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第104話 綺羅子、出番だぞ

 










「いやー、とんでもないことになったっすね」


 特殊能力開発学園という牢獄に戻ってくれば、そこにはいくらか見知った顔がいた。

 その中で声をかけてきたのは、隠木である。


 あまりに動揺しているためか、透明化が時折解除されて、姿が見え隠れしている。

 長い黒髪で目を隠しているせいで、マジで幽霊みたいになっていた。


 いつも通りの口調ではあるが、平時とは明らかに違う点があった。


「声が震えているぞ」

「ははっ、意地悪っすねえ。さすがにウチでも、この状況では笑ってられないっすよ。まさか、ウチが生きている間にこんなことが起きるとは思ってもいなかったので。ろくに動けない老人になってからよりはマシかもしれないっすけど」


 まあ、足腰が弱っているときに魔物の氾濫なんて起きたら最悪だよな。

 自分の足で逃げることもおぼつかないが、周りの人も自分のことで手一杯で助けてくれないだろうし。


 人外の化物が自分を殺そうと近づいてくるのを、ただ見ることしかできないのである。

 ひぃっ、想像しただけで怖い!


「集められたのは、ある程度戦える者だけのようですね。正しい判断と思います。将来有望な若い人材は、最前線でないにしても、避難させておくにこしたことはありません」


 そんなグレイの言葉には、俺は強く懸念を表明せざるを得ない。

 俺なんかお前ら有象無象がどれほど集まっても比較にすらならないほどの有望な若い人材なわけだけれども、どうしてここにいるのか。


 避難させるべきだろう。

 英雄七家が責任果たして命を賭して戦えよ。


 白峰と黒杉、あと腰ぎんちゃくの隠木と俺を拉致しようとした罪滅ぼしにグレイと浦住も倍プッシュだ。

 全員突っ込め。


「集まってもらって悪いな。だが、非常に助かる。ここにいるお前たちは、まだ未成年の学生だが、そこらの政府に雇われている特殊能力者よりもはるかに力を持っている。正直、この緊急事態において、お前たちは非常に頼りにされている」


 やってきた浦住が、俺たちにそう説明した。

 俺が他の連中と違って特別なのは重々承知しているが、魔物と戦わせられるのはもう勘弁だ。


 人食いムカデやら鬼やら……もう嫌ぁ!


「しかし、俺たちに皆さんのお役に立てるでしょうか? 一人で戦うならまだしも、連携して戦うとなると、俺たちは何の訓練も受けていないので、むしろ足を引っ張るのではと危惧しています」


 皆のためを思って言っているアピールは必須である。

 でないと、ただ怖気づいただけになるからな。


 まさかとは思うが、学生を最前線に放りだすことはないだろう。

 だとしたらバカだ。


 俺を徴用している時点でバカだが。

 もう全員死ね。


「ああ、それは確かにその通りだろう。だから、最前線に出て戦えと言っているわけではない。後方からの支援業務を担当してほしい。正直、こちらに人員を回す余裕は、自衛隊も特殊能力者もないからな」


 それに対し、俺は苦虫をかみつぶしたような表情を見せないようにするのに必死だ。

 ぶっちゃけ、それでもかなり嫌なのだが、しかし前線に出されるよりはマシだろう。


「後方支援というと、物資の管理や輸送でしょうか?」

「ああ、その通りだ。魔物に襲われる心配はほとんどないが、この状況で人間が暴徒と化す可能性もある。食料が配給制になってかなり厳しくなれば、それを目的に襲ってくることも考えられる。お前たちは、それを容易く防ぐことができると信じている。もちろん、自衛隊の隊員が主担当として防衛するから、念のためだと思ってくれ」


 白峰の質問に答える浦住。

 まあ、対人戦の方が俺たちにやらす方が問題だよな。


 魔物を殺す覚悟はあっても、人を殺す覚悟なんて、普通未成年にあるわけないし。


『君も?』


 いや、自分のためだったら平気で殺すけど?

 どうして殺そうと襲い掛かってくる奴を殺すことにためらうのか。


 全然ぶっ殺すわ。

 俺、めっちゃ特殊能力強いし。


『やっぱり、この子に現実改変なんてクソ強い能力があるのは間違いだと思うんだ……』

「悪いが、あたしもお前たちと一緒にいることはできない。教師陣は前線に投入されることが決まった。無事に再会できることを祈っているよ」


 え? 浦住、死ぬのか?

 これには俺もにっこり。


 前線でしっかり魔物を減らしてからあの世に行ってくれ。


「先生、お気をつけて」

「……ああ」


 俺がそう声をかければ、小さく……しかし強い決意を秘めた表情で頷く。

 しかし、中国のスパイのくせに、どうして日本のためにそんな一生懸命戦おうとするのか。理解できんな。


『うーん、このゴミ思考……』

「僕たちは僕たちにできることをしよう。日本のため、人々のため、頑張ろう!」


 白峰は俺たちを見て、そう強く言い切った。

 嫌です……。










 ◆



 食料を含めた物資の移動の護衛。

 それが、俺たち学生に割り当てられた任務だった。


 もちろん、護衛の主担当は自衛隊の隊員なので、正直言っておまけみたいなものだ。

 魔物と戦うのであれば特殊能力者が必要だろうが、人間と戦うなら、銃器を保持する自衛隊の方がよっぽど強い。


 その移動までの時間を、白峰たちは他に手伝えることはないかと自衛隊員に尋ねて回り、色々仕事をしている中、俺は……。


「はぁぁぁ……。なんで俺がこんなことを……。一番安全な場所に丁重に移動させるべきだろうが……」


 こんなにも重たいため息があっただろうか。

 俺史上一番かもしれない。


 そんな俺は、食糧庫に隠れてボケーッと天井を見上げていた。

 ちょっとくらい拝借しても……と思ったが、今食料は非常に厳重に管理しているから、おそらくばれるだろう。


 止めておこう。

 まあ、そんな大事なものを学生なんかに見張らせるなと思うが。


「それを言うなら私でしょ。紫閣家次期当主になんてことをさせるのよ……」


 やれやれと首を横に振る綺羅子。

 食糧庫とはいえ、ここにあるのは少量だ。


 建物の中も狭いため、身体が密着してしまっている。

 他人の人肌を受け付けられない俺だが、子供の時から一緒のこいつは平気だ。


 まあ、何かむかつくから離れてほしいのだが。


「お前、あんなに嫌がっていたくせにここぞとばかりに権力だけを使おうとするなよ……」


 あんなに必死に逃げようとしていた紫閣家の力を、遠慮なく行使しようとするのが最低だ。

 本当にその気になれば、紫閣家の力でこの前線から逃げ出すことは可能だろうが、そうするとマジで紫閣家に入ることになる。


 それが分かっているから、綺羅子もしていないのだろう。


「まあ、めったなことはないでしょ。暴徒が襲ってきても、基本的に自衛隊が対応するでしょうし。守っている風にしていればいいのよ」

「異議なし」


 俺と綺羅子はコクリと頷き合う。

 食料目的で襲ってきたとしても、綺羅子の【爆槍】で木っ端みじんにしてしまえばいいのだ。


『今も絶賛サボっているのは凄い』


 仕事の時間になったら嫌々行くからいいんだよ。

 このベストポジションはばれない感じがする。


「しかし、まさか同じところをサボり場所に選んでいたとはな。狭いからどっか行ってくれない?」

「あなたが行けばいい話しでしょ?」

「俺の方が先だったじゃん」

「コンマ何秒かの差だったわ。こういう時はレディーファーストよ」

「俺は男女平等に俺以外無価値だと思っている。だから、レディーファーストも通用しない」

「奇遇ね」

『なにこの会話……』


 俺も不思議。

 そんな風に、何の得にもならない会話をしながら時間を潰していると、やけに外がガヤガヤしている。


「てか、何か外が騒がしくないか?」

「……時間はまだ大丈夫なはずよ」


 俺たちの脳裏によぎるのは、出発の時間が早まって、俺たちを探しているという事態。

 やばい、サボっているのがばれる。


「まあ、一応出とくか。最悪の事態になったらマズイし」

「そうね」


 俺と綺羅子は重たい腰を上げる。

 はぁぁ、やれやれ。


 嫌な労働の時間だ。


「あ、お待たせしまし……た……?」


 小さな扉を開け、とりあえず心にもない謝罪をしようとして……途中で困惑に変わった。

 赤である。


 目の前に広がるのは、真っ赤な血だまり。

 そして、人間の身体がスライスされた、凄惨な惨殺現場。


 その中央に立つのは、全身刃だらけの化物だ。


「……ふぁ?」

「キシャアアアアアアアアア!!」


 俺たちを認識した刃だらけの化物が吠える。

 ふむふむ、なるほどなるほど。


「綺羅子、出番だぞ」

「あなたの出番よ、良人」

『押し付け合うな』




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