせてしまう。それは、私も望むところではない」

「魔物が、喋っている……?」


 唖然とする。

 あまりにも優雅に、知的に話す。


 それこそ、人間以上に。

 魔物が、人間を超えたレベルで言葉を扱っている。


 想像したことすらない光景に、誰もが口を開けていた。

 そんな彼らを嘲笑するように、魔物は優雅な笑みを浮かべた。


「こんにちは、人間の諸君。私は……そうだな。尖兵の悪魔とでも呼んでくれたまえ」




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