フレシアとラスシア
「わたしはフレシア。妹はラスシアと言います。妹は病弱で…生命維持には膨大な魔力量が必要なのですが、ベッドから起き上がれないほど弱っているものですから…。私が魔力を集めて、妹に渡しても、焼け石に水なんです」
「医者はなんて言っているんだ?」
「ーー手の施しようがない、と」
「それは…」
フレシアと名乗った少女は、妹が眠るベッドまで俺を誘導すると、妹ラスシアの置かれている状況を話してくれる。
ベッド脇に置かれた丸椅子に座るよう促されたが、現在俺はスピカの木製椅子の座面に腰を下ろしていた。
スピカからのクレームは来てない。この座面に座った犯罪者は全員死ぬんだよなあと考えたら、なんとも言えない顔で苦笑するしかない。
「手の施しようがないのに、魔力を集めて譲渡しているのか」
「魔力を譲渡すれば、ラスシアは一時的に呼吸も落ち着くんです。魔力枯渇を起こすとまたすぐ、寝息が荒くなってーー」
「わたしは妹を助ける為なら、どんなことでもします。ラスシアに、どうかお慈悲を…」
医者から手の施しようがないと言われているのに、無理矢理延命するような真似して…。
ラスシアが助かる保証があるなら協力してやるつもりだったが、やはり罠であることも考えておくべきだろう。
スピカに合図を送れば、木製椅子の四足から蔦の触手を生み出し、シュルシュルと音を立ててラスシアが横たわるベッドに絡みつき、状況を確認している。
フレシアに悟られぬように気を逸らすのは俺の役目だ。
「なあ、さっきフレシアを突き飛ばしていた男は…」
「マルクス・メイホール。教会に所属する聖騎士です。彼は村一番の荒くれ者でしたが、製造される魔力濃度が高く、他の方に魔力譲渡を受けるよりも、ラスシアも心做しか穏やかな表情になって…」
「何年も魔力譲渡を受けていたのか?」
「もうすぐ7年になります。ラスシアが生まれてからずっとなので…」
「ーーあるじさま。この子、魔力中毒」
耳元でスピカがか細い声で俺に告げる。魔力中毒じゃ、俺の魔力を渡した所で直るどころか悪化させるだけだ。
魔力中毒の治療方法は、とにかく魔力を放出させて、魔石に溜まった魔力を空っぽにしてから新たな魔力を注ぎ込むのが一般的だがーー意識を失っている、何年も寝たきりの少女が自らの意思で魔力を放出できるか、と聞かれたら…難しいだろう。
「スピカ、あの子の心と会話する」
「あの子の意志。魔力放出。お願いすれば、できる、かも」
スピカは精霊ではあるが、木の精霊であるため、夢魔のように夢の中でラスシアの魂と会話することは難しい。
けれど、精霊としてラスシアの心に呼びかけることはできると言うので、俺はある提案をフレシアに行った。
「フレシア。実は俺、医者なんだ」
「お医者様…!?ああ、ああ!どうか、どうかラスシアをお救いください…!」
「ラスシアを救うには条件がある」
「わ、わたしにできることなら!!!」
俺がフレシアに告げた条件はこうだ。
一つ、今の状況を必ず、改善できるわけではないこと。
二つ、ラスシアの病気が治った際には、相応の金銭対価を支払うこと。
三つ、ラスシアの病気が直る、直らないに関わらずマルクス・メイホールを俺の今座る椅子に座らせること。
これらの条件を深く考えることなく了承したフレシアは、床に両膝をつけ、両手を組み神へ祈りを捧げる。
「どうか、ラスシアをお救いください」
その願いを叶えるのは神ではなく精霊のスピカであるがーー
「スピカ、頼む」
「どんなに長くても、10分」
シュルシュルと木製椅子の4脚からベッドの上に飛び出て来た蔦がふよふよと横たわるラスシアの上で揺れる。
強く目を瞑るフレシアにはその不気味な光景は映し出されていないようで安堵する。
やがてぐるりと渦を巻いた蔦は、成長するようにぐんぐんと伸び、葉や蕾をつけ始めた。
ーーラスシアの魔力を吸っているのか?
スピカに魔石は存在しないらしい。ともなればラスシアの魔力を吸い出した所で無意味なはずなのに、スピカの蔦達は蕾から食中植物のような不気味な花を咲かせ左右に揺れている。
ーー犯罪者の魔力ってことか?
ラスシアが魔力中毒を引き起こした原因は恐らくマルクスの高濃度魔力を必要以上に接種したことだろう。
ラスシアの魔力として作り変わることなく放出できず、体内に留まり続けた結果、ラスシアは寝たきりの状態になってしまった。
ラスシアの魔力ではなくマルクスの魔力を吸い取る分には、スピカにとって犯罪者の血肉に等しい食事なのかもしれない。後で詳しく聞いてみよう。
「んん…っ」
「ラスシア!?」
「ん…!全部…っ、消えて、なくなっちゃえ」
「ら…」
フレシアがラスシアの顔を覗き込もうと身を乗り出した瞬間だった。
勢いよく上半身を起こしたラスシアは、手刀を作り右に払うことで雷を起こしーースピカの花咲く蔦を木っ端微塵に粉砕したのだった。
「ラスシア!」
「…んんん?フレシアー?」
「お姉ちゃんだよ…っ!」
「わあ!ほんとにフレシアだ…!」
「よかった、よかった…っ!」
声を上げて大泣きするフレシアに状況が飲み込めず姉の頭を撫でているラスシアは、俺と目を合わせると空いている手で何故かひらひらと手を振ってきた。
手を振り返すべきかを迷って、姉妹の再会に水を差す必要はないかとラスシアが落ち着くのを待つのだった。