第1話 逃走中のクズ
大勢の人が行き交う交差点。
賑わいがあり、人の往来も激しい。
ビルに張り付いた大型ビジョンでは、ニュースの放映がされている。
基本的に、誰も足を止めずに聞き流すような番組だ。
しかし、画面の中が慌ただしくなり、キャスターに一枚の紙きれが渡されると、状況は一変する。
『臨時ニュースです。以前より報道がなされておりました、特殊能力の適性がある少年が発見されたとのことです』
そのニュースを聞いて、脚を止めてビジョンを見上げる人が大勢いた。
それだけ、関心度の高いニュースであることを示していた。
画面の中では、そのことについて話が始まる。
『ああ~、何か逃げ出していた少年がいましたねぇ』
『はい、その彼です。現在、警察と共に自衛隊も出動しています』
『大事になっていますねぇ。彼も逃げ出すような真似なんてせず、大人しく学園に入っていればよかったのに』
ヘラヘラと笑う高齢の男。
また別のニュースの専門家として呼ばれていたため、今回の件ではしっかりとした解説はできないようだ。
しかし、誰もそのようなことは求めていない。
あの少年が、今何をして、どこにいるのか。
それが、多くの日本国民の関心事である。
珍しい男の能力者であり、しかも学園に入学することを拒んで逃走しているということは、海外でも一定の話題性があった。
『現場からの中継準備に、少し時間がかかっています。……少年はどうして制止を振り切って逃げ出すようなことをしたのでしょうか?』
『さてねぇ。私は彼じゃないので正確なところは分かりませんが……。まあ、怖気づいたのでしょうな』
『怖気づく、ですか?』
『ええ』
そう言うと、高齢の男はキャスターに嫌味そうな笑みを浮かべた。
『――――――ダンジョンに潜ること、そして、魔物と戦うことに』
◆
「はあ、はあ……し、しんどい……」
俺は山の中を歩き続けていた。
正直、めっちゃ嫌だ。
シティボーイたる俺が、どうしてこんな未開の地(森)にいなければならないのか。
文明開化前の猿なら楽しく過ごせるだろうが、トップオブ人間の俺にこんなところは相応しくない。
そもそも、どうしてこんなに歩きづらいのか。
整備しろ。山も登られやすく成長しろ。
あと、虫ぃ!
マジで鬱陶しい!
人の顔にベチベチ当たってくるな!
お前らが気安く触れていい美貌じゃないんだぞ!
クソっ!
この俺がこんなことをしなければならないのは、あの特殊能力検査とかいう訳の分からんお遊戯のせいだ。
嫌だって言ってんのに、無理やり連れて行こうとするしよぉ!
「やってられっか、ボケがあ!!」
空に向かって叫ぶ。
人前では決してやらないことだ。
だって、不平不満を大声で叫ぶ奴はよく思われないだろう?
俺は、自分が生きやすくあるため、超絶性格いいスーパーイケメンとしてふるまっているのだ。
だが、逃げ出してからというものの、国家権力に追われ続けていれば、ストレスもたまるというもの。
あー、世界クソだわ。
「ふっ、奇遇ね」
「!?」
誰もいないはず。
俺以外に存在しないはずなのに、女の声がする。
今、追われている立場の俺にとって、他人の声は恐怖かつ邪魔者以外のなにものでもない。
本来ならば、焦って走り出すのだろうが……。
この声音には、遺憾ながら大変聞き覚えがあった。
振り返れば、やはり奴がいた。
黒髪のセミロング。
丁寧に手入れされていることが分かるほど、艶やかだ。
なお、今は葉っぱなどがついており、ボサボサしている。
黒い目に光はなく、人の悪意しか込められていない。
それでも顔立ちがいいのが腹立つ。
見た目は本当にいいのだ。
内面がドブなだけで。
真っ白な肌はろくに外に出ず引きこもっていたおかげだ。
身体の凹凸は乏しい。乏しい。
よくこのネタで攻撃できるので、二度言いました。
そして、この女はよく知っていた。
黒蜜 綺羅子。
俺の不倶戴天の敵にして、幼馴染である。
「何がどうなって幼馴染から不倶戴天の敵になったのかしら」
「綺羅子……生きていたのか……」
「どうして私を殺しているのかしら?」
そっちの方が都合がいいから。
俺とこいつは、どうにも思考が似ている。
そして、他人には決して見せない本性も知っている。
つまり、邪魔者である。
近くにいるだけで害だ。
何とかうまいことどこかに幽閉されてほしい。
「お前、髪の毛に葉っぱついているぞ。ダサい」
「とりなさいよ」
サラサラの黒髪から、葉っぱを取ってやる。
俺はなんと慈悲深いのか。
……というか、なんで俺に対して命令形だったんだ。
腹立ってきた。
彼女の髪を弄びながら、イライラする。
「で、なんでお前がここにいるの?」
山奥だ。
山登りなんて健康的かつ社交的なことは一切できない、引きこもり女である。
何の意味もなく、ここにいるはずがない。
「もちろん、あなたと同じ理由よ」
「ふっ……同志よ」
ガッと握手。
そうか。こいつも逃げてきたのか。
同い年だし、特殊能力検査をしていたのも納得だ。
そして、綺羅子も能力が発覚したと。
俺と同じく、あの学園に入れられることを拒み、逃げ出したと。
お国のために命を賭さない非国民め。
「どの口が言っているの?」
心底呆れた目を向けてくる綺羅子。
そんな目で見ないで、エッチ!
「そういえば、あなた、凄く話題になっていたわよ。連日ニュースになるくらい」
「マジ? 俺のイケメンがそんなに……」
確かに、俺はそこらのモデルや俳優を軽く凌駕するイケメンである。
身長も高い。顔もいい。性格もいい。
非の打ちどころがない。
神は素晴らしい人間を作ったものだ。
「無駄な顔の良さよりも、男が特殊能力に目覚めて、逃げ出したって言うのが話題になっているのよ」
「無駄じゃない。あと、逃げ出していない。後ろを向いて全力で走っただけだ」
「天才ね」
皮肉だろうか?
いや、綺羅子の顔は、本気で賞賛していた。
同じような考え方をするからこそだろう。
こいつも今そうして逃げて……後ろに走っているわけだし。
「というか、そもそもなんで逃げ出したのよ。逃げなきゃよかったじゃない」
「どの口が言ってんの?」
まだ逃げているというか。
何も学んでいないな、こいつ。
そもそも、俺と同じことをしているこいつが、偉そうに言える立場ではないのだ。
理由なんて、日本にいるなら誰もが想像できるだろう。
「そんなもん、徴兵されないために決まってんだろ」
俺は、そう言って能力が発覚したあの日のことを思い出すのであった。
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