第108話 クソ迷惑
『僕の名前は藍田 正道というんだ』
「お前、名前あったのか……。寄生虫だとばかり……」
驚愕の事実に、良人は狼狽してしまう。
まさか、寄生虫に名前があったとは……。
思いきり固有名詞を持っている存在が頭に住み着いていると知り、なおさら気持ち悪くなってしまう。
早く出て行けや。
「しかも、ゴリゴリの日本人名よ。あなた、日本人の男と結合していたのね」
「おいやめろ」
『僕も気持ち悪くなるからやめてほしい』
綺羅子がニマニマしながら言えば、二人に対して甚大なダメージが及ぶ。
じゃあ、さっさと出て行けや。
良人の考えは寄生虫――――もとい、藍田にしっかりと伝わっているはずなのに、まったく意に介されなかった。
悲しい。
「で、その藍田とやらはどうして良人の脳内に住み着いているのかしら? そもそも、そんなことがあり得るっていうのが不思議だけど。特殊能力かしら?」
『いいや、僕にこんな特殊能力はなかったよ』
「こうして私に話しかけている時点で、二重人格でもないし……。別の人格ではなく、別の人間が頭に住み着いているのね」
「めっちゃ気持ち悪いんだけど」
なんかあぶり出しとかできないだろうか?
「きっかけに心当たりがまったくないんだけど、どういうことだ?」
『うん、それは僕の成り立ちというか、どういう人間だったかということを説明した方がいいかもしれないね』
興味がない……こともなかった。
自分の頭に住み着いている存在が何なのかということは、知っておきたい。
それが分かれば、追い出すことも可能になるだろうし。
その考えは内緒にしておく。
藍田は、二人に対して自分のことを説明する。
『端的に言うと、僕は平行世界の人間なんだ』
「……知っているか、綺羅子?」
早々に思考を放棄して、綺羅子に投げかける良人。
いきなり空想の話をされても困るのだ。
「パラレルワールドっていうやつじゃない? たまに映画とかでそんな題材のものがあるわね」
「つまり、妄想ってことか」
『ひどくない?』
傷ついた声を藍田が漏らすも、この二人は微塵も罪悪感を覚えない。
そんなものは、今まで生きてきて一度も感じたことがない。
他人のために心を痛める必要がどこにあるのか。
本気でそう思っていた。
『でも、僕は本当にこの世界の人間じゃなく、別の世界の人間なんだ。特殊能力でもないのに、君の脳内に住み着くことができたのも、そういった特殊な事情があるからなんだと思う』
「なんてはた迷惑な……」
もしかしたら、平行世界の人間は全員藍田のようなことができるのだろうか?
だとしたら、少ししたら自分の脳内はそいつらの井戸端会議で常にうるさい状態になるのだろうか?
自分の命が何よりも大切であるが、この時ばかりは自決してしまうかもしれない。
「そもそも、どうしてその平行世界のあなたが、こっちの世界にやってきたの? やってこられたというのもわからないわ」
意図も理由もわからない。
綺羅子が問いかければ、藍田は隠すつもりがないので、普通に話し始める。
『まあ、簡単に言うと、僕のいた世界もダンジョンが突如として現れて、魔物が氾濫したんだ。それが、僕がこっちに来た、大きな要因だよ』
「こっちの世界と同じか。平行世界って、同じことが起きるんだな」
「ちょっとでも差異があったら枝分かれするっていう話も聞いたことあるわ。少し違う点とかもあるんじゃない?」
一番いいのはダンジョンが現れず魔物が襲ってこない世界線だ。
平行世界は一つではないから、そんな世界も確実に存在するだろう。
そっちの世界に生まれたかった。
良人と綺羅子は本気でそう思った。
『こっちの世界と、あっちの世界。ダンジョンが現れて、魔物があふれかえったところまでは同じだよ。ただ、ここからが違う』
藍田は、確かに存在している小さな、しかし致命的な差異を示した。
『僕たちの世界では、特殊能力者が現れるのが、かなり遅れたんだ』
それぞれの世界は、ほぼ同じだ。
もともとの文明レベルも、歴史的な事件もすべて同じ。
ダンジョンが突如として出現し、魔物が溢れ出し、世界に攻撃を始めるまでが。
ただ、その直後が違った。
特殊能力者の出現……というよりも、表に出てきたタイミングが違ったのだ。
『こっちの世界の日本では、英雄七家の元となる特殊能力者たち七人が、あんなにも早く現れて戦ったということを知って、心底驚かされたよ。なるほど、後世でも子孫が優遇されるわけだ。当時の日本の人々からすれば、まさしく救世主だったろうから』
藍田の声には、羨望と妬みが混じっていた。
もし、この世界のように、自分たちの世界でもすぐに特殊能力者たちが現れて、魔物と戦っていてくれていたら。
もしかしたら、違う結末になっていたかもしれない。
自分がこっちの世界にやってきて、良人の脳内に住み着くこともなかったかもしれない。
「軍じゃダメなの?」
「私も半分寝ながら授業聞いていたからあんまり確かじゃないけど、いきなり日本の中心に敵戦力が現れたら、混乱も凄いでしょ? 強力な武器も市民がいたら使えないし、基地とかも攻撃されたら、戦力の再編成もままならなかったとか言っていた……ような気がするわ」
魔物の氾濫があったとき、すぐさま自衛隊が動けるはずもなかった。
一世紀近く、日本は本土に攻撃を受けたことはなかったのである。
しかも、外国からではなく、突如として国内から現れた敵。
それも、人間ではなく、空想上の生物たちだ。
人間の暴徒を相手にするような対応では、到底太刀打ちできない。
ほぼすべての魔物が、人間をはるかに超える膂力を持っているのだから。
自衛隊は国からの命令がなければ動くことができず、魔物なんて存在を簡単に認めるはずもない政府が、それを動かしたのはかなり遅れてからになる。
当初は警察が出動していたが、やはり火力という面では明らかに頼りなかった。
そのため、一応は魔物の抑え込みに成功していたこの世界でも、一般人の被害者数は相当のものになる。
それでも、自衛隊が本格的に動くまでの間、魔物の抑え込みに英雄的な活躍を示したのが、特殊能力者である。
政府の命令を必要とせず、超常の力を行使する彼らは、機動的に多くの人を救ったのである。
『その戦力の再編成の時間稼ぎをしてくれたのが、特殊能力者だよね。ただ、僕たちの世界にはそれがなかった』
特殊能力者たちが戦って魔物を抑えている間に、ようやく事態を飲み込めた政府。
その命令を受けて自衛隊が動き、何とかダンジョンに押し返すことができたのだ。
つまり、特殊能力者が現れて戦ってくれなければ、今のように日本という国が存在しているかどうかすら怪しい。
一方で、藍田の世界では、そういった特殊能力者たちが出てこなかった。
「ほーん。出てこなかったのか」
『どうだろうね。あまりそうは思いたくないかな。特殊能力が発現したからと言って他人のために命を懸けて戦うことを強要されるのは間違っていると思うけど、思うところがないわけではないからね』
特殊能力が末期になるまで誰にも発現しなかったのか。
それとも、発現していても、他人のために戦うのを良しとしないで、表に出てこなかったのか。
どちらの可能性もあるが、藍田としては、後者だとやはりやるせない気持ちになる。
負の感情をぶつけるのは間違っているとしても、その結末が最悪のもので、自分がそれを味わうことになったのだから、どうしてもそう思ってしまう。
『結局、特殊能力者が現れたのは、もう末期も末期。この世界では日本、アメリカ、中国などが国としての体裁を持っているし、他にも世界中に生存者はいる。ただ、僕の世界だと、すべての国が滅んだよ』
自嘲気味な声音で、藍田は言った。
『――――――僕たちの世界は、魔物によって完全に支配されたんだ』
それが、この世界と藍田の世界との明確な違い。
藍田の世界で、人類は魔物に敗北したのだ。
『それでも、ごくわずかに生存者はいた。僕もその一人でね。レジスタンスとでもいえばいいのかな? 魔物の支配に反対して戦う人間は、非常に少ないけどいたんだ』
全員皆殺しにされたわけではない。
人類は100億に届くほどの数がいたのだ。
その大半が殺戮されたとしても、すべて殺されるようなことはありえない。
そんな生存者たちのほとんどは、魔物に抗おうとは思わない。
ただ、隠れて短い人生を穏やかに過ごしたいと思っている。
藍田のように滅びた世界で魔物と戦っている者は、非常に少なかった。
『その戦いの過程で、衝撃の真実を知ったんだ』
声を落とす。
意図的にではなく、無意識に。
それは、非常に重たく、受け入れがたい真実だからだ。
『ダンジョンが現れて、魔物が氾濫して、世界を滅ぼす。……これを、悪意のある存在が意図的に起こしていることだとしたら、どう思う?』
「「クソ迷惑」」
良人と綺羅子はそろって同じ言葉を吐くのであった。
本日書籍第1巻が発売されました! よろしくお願いいたします。
下記は特典情報です。
・アニメイト 様
「綺羅子なりの看病」
綺羅子が良人を看病(笑)します。
・書店様共通特典
「隠木と嫌々プール」
隠木とプールでイチャイチャ(笑)します。
・電子特典
「浦住の罰ゲーム」
浦住……というか、良人にとっての罰ゲームです。
・メロンブックス 様
「演技派良人の特訓」
クソゴミ主人公の演技がどのようにできているか。
・とらのあな 様
「ベストフレンド白峰」
主人公の大親友(笑)白峰との青春。




