第109話 却下
「もしあなたの言っていることが本当なら、魔物はただ動物的に暴れまわっているわけじゃなく、誰かの目的のために行動し、意識的に人類を攻撃しているということ?」
『魔物だけじゃなくて、ダンジョンもそうだよ。これは、全部意図的で、悪辣な目的の元に行われている、侵略行為なんだ』
藍田は吐き捨てるように言った。
魔物に意志があるとは、認められていなかった。
それが、しっかりと知性を持ち、悪意を持って人類を滅ぼそうと攻撃を仕掛けてきているのだとしたら?
ぞわりと背筋が冷たくなって、良人は震えあがる。
「……やばい。もう何も聞きたくなくなったわ。話は終わりだな」
『もうここまで聞いたらダメだよね。寝ようとしても僕、ずっと喋り続けるよ』
絶望する良人。
ただ、知らなかっても悪影響が出そうな話題なので、しぶしぶ聞くことにした。
『この事実を知ったのは、本当に偶然だった。僕はいつものように、世界を我が物顔で跋扈する魔物を討伐しようと、隠れていたんだ。そこに、奴が現れた』
藍田たちレジスタンスは、魔物の間引きを行っていた。
焼け石に水だろうが、それでも、少しでも人類の生存圏を広げるために戦い続けた。
いつものように、魔物を狩る。
奴が現れたのは、そんな時だった。
『そいつは、不思議な言語を使っていた。日本語ではないはずだ。だけれども、その魔物が言っていた言葉は、僕たちにもしっかりと聞き取れた。言葉を介しない魔物に命令を下すための、特別な言語かもしれない。今はそう思うよ』
日本語ではない。
しかし、言葉の意味はしっかりと伝わっていた。
生物すべてに意味を分からせる言葉。
それを使っていたのだ。
『そいつらは、楽しそうに話していたよ。世界を滅ぼして、次はまた別の世界だと』
「それが、この世界ってこと?」
ゲラゲラと笑いながら荒廃した世界を見ていた魔物。
今でも思い出すだけで腹が立つ。
綺羅子の疑問よりも、良人はより強い懸念を抱いた。
「いや、それよりも、そいつらってことは……複数いるのか? 思考して、理性のある魔物が」
『その通り』
ふうっと息を吐く。
なるほどなるほど。
知性があり、人間を殺して世界を滅ぼそうとする強大な魔物が、複数存在すると。
ほーん。
「……やっぱり、聞かなかったことにしない?」
「そうしましょう。私たち、現実逃避だけは得意だものね」
「へへへっ」
『なんで照れてるの? 恥を知るんだよ、そういう時は』
こういうときばかりは意見が合う。
何から何までそりが合わない二人だが、こういう時だけは竹馬の友になった。
藍田は心底冷たい目を向けているが、まあ肉体がないので、彼らには気づきようもなかった。
『まあ、その元凶が分かったから、僕たちは戦ったわけだけれども……。力及ばず、全滅させられたよ。僕たちを始末した後に、奴らは別の平行世界……すなわち、この世界に侵攻を始めたんだ』
藍田たちでは及ばなかった。
まるで、子供に突っかかられている大人の対応だった。
歯牙にもかけず、あっけなく蹴散らされた。
そして、邪魔者を排除した知性ある魔物たちは、平行世界へと侵略を始めたのだ。
「理由とか目的は分かっているのか?」
『いいや、そこまで話をする余裕もなかったしね。ただ、そいつらの悪意のもと、様々な平行世界が滅ぼされているということが事実だよ』
何のために平行世界を渡り、人類と世界を滅ぼそうとするのか。
その目的や理由は、当然話してはくれなかった。
ただ、どのような理由があろうとも、関係ない。
奴らは、極悪で悪辣な敵なのだ。
『このダンジョンもそうなんだ。要は、平行世界を渡るための、侵略するための通り道。ダンジョンは、平行世界とつながっているんだ』
「もうパンクしそうだわ、頭」
げっそりする良人。
そもそも、ダンジョンとは何なのか。
それはいまだに解明されていない大きな謎の一つだったのだが、それがあっさりと判明してしまった。
しかも、まったく良くない手段に用いられていたと知り、もうお腹いっぱいである。
『ナナシたちと出会った村があったでしょう? あれは、おそらく君たちの世界の人間じゃなく、平行世界の人間が世界を滅ぼされた際に、ダンジョンに逃げ込んだんだろう。それが、僕のいた世界の住人かどうかも分からないけどね。あいつらの口ぶりだと、滅ぼされた世界は無数にあるようだから』
良人と綺羅子は知らないことだが、ダンジョンの中にあった村で、日本語が使われていたことは、まさにそれが理由だ。
平行世界の日本人だったのだ。
だから、同じ日本語を使っていた。
マップが下から作られていたのは、文字通り下から這い上がってきたからである。
彼らの平行世界と良人たちの世界は、上下の関係にあったのだ。
「ダンジョンと魔物の目的というか、存在理由は分かったわ。でも、あなたはどうしてこっちの世界にやってきて、肉体のない状態で生きて、しかも良人の脳内に寄生しているのかしら?」
「一番大切なことですね」
「一番どうでもいいことよ」
聞いておいてなんだそれはぁ! と怒鳴りつけたくなる良人。
一応聞いてみただけである。
自分のことではないし、それほど綺羅子にとって重要な問いではなかった。
良人の弱みになりそうなら嬉しいのだが……。
『知性のある魔物と戦って敗北した僕たちは、すぐそこで死ぬことはなかった。ダンジョンの中に逃れてきたんだ。でも、このままだと、またあいつらは当たり前のように平行世界に侵攻し、人類を滅ぼす。それをさせないために、僕たちは消えかけていた命を使って、扉となった』
「扉?」
『ダンジョンの通り道を塞ぐ扉だよ。そうすることで、強力な魔物を平行世界に移動させないようにした。ちょっとした仕返しだね』
それは、かつてダンジョンの探索者たちが見た、あの巨大な扉である。
あれは、まさしく藍田たちが命を賭して作り出した、強固な壁。
平行世界への侵略をさせまいとする、命の扉だった。
「でも、魔物は出てきていたよな?」
食い止めていたという割には、この世界でも魔物が氾濫した。
意味ねえじゃん。
『ダンジョンの中で自然発生するからね。扉の内側から現れた魔物は、どうしようもないよ。その代わり、強力な魔物はほとんど現れなかったでしょう?』
藍田の言う強力な魔物とは、すなわち知性を持つ魔物である。
力が強ければ強いほど、高い知能を持つのが魔物だ。
良人たちが遭遇した中で最も知能が高いのは、露怒夢だった。
しかし、あの人面ムカデでも、言葉を話すことはできず、単純な喜怒哀楽程度である。
人と同じかそれ以上に高い知性を持つ魔物は、いったいどれほどの力を持っているのか、良人と綺羅子には想像もできない。
なにせ、今まで自分たちが戦った魔物ですら、強力無比であると信じていたのだから。
「え? あれで強力じゃないっていうの?」
「扉で止めていた魔物って、どれだけやばいのよ……」
『知性ある魔物たちが、扉を破壊しようと躍起になっていた。いずれ破られることは分かっていた。だから、その状況を何とかできる人を探した。まさか、こうして意識を持って精神体として移動できるとは思っていなかったけど、仲間の特殊能力のおかげだね』
「それが、良人の【現実改変】ってことだったのね」
なるほど、と綺羅子は納得する。
良人はバカだからいまいち理解していないようだが、現実改変はとてつもなく強力な特殊能力だと綺羅子は思っていた。
なにせ、思うだけでそれが現実になるのである。
自分に都合のいい世界を作り上げることができる。
それこそ、良人は自分や周りの死を無理やり引き戻していた。
死という生物にとって避けられない絶対の運命を拒絶する。
それは、まさしく神の所業に等しい。
自分に宿っていたらあんなことやこんなことに使ったのに。
綺羅子は歯がみした。
「なんで俺の能力がそれだってわかったんだよ」
『それも仲間の特殊能力』
「便利すぎない?」
その仲間のせいで藍田が自分に住み着いたのである。
許せん。
とりあえず、呪詛を送っておくことにした。
『扉の修復と魔物の撃退。それを成し遂げる前に死なないようにするために、僕は君の頭の中にお邪魔したっていうわけだよ』
藍田はついに自身の目的を語った。
そもそも、良人は自分の特殊能力というものを理解していなかった。
その才能を開花させ、扉の修復をさせる。
それ以前に倒れられては困るので、時折手助けをしていたのだ。
なお、良人はまったく手助けをされていたとは思っていないし、これから先も感謝することはない。
むしろ、死人を住まわせてくれてありがとうと言えと、本気で思う。
『以上が、僕の成り立ちだよ。何かご質問は?』
「俺がそれを絶対にやらないといけないの? マジで? 誰か代わりにできそうな奴いない? 綺羅子みたいに」
知性ある魔物。
目的が一つの世界のみならず、平行世界も含めた人類の滅亡。
そんな化け物たちを抑えるための扉の修復。
重たい。
重たすぎる。
世界のためと気合を入れることができる善良な正義漢なら、話は違っていただろう。
だが、良人はとにかく何より何を差し置いても自分である。
めっちゃやりたくなかった。
とりあえず綺羅子を売ってみるが、彼女は勝ち誇った顔。
「私の力は壊すしかできないの。悲しいことね……」
「どうして満面の笑みなんですかねぇ……」
言葉と表情が反比例していた。
忌々しそうに舌打ちをする良人。
『【現実改変】なんて強力無比な特殊能力が、他にあるんだったらいいんだけどね。悪いけど、僕は今まで見たことがないよ』
「いや、そんな大した力じゃないよ。副作用も凄いし。てか、その扉を戻す作業で俺の頭がやばいことになったらどうするの?」
「笑う」
「黙ってろ、クソガキ」
超至近距離で睨みあう二人。
体温すら感じ取れるほどの距離で、二人とも容姿は整っている。
加えて、狭い穴倉の中にいるため、良人の足を綺羅子の太ももが挟むようにして、向かい合って抱き合っている状況。
であるが、相手が相手なので、二人とも微塵も緊張したりドギマギしたりすることはなかった。
『申し訳ないけど、これは世界の……というより、君自身のためにもなる。滅びた世界で、君は生きていけないだろう?』
「きょ、脅迫か?」
「でも、実際世界を人質に取られたらどうしようもないわよね」
うんうんと頷く綺羅子。
その状況になると自分も非常に困るので、良人には全力で頑張ってもらいたい。
しかし、良人が異を唱える。
「いや、こいつの世界みたいに人類が皆殺しにされるわけでもないし、少数の生存集団はいるわけで、俺の演技とイケメンにかかれば余裕でそこで重要な位置にたどり着くことができる。仮に皆殺しにされるなら、ダンジョンを通って別の平行世界に行けばいい。戸籍関係とか面倒くさそうだが、俺にかかればどこでも楽しく生きていくことができる。だから、この世界はもう別にいいや」
とんでもないことを言っているようだが、良人にはそれができる。
クラスではいまいち白峰に人気で負けているような感じもしているが、その理由は彼ではなく、その周り。
綺羅子たちである。
良人の周りに集まるのは、クラスでもとっつきにくく性格に難がある、隠木やグレイ、立花や行橋姉妹などだ。
それだけでも近づきがたいのに、加えて綺羅子である。
まさに正妻と言えるほどの仲の良さ(幻覚)を披露するものだから、良人に近づけないのだ。
一方で、白峰には明確なお相手というのがまだ出てきていないので、争奪戦になっている。
良人の場合だと、最初から負けることが分かっている戦いに向かうことと同義である。
結果として、良人はいまいち人気がないように見えるが、無駄に整った容姿とスタイル、そして演技力で、その気になればほぼ誰でも落とすことが可能だ。
たとえ、世界を渡ろうとも、その力は遺憾なく発揮されることだろう。
それが分かっているから、綺羅子は爪がめり込むほどがっしりと良人の肩を掴み、全力の笑顔を披露する。
「ど・う・し・よ・う・も・な・い・わ・ね!」
『平気で故郷を捨てようとするとは……。さすが梔子 良人。ゴミだ』
なぜ罵倒されるのか。
良人はよくわからなかった。
『とにかく、僕からの願いは一つだ』
区切って、藍田は改めて告げた。
『君の【現実改変】で扉を修復し、魔物の侵略を防ぐこと。それだけだ』
「嫌です……」
却下だった。
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