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処刑寸前、恵みの声

「うわあああ!いやだ、嫌だ!やめてくれ…っ!死にたくないっ!死にたくない!」


 手足を拘束された男が恐怖に怯え、絶叫している。近くに控える聖騎士達は男が逃げ出さないように剣を掲げ、男を取り囲む。

 助ける気などサラサラないのだろう。

 これからなんの罪もない一般人が目の前で処刑されるというのに、聖騎士達は無表情を貫いている。


「五月蝿い!黙らんか罪人が!」

「ひっ!助けてくれ…!俺が何したって言うんだよ…!?一回サボっただけじゃねえか!手違いなんだよ!金ならある!だから…!」


 誰か一人くらい手を差し伸べてくれたっていいだろ。


 聖騎士は教会に所属する騎士だ。

 原則彼ら聖騎士は聖女を守護する役目を担っているのだが、聖女はどの時代にも必ず1人存在するわけではない。

 先代の聖女リディアが亡くなってから28年ーー聖女を失った教会は、住人達に「神への信仰心は金で示せ」と派手に献金を求めるようになった。

 長年聖女不在の教会で聖騎士を志した男達は、聖なる騎士とは名ばかりの、献金額が少ない住人を虐殺する犯罪者として聖騎士の職に就いていた。


「やれ」

「いやだ!いやだあ!やめてくれ…!」


 かたん、かたん。


 鬱蒼と茂る林の中から、一人出に木製の椅子が自分の足で歩いてきた。

 4つ足のうち後ろ足2本を地面につけ、前足2本を大きい空に向けて突き上げ前に進む姿は異常の一言に尽きる。

 木製椅子は無機物だ。本来ならば、一人出に動き出すなどありえない。

 ありえるとしたら、魔獣が擬態をしているだけの椅子ではない何か…あるいは、魔石を持った異形の化け物だろう。


 木製の椅子は自ら男の前までやってくると、そのまま動きを止めた。

 まるで、「どうぞお座りください」と男を誘うように。

 かたんかたんと音を立て前進してきた木製椅子が恐ろしくて堪らない男は絶対に嫌だと暴れるので、3人掛かりで拘束され、椅子に向かって突き飛ばされる。


 あれだけ嫌がるってことは、椅子についての噂を聞き及んでいるのだろう。


 そうでなければ、大騒ぎすることなく椅子に座るはずだ。

 教会のーー聖騎士の言うことは絶対なのだから。俺たちに拒否権などない。

 教会にとって俺たちはただの金蔓。金を生み出せないなら、一時の殺戮衝動を抑えるための道具として、始末されるだけ。


「やれ」


 突き飛ばされた男は抵抗も虚しく木製の椅子に尻を付け、背もたれに背中を預けて呆然と座り込む。

 聖騎士のリーダーらしき男が命令すると、木製椅子の足元と地面の境目に黒い靄と木々の蔦がシュルシュルと音を立てて男を取り囲む。


「ひっ!ああああ!」


 男がみっともない悲鳴を上げたと同時――植物の触手が男の身体に宿る魔石を探し当てる為に絡みつくと、身体の肉ごと魔石を抉り取り、ぺいっと器用に触手を使って魔石を地面に投げつける。

 魔石はつかさず聖騎士が回収していた。抜かりない。

 男の魔石は脇腹に埋まっていた。脇腹から滴る血をジュルジュルと触手で吸い取りながら、男の全身を木々の触手で埋め尽くすと、力いっぱい触手は男を前後に圧迫する。


「…!…!」


 声にならない悲鳴が一瞬男の口から出ていたようだが、それらもすぐに聞こえなくなり、バキバキ、ムシャムシャと肉が砕ける音が響く。

 血なまぐさい臭いで気分が悪くなりそうだ。やがて男の生肉を食らう音も聞こえなくなり、触手はゆっくりと4本の椅子足に戻っていく。


 触手に包まれたあるべきはずの死体は、椅子の上には存在しなかった。

 先程まで木製椅子に男が座っていたことを証明するのは、木製椅子の座面にこびりついた血痕だけだ。


 ーー処刑椅子。


 俺がその噂を耳にしたときから、その椅子はそう呼ばれていた。

 教会近くの森で生息する、一人出に歩く木製椅子はーー座面に腰を下ろした瞬間に椅子に収納していた蔦や木々の触手を伸ばして人間を食らう。

 魔力の源である魔石を抉り取った上で跡形もなく食らい尽くす為、魔力に秀でたものでも抵抗は難しい。

 木製椅子の座面に腰を下ろしたものは、未だ誰も生還したことはないと言い伝えられていた。


「よし、次の奴を座らせろ」


 ーー処刑椅子で殺されるのか。


 悲鳴を上げる気にもならなければ、激しく抵抗する気にもならない。

 暴れた所で、手足を拘束された状態で剣を持った聖騎士に対抗する力はないのだ。


 この世界では、生まれつき身体に魔石を宿すものには魔力が宿っているが、それを正しく外へ放出できるのは一部の特例を除いて女性だけだ。

 製造の魔石を持つ男が魔力を生み出し、貯蓄と放出の魔石を持つ女が男との身体接触により魔力の受け渡し、魔法を使役する。

 男は魔力製造を行うための道具であり、自らの腕で戦うような志を持つものは騎士を志すのだ。


 生まれてからずっと女に製造した魔力を搾取される生活を送っていた俺が剣を振るって自らが助かるためだけ聖騎士に牙を向けるなどありえない。

 どうせ生き残った所で聖騎士を虐殺した犯罪者としてお尋ね者になる。

 聖騎士を殺害することなくこの処刑椅子に座らなくたって、教会から冤罪を掛けられた俺にはもう、帰る家も金もない。

 無一文でサバイバル生活をするくらいなら、このまま死んだ方がマシだろう。


「…」


 大した抵抗もせず自ら拘束された両足を使って、飛び跳ねるように木製椅子へ躙り寄り座面へと腰を下す。


 ーー享年15歳か。短い人生だったな。


「ーーあるじさま」


 覚悟を決めて目を瞑った俺にーー木製椅子が、美しい少女の声で俺に語りかけてきた。

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