第107話 僕の正体とか、興味ない?
「はっ!」
グレイの攻撃が、渦に目玉を持った魔物を切り裂いた。
耐久力は大したことがないようで、一撃で倒されたそれは、跡形もなく霧散した。
「おぉ、お見事っす。さすがっすね」
「いえ、あなたがターゲットを取ってくれていたおかげです。隙だらけでした」
相変わらず姿が見えないので、話しかけられると少々驚いてしまう。
良人は当たり前のように接しているが、それは凄いことだとグレイは改めて思った。
特殊能力で姿を消しているのは、隠木だ。
彼女は時折姿を見せ、ちまちまと攻撃をすることによって、渦の魔物のヘイトを一身に集めていた。
そのおかげで、グレイが容易く打ち滅ぼすことに成功した。
「見えないウチだからこそっすよね。ただ、吸引してくる魔物なんて、初めて見たっすけど。家にいた時もこんな魔物の話になったことはなかったし、新種っすかね?」
「この魔物が、別の魔物を輩出していたのを確認されています」
「ってことは、この騒ぎはこいつのせいだったってわけっすか。自分の身体をどこか別の場所につなげて、通った者を移動させているんすかね?」
驚いたような声を漏らす。
これが本当なら、なかなか凶悪な能力だ。
今回のように、安全な後方でもいきなり魔物に襲われるようになる。
世界のどこにいても、安全な場所がなくなってしまうということだ。
「そうでしょうね。大元を断ったので、これで魔物がさらに襲い掛かってくることはないはずです」
懸念は確かにその通りだが、今の彼女たちにはどうすることもできない。
ともかく、この後方を壊滅させないようにすることで精いっぱいだし、それだけでも学生には十分すぎる働きだった。
「……しかし、ひどいことになったっすね」
「……ええ。これだけの被害を後方が受ければ、前線への影響も計り知れません」
二人は辺りを見渡して、重たい感情に包まれる。
人の死体、壊された物資。
その影響を考えると、まだ未成年の彼女たちにはあまりにも重たすぎた。
「そう言えば、梔子くんと黒蜜さんを見なかったっすか?」
「いえ、見ていません」
ふと空気を換えるために、隠木は共通の話題である良人の話を振る。
というか、彼の話以外だと、大して会話が続かないのだ。
あくまで、良人ありきの関係。
友達の友達である。
とはいえ、お互いの能力は信頼しあっているし、それぞれメンタルがクソ強いので、無言の状態が続いても何とも思わない。
良人と綺羅子がそこにいれば、胃が潰れる。
「どこに行ったっすかねぇ。あの二人に限って逃げるなんてことはありえないでしょうし。……うわっ!?」
「これは……」
ギョッとして立ちすくむ二人。
目の前には、歪な方向に身体がねじ曲がった、魔物の死体があった。
これも、今まで見たことがないような魔物だ。
粉々に砕かれた鉄の破片がいくつも散らばっている。
その胴体は、巨人に絞り上げられたようになっていた。
「なんすか、このえぐい魔物。それに死に方。これ、絶対梔子くんっすよ」
あっさりと犯人を見透かす隠木。
あの男しか、こんなことはできないだろう。
嫌な信頼感があった。
「やっぱり、戦っていたんですね。では、どうして姿が……」
「……もしかして、あの魔物に吸収されて、どこかに飛ばされたとか?」
ポツリと呟く隠木。
二人して目を見合わせる。
どんどんと説得力のある想定が作り上げられていく。
「……魔物が出てきていたということは、あれがつながっていた先は、ダンジョン?」
「……やばくないっすか?」
「……やばいです」
今のダンジョンは、最前線。
まだ押し込むことができていないため、魔物たちがうじゃうじゃと徘徊していることだろう。
そんな敵軍のど真ん中に放り出されたとすると……。
いくらチート能力を持っていても、非常に厳しいだろう。
「無事でいてください、二人とも」
良人と綺羅子の安全を、心から祈る隠木とグレイであった。
もちろん、その祈りは届かない。
◆
二人の祈りが届かず地面に不時着していたころ、ダンジョン内。
そこは、以前までのように、日本政府に雇われた特殊能力者や自衛隊が入り間引きしていたころとは違い、人間の入る余地はどこにもなかった。
魔物が殺されないため、ダンジョン内はそこかしこで魔物が徘徊している。
以前、良人たちがダンジョン内で迷っていた際、あまり魔物に遭遇しなかったのは、探索者たちが一部間引いていたからである。
そして、今はそんなことができる状況ではない。
ダンジョンから溢れ出した魔物との戦闘が始まっており、ダンジョン内にはとてもじゃないが手は回っていない。
すると、目の前をウロウロとする魔物でいっぱいになっている。
そんな彼らが目を向けない、壁にあるわずかな亀裂。
その中に、良人と綺羅子は抱き合うように密着しながら息をひそめていた。
「し、死ぬぅ……」
「ちょっと、静かにしなさいよ! ばれたら諸共殺されちゃうでしょ!」
くわっと怒りを表す綺羅子。
彼女の【爆槍】でダンジョンの壁を傷つけ、その中に隠れたのである。
といっても、大きな空間を作り上げるような爆発を起こせるはずもなく、ちまちまチクチクと穴を広げたため、とても狭い空間になっていた。
そこで、二人は密着しながら隠れていた。
「てか、狭いわ。ちょっと外に出てくんない?」
「死ぬって言ってるでしょうが!」
「あと、硬い」
「あ? どこがだよ。言ってみろ。殺す」
「ご、ごめん……」
『ビビるくらいだったら言わなかったらいいのに』
ガチのトーンだった。
これ以上ないくらいキレていた。
確かに密着していることによって、綺羅子の身体の柔らかさも伝わってきていた。
残念ながら胸部の柔らかさはほとんどないが。
隠木やグレイ、浦住といった大鑑巨砲を目の当たりにしているため、より小さく見える。
まあ、どうでもいいことだが。
良人にとって、胸の大小なんて本当にどうでもいい。
ありえないくらい不格好であったとしても、財力があって自分を養ってくれるのであれば、心の底から愛せる男だ。
ふんわりと甘く、しかし汗で酸っぱい匂いも立ち込めている。
一方で、自分も汗の匂いといえば同じなんだろうなとも思う。
やけに綺羅子が鼻を鳴らしているのは気にしないことにした。
臭いと言われたらめちゃくちゃ腹が立つからである。
「で、どうするの? このままなんて無理よね?」
「うん。もう今でも頭が痛いくらいだし、ゲロ吐きそう。吐いていい?」
「別にあなたの吐しゃ物くらいなんでもないけど、ここだと着替えられないから我慢しなさい」
「うぅ……」
吐しゃ物を被っても何ともないという発言は、聞く人によればかなり愛情深さを感じるものだ。
この二人はまったく意識していないが。
実は、今も良人の【現実改変】で、多少存在感を薄めている。
そのおかげもあって魔物に気づかれていないのだが、この多少でも脳への負担はそれなりにあった。
これ、うまく逃げ切っても脳への負担で早死にするのでは?
良人は割と的確に未来を予想していた。
「食料の問題もあるし、トイレもこんなところだとできないしな。行くしかないんだろうが……一歩が踏み出せねえ」
「分かるわ」
このまま隠れていてもじり貧である。
それは分かっている。
しかし、以前は露怒夢という人食いムカデと遭遇し、大変に痛い目に合っている。
というか、ダンジョンに潜ったときは全部痛い目を見ている。
正直、誰よりもビビりである二人が二の足を踏むのは当然と言えた。
どうせここから抜け出しても、魔物に見つかって追い立てられるのだろう。
確信じみた予感を抱いていた。
このまま残れば餓死。
しかし、動けば魔物に見つかって死ぬ。
地獄である。
この世の不条理を、世界と神を呪うことで乗り切る二人。
『うーん、じゃあ、ちょっと僕の話を聞いてみるっていうのはどうかな?』
「お断りします」
「嫌よ」
脳内の言葉に、即答で断る二人。
聞く耳持たん。
まったく有益な情報を得られそうにない自分語りなんて、一切求めていない。
しかも、嫌いな奴の話なんてなおさらである。
『いや、別に変なことを言うつもりはないから、聞くだけ聞いてほしいんだ』
嫌です。
今度はそんなことを思いながら無視しようとしていると……。
『僕の正体とか、興味ない?』
……興味ある。
掌返しは得意な良人であった。
書籍第1巻が明後日の9月5日発売です!
よろしくお願いいたします!




