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こんな所においしそうな獲物が

 魔獣の森には、こちらの様子を窺う凶暴な魔獣が生息していても、人間の姿は滅多に見られない。

 魔獣達は木製椅子のスピカがひとりでにかたん、かたんと音を立てて移動しても唸り声を上げるくらいで襲ってきたりもしなければ、「また処刑椅子が歩いている」と遠くから生暖かい目で見守ってくれているくらいだ。

 魔獣の森から一歩外に出れば、ひとりでに木製椅子が歩いている姿を見た人々は恐怖に慄き悲鳴を上げるだろう。


 俺が魔獣の森に引きこもり2年。

 その間スピカも俺に付き合って魔獣の森に引きこもっていた。

 人間に悟られることなくこっそりと森に迷い込んだ人間の血肉を食らってはいたが、公の場では2年間も処刑椅子としての活動していないのだ。

 噂は薄れているかもしれないが、2年前は教会の所持する処刑椅子の話は有名だった。

 ひとりでに歩く木製椅子など見られたら、噂を知っている人間が大騒ぎして教会に通報するかもしれない。

 聖騎士だって私服を着て外を出歩くこともあるが、俺が聖騎士ですと偽って行動するには無理がある。


 木製椅子がひとりでに歩いている姿を見咎められても、「俺が処刑椅子を管理する聖騎士である」と一般市民へ認識させるためには、聖騎士の身分証明証、及び隊服の取得が急務である。


 スピカ好みの人殺しを侵した聖騎士と名乗るのもおこがましい罪人を見つけるまで、ひとまず座面裏部分を肩に担ぐ。

 落ちないように背もたれの穴が空いた部分に手を添え歩くことで「自宅に木製椅子を運び込んでいます」と何食わう顔をして人の行き交う従来をうろちょろしていたのだがーー


「まあ。あの人、椅子を肩に載せているわ」

「運び屋さんかしら。そのまま持って歩くなんて…」

「木箱に入れるわよね?依頼品なら」

「バランスを崩して転倒なんてしたら…」


 ーー木製椅子を肩に載せていると、村人たちからの視線が痛い。


 上半身裸の俺は村人から「運び屋…?」と印象づけることには成功したが、常にその視線は疑問で満ち溢れている。

 村人達の意見はご尤もだ。運び屋は依頼人に荷物を運搬する職業なのに、依頼品と思われる木製椅子を梱包せず持ち歩いていれば、疑問で満ち溢れるのも無理はない。

 早めに聖騎士を処刑して身ぐるみを剥いどかないと、イロモノ旅人として有名になってしまう。


「あるじさま」


 人気のない裏路地に入ると、可憐な声が俺を呼ぶ。

 木製椅子の姿で大人しくしていたスピカは、どうも人の感情に敏いらしい。

 木製椅子の脚をカタカタと震わせると、やがて近隣の家から柄の悪そうな男に突き飛ばされた幼い少女が地面に転がった。


「おっ、お願いします!魔力を分けてください!妹は、もう魔力がないんです!」

「うるせえ!病気のガキなんて餓死させろ!」

「どうして…!?私に譲渡するのはよくて妹はだめなのですか!?」

「病気のガキなんざに魔力譲渡したって、俺の功績にならねえだろーが!」

「そんな…!あの子は、人よりも魔石が発達していて、優秀な子です!ただ魔力が足りないだけなの!大きくなったら、魔力譲渡をしたことが誉れになる!だから、どうか…お願いします…!お金じゃ足りないなら…っ。わ、私の身体も、す、好きに…っ」

「誰がてめえみてえな鶏ガラを抱くんだよ!金貰っても抱けるか、ブス!」


 男は、自身が上の立場であると少女に知らしめるべく罵声を浴びせると家の中に引っ込んでしまった。

 少女は涙でグシャグシャになった顔のまま、閉じたドアを両手で強く叩き、何度も考え直してくれと叫んでいる。


「男の方、そうなのか?」

「非番の聖騎士。スピカの餌。じゅるり…」


 舌なめずりするほど待ち侘びたスピカの餌が、あの男であるようだ。

 俺は聖騎士の制服と身分証、当面の生活に苦労しないだけの金が欲しい。

 スピカは餌となる犯罪者であれば誰でも良くて、あの少女は病気の妹を助ける為に魔力を欲している。

 彼女は「お金と身体で支払うから魔力が欲しい」と言った。

 俺の魔力はスピカが必要としないので誰に渡すでもなく垂れ流し状態だ。全員の利害は一致している。


 ーーよし、やろう。


「魔力を譲渡してくれる人、探しているのか?」

「え…っ」

「俺の魔力でもいいなら、譲渡できるよ」

「ほっ、本当ですか…!?」


 木製椅子を肩に載せた上半身裸の怪しい男に話しかけられた少女は呆然とこちらの顔色を窺っていた。

 俺が魔力譲渡をすると提案すればパッと表情を明るくさせて、男が住まうドアから完全に興味をこちらに移して何度もありがとうございますと頭を下げる。


 大丈夫だろうか、この子。俺みたいな怪しい男を自宅までほいほい誘導して…。


 弱い女であることをアピールした上で

 俺を襲うための罠ではないかと警戒しながら、俺は少女の自宅へお邪魔することになった。

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