第103話 お前も一緒に来い……!
世界同時多発魔物大恐慌事件。
長ったらしいこの事件は、かつて突如として現れたダンジョンから溢れ出した魔物によって、世界中が大損害を受けた事件のことを指している。
世界に国が200近くあったあの当時、突如として世界中に現れたダンジョンは7つ。
日本、アメリカ、中国、インド、ドイツ、オーストラリア、ブラジルの領土内に現れたそこからは、今まで見たことがない空想上の化物が、大氾濫を起こした。
いきなり警戒していない領土内に現れ、しかも人をはるかに超えた力や見たことのない能力で、瞬く間に破壊されていく世界。
軍隊はもちろん動くが、今までに戦ったことのない生物との戦闘はノウハウもなく、なすすべなく撃破されていく。
結果として、オーストラリア大陸、ブラジルからあふれて中南米は壊滅した。
ヨーロッパではドイツも含めて一丸となって魔物に抗っていたが、敗戦。
魔物のはびこる焦土と化し、グレイの祖国も同時に滅んだ。
イギリスの一部でまだ人間の抵抗勢力が残っているとされているが、具体的に連絡を取ることもできないため、不確かな情報だ。
インド大陸では、現在も激しい魔物との生存競争が繰り広げられている。
中国に次ぐほどの人口を保持し、核兵器なども持っていたインドだからこそ、必死に抗うことができていた。
確実に魔物の大氾濫から国を守り切ったと言えるのは、日本、アメリカ、中国だけだった。
アメリカは文字通り世界最強の軍事力を持っていたこともあり、特殊能力者が現れるまでに多大な犠牲を払いながらも魔物をダンジョンに押し返すことに成功していた。
中国はインドをも上回る人口での人海戦術や、日本では絶対に行使できないような手段を用いて魔物を撃退した。
もちろん、アメリカ以上に人命を軽視したことで多くの人が失われたし、かつての国家体制は崩壊し、各地に軍閥が生まれて内戦状態となっていることから、大成功とは言えないだろう。
そして、日本である。
魔物の抑え込みに成功したアメリカと中国は、軍事大国という共通点があった。
第二次世界大戦後も幾度かの戦争の経験もあり、練度も高い。
一方で、日本はどうだろうか?
確かに練度は高いかもしれないが、自衛隊は数が少なく、また実戦経験もない。
そんな国が、どうして世界のほとんどを滅ぼすダンジョンの抑え込みに成功したのか?
それは、日本が最も早く特殊能力者と呼ばれる者が誕生し、戦線に参加したからである。
テレビでたまに取り上げられるような超能力とは違い、文字通り人智を超えた本物の力。
人を殺すことも容易な能力もある中で、それは魔物にも非常に有効だった。
彼ら特殊能力者の参戦により、日本は魔物の氾濫を他国よりも損害を出さずに抑え込むことに成功したのである。
アメリカや中国でも現れる特殊能力者だが、それは少し後になる。
そんな日本の中でも、とくに草創期、日本が魔物の跋扈する亡国へとなりかねない時、他の特殊能力者よりもはるかに強大な能力で魔物を殲滅した七人がいた。
魔物に押されていた戦線を一気に押し上げた彼らのおかげで、戦力を再編成することに成功。
他の特殊能力者たちも協力し、ダンジョンに押し戻したのだ。
そんな彼ら七人は英雄として国民から慕われ、その子孫は後々になって日本国内で大きな影響力を行使できるようになる。
それが、英雄七家である。
そして、七人の英雄たちのリーダー格であった紫閣の家が、今もその筆頭として名を残しているのだ。
こうして抑え込みに成功した日本であったが、全世界で魔物の氾濫で失われた人は、数十億を超える。
貴重な文化財や科学技術、知識も多く失われ、世界の文明は停滞することになった。
抑え込みに成功した国は、二度と同じことを繰り返さないよう、ダンジョンを厳重に監視している。
もちろん、ただ見ているだけではなく、未知の領域であるダンジョン内部を探索し、色々と利用しようと暗躍しているのは、どこの国も同じである。
日本では、自衛隊がダンジョンの監視を行っていた。
しかし……。
「数時間前、突如としてダンジョンから膨大な数の魔物が溢れ出しました。内部を探索していたはずの特殊能力者たちは戻ってきていません。あまりにも唐突な出来事、しかも、抑え込みに成功してから一度として起きていなかったことに、自衛隊は対処できず、一部の魔物が暴れています」
大岩は汗を垂らしながら、そう報告する。
ほうほう、なるほどなるほど。
魔物の氾濫は、原因不明である。
それを調べるというのも一つの目的にして、特殊能力者がダンジョン内の探索をやっていたわけだ。
発生する原因が分からなければ、それを防ぐことはできない。
ダンジョンを囲うように自衛隊が配置され、いきなり市民に被害がいくことは避けようとしていたようだが、結局無意味だったということだ。
この地鳴りや黒煙は、その魔物たちが暴れて人々が攻撃を受けている証拠である。
……身体の震えが止まらない。
『武者震いかな?』
いや、単純にビビっている。
さて、どうやって逃げればいいものか……。
深い思考の海に沈もうとしたときである。
プルルルルルル。
電話が鳴った。
それは、俺の持っている携帯からである。
……綺羅子と目を見合わせる。
お互い、すべての感情を捨て去ったかのような無表情だった。
プルルルルルル。
「…………」
プルルルルルル。
「…………」
プルルルルルル。
「…………」
「こちらに気を遣わずとも、出ていただいて結構です。大変な事態ですし、おそらく相手は想像できます」
しつけえ!!
こんなにコールしても出ないってことは、出たくないってことだと気づけよ!
あーあ、もう大岩がこんなことを言うから、出るしかなくなっただろうが。
最悪だわ、マジで。
こんな状況で電話をかけてくるようなことなんて、相手がだれであれ、面倒事以外のなにものでもない。
普通、魔物の氾濫なんて大事件が起きれば、両親から安否確認の電話がきてもよさそうなものだが、あいにく俺の家ではそんなことはないだろう。
携帯画面を見れば、案の定両親ではなく、【暴力白髪合法ロリ巨乳クソ女】と名前が出ていた。
心底深いため息を心の中でつきながら、出る。
『ああ、やっとつながったか。もう魔物にやられてしまったかと思ったぞ』
「俺はあんな化物共にやられてなんかやりませんよ」
『くくっ、そうだな。お前の力は、あたしが一番よく分かっている。だから、電話をかけたんだが』
なに笑ってんねん。
何も面白くねえんだよ。
お前が俺の力を知ったきっかけって、俺を拉致誘拐しようとしたときだろ。
よくもまあ平然とそんなことを言えるな。
ふぁっきゅー。
『……今、とんでもないことが起きているわけだが、それは把握しているか?』
「いえ、していませ――――――」
「ばっちりです。良人はすべてを把握したうえで、人々のために動こうとしています」
「っ!?」
黒蜜さん!?
何を言っているんです!?
否定しようとしたら嬉々として横から乱入してきた綺羅子に、俺は唖然とする。
どこまで俺の足を引っ張れば気が済むんだ、この時期紫閣家当主め。
『その声は、黒蜜か。相変わらず仲が良いことだ。しかし、そうか。さすがだな、梔子』
「い、いえ……」
あーあー、もう……。
嫌な方向に勘違いしてくれやがって。
なにがさすがだよ。
人のために動こうとしたことなんて一度もないわ。
『現状、一年の中で特記戦力のお前らがいるのはありがたい。黒蜜もだが、すぐに学園に戻ってくれ』
今度はサッと顔を青ざめさせるのは綺羅子であった。
こいつ、本当後先考えずに俺を陥れられるというだけで行動していたな。
それが仇となった。
ダンジョンを破壊できる特殊能力を持つ奴が、この緊急事態に呼び出されないわけがないだろ。
雲隠れしていればよかったものを、こうして自分から居場所を露呈させるのは、愚かとしか言いようがない。
「あ、あー……なんだか電波が遠くて……。多分、大勢の人が電話をしようとしているからですわね。聞き取れ――――――」
「電波はバリ3です。バッチリ聞き取れています。綺羅子は、自分の力で人々の助けになるのであればと、やる気に満ち溢れています」
『そうか。さすがだな、黒蜜』
「っ!?」
今度は満面の笑みを俺が浮かべる番だった。
馬鹿め。死ぬなら諸共。
お前も一緒に来い……!
『では、学園に戻ってきてくれ。しっかりとした報告は、そこでする。……気をつけてな』
そう言って、浦住は電話を切った。
最後の言葉が、まったく胸に響かない。
死地に送り込もうとするのだから、当たり前だろう。
テンションは下がり続けていた。
「大岩さん、俺達には行かないといけないところができたようです」
「ええ、不躾ながら聞いておりました。御武運を」
頭を下げる大岩をしり目に、当然のことながら綺羅子を連れて行こうとするが、ふと思い至る。
……あれ? これ、綺羅子を連れて行かない方が、こいつを苦しめられるんじゃないか?
「綺羅子、お前は紫閣家に縁があるんだから、無理に来なくても大丈夫だぞ?」
俺は安心させるように、にっこりと笑った。
ポカンとしていた綺羅子であったが、すぐに俺の考えに行き着き、人殺しの顔になる。
「(これで浦住の召集を拒絶して紫閣家に残ったら、もう紫閣家から絶対に逃げられなくなるでしょうが……! 私のことを思いやっている風に地獄に叩き落とそうとするな!)」
ちっ、勘のいい奴め。
とはいえ……。
「(まあ、先送りにしただけだから、結局逃げられないんだがな)」
「(ひぎぃっ!?)」
悲鳴を上げる綺羅子。
進んでも下がっても地獄である。
……なにこの素敵な状況。
俺、笑いが止まらない。
「私も行きます!」
やけくそだとばかりに叫ぶ綺羅子。
そんな彼女を見ながら、ふと思った。
……そう言えば、綺羅子の自称婚約者のあのおっさんって結局何のために出てきたんだ?
9月5日に書籍第1巻が発売されます。
大幅加筆しているので、よろしくお願いします!
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