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ピンクベージュなハイカラ女子

作者: 相内 充希

今作はカクヨムの公式企画でのお題、「88歳」用に書いたものです。

 桜の季節がやってくる頃。

 もうすぐ誕生日を迎える文香(ふみか)の祖母がリクエストしたのは、意外なものだった。



「サロン? いつものパーマ屋さんじゃなくて?」

 祖母は、長年行きつけにしている美容院をパーマ屋さんと呼ぶ。

 文香の母の言葉に、祖母は呆れたように深く頷いた。

「サロンだよ。都会のおしゃれなサロン」

「はあ」


 母が目を丸くするのも当然だ。

 普段の祖母は、晴れれば外で土をいじり、雨が降れば家で縫物をしたり読書を楽しむ。しかも祖母は雑読で、古典からラノベや漫画まで読むのだ。なかでも古い少女漫画が大好き。

 洒落っ気がないとまでは言わないが、基本インドア派。遠出を好まないので、母も祖母がわざわざ、電車に乗って行くようなといころに行きたいと言い出すとは思わなかったに違いない。


 それならばと思ったのだろう。母がポンと手をたたき、

「じゃあ温泉にでも」

 と、旅行に誘おうとするも、祖母は「そうじゃない」とそれを止めた。


「さっちゃん、私が行きたいのは都会なんだよ。今時のおしゃれなところ」

 さっちゃんとは母のことだ。どうやら祖母は本気らしい。


 炬燵(こたつ)で塾の宿題をしていた文香は、聞くともなしにそんな会話を聞いていた。


(ばあちゃん、九十近いのに若いな)


 矍鑠(かくしゃく)とした祖母は実際若々しい。文香の友達のおばあちゃんたちよりずっと年上のはずなのに、腰だって曲がっていないし、食欲旺盛ですごく元気だ。


 祖母の子である父は、いつものようにニコニコして二人の会話を聞いているのだろう。

 祖母と母はもともと年の離れた趣味友達で、父は祖母のもとに遊びに来ていた母に一目ぼれをして猛アタックし、結婚したのだそうだ。仲が良すぎる嫁姑である二人に、時々ヤキモチを焼いているらしい。変な親だ。


 文香が最後の答え合わせまで終えてノートを閉じると、祖母とばっちり目が合った。


「文香、おすすめのサロンを予約しておいて」

 ご機嫌な祖母に、文香はかすかに首をかしげる。

「えっ、マジで行くの?」

「当たり前だ。文香も一緒に行くよ。ついでに服も買おう。あんたの進級祝いだ」

「嬉しいけど……うーん、まあ、いいや。付き合う」

 中学三年生になるだけなのにお祝いも変な話だと思ったけれど、せっかく服を買ってくれるというのだ。ここは素直に甘えようと考え直し、文香はこくっと頷いた。


 さっそくネットでいくつかのヘアサロンをセレクトして、祖母の誕生日に予約が取れた。ちょうど塾も休みの日だ。


「お父さんが車で送っていこう。電車で行くと乗り換えが面倒だし、かえって遠回りだからね。帰りはレストランで食事ってことでどうだ? どうせお祝いするんだから」

 父の提案に、祖母も満足そうに頷いた。

「じゃあ、さっちゃんの好きなイタリアンの店がいいね。またあの、ラザーニャとかいうのを食べたかったんだ」

 ほくほくと母の好きな店をセレクトした祖母に、母も心得たとばかりににっこり笑う。


「お義母(かあ)さんの好きな、アレ(・・)のモデルになったお店だしね」

「そうそう、アレね。店員さんも男前……じゃなくて、イケメン? だったし、行けるときにたっぷり堪能してこないとね」


 祖母と母がいつものようにキャッキャと盛り上がっているところを見ると、どうやら母の好きな店は、祖母の好きな漫画か何かのモデルになった店らしい。


(ばあちゃん、イケメンとか言っちゃうんだ)


 目の保養をすれば、十年寿命が延びるなどと言っている祖母の中身は、もしかしたら文香よりも若いかもしれない。

 そんなことを考えた文香は、父と顔を見合わせて苦笑した。


   ◆


 そして祖母の誕生日。

 予約したヘアサロンは駅前なので、ひとつ前の駅で車を駐車場に停めて、一駅だけ電車に乗った。近くに駐車場がほとんどないので、このほうが確実らしい。


 二人分の予約をしてあるサロンは、実は文香が以前テレビで見て、一度行ってみたいと思っていた店だった。

 その入り口で母が父と腕を組んで、「また後で」と手を振るので驚く。


「じゃあ、お義母さん、文香。あとで迎えに来るね」

「えっ?」

「ああ、久々の映画だ。楽しんでおいで。じゃあ文香、行くよ」

「ええっ?」


 てっきり祖母と母の予約だと思っていた文香は、さっさと立ち去る両親の背中を茫然と見送る。背後にはおしゃれな憧れのサロン。実際に見るだけで満足だと思っていたのに、まさか客として入ることになるなんて思ってもみなかった。


「いらっしゃいませ」

 黒いタイトスカートを履いた店員さんに迎えられる。広いお店にきょろきょろしていると、祖母が案内されていった。どうやら今日はカットとカラーリングをするらしい。


(ばあちゃん白髪染めるんだ。ますます若返るんじゃない?)


 物心ついてから祖母の白髪頭しか知らない文香は、どんな心境の変化だろうと首をかしげる。文香が幼稚園に上がる少し前に祖父が亡くなってから、祖母は白髪染めをやめたと聞いていた。

 夜は、例のイケメンのいるレストランに予約を入れているから、ばっちり決めたくなったのだろうか。


(ばあちゃん、乙女だね)


 その後文香もカットしてもらったが、鏡に映る美容師の手を見るのに夢中で、しばらく祖母のことは忘れていた。

 最後にブローが終わり、三面鏡で後頭部まで見せてもらうと、今までで一番かわいい自分がそこに映っていて嬉しくなる。新学期が来るのが待ち遠しいくらいだ。


(クラス替えはないし、くるみちゃんや星羅ちゃんなら、なんて言ってくるかな)


 何かと目ざとい親友たちが、「いいね!」と言ってくるのが目に浮かぶ。


「あら、可愛くなったじゃないか。さすが私の孫!」

 斜め後ろから聞こえた祖母の声に満面の笑みで振り返った文香は、祖母の顔を見た途端ポカンとした。

「ばあちゃん?」

「どうだい? 女っぷりが上がっただろ?」


 かっこつけて髪を払う真似をする祖母に、文香は唖然としたままこくこくと頷いた。落ち着いているけど洒落たヘアスタイルにしてもらった祖母の髪の色は、なんと薄いピンク色だったのだ!


「まさかピンクにするとは思わなかったよ。黒とか茶色にするんだとばっかり」


 会計待ちのソファ席で文香がそう言うと、祖母はからからと笑った。

「バカ言うんじゃないよ。わざわざおしゃれしに来て黒? いまさら似合わないだろ」

「まあ、そうかもしれないけど」


 祖母が黒髪にしたところを想像すると、すごく不自然で重い感じがした。でも、

「ピンクって……」

 びっくりだよ。


「これはピンクベージュだよ。年を取ったらむしろ、こんな色のほうがいいと思ったのさ。似合うだろ?」

「うん。すっごく似合う」

 違和感がなさ過ぎて、もともとこんな色だったみたいだ。



 会計を済ませると、まだ両親の見に行っている映画が終わってない時間だったので、近所のスタバに入った。

 初スタバで注文の仕方もわからずオロオロする文香の横で、祖母は店員に相談をしておすすめを注文してしまう。まるでなじみの相手のような会話に、文香は心の中で、ばあちゃんコミュ力高っ! と突っ込んでしまった。

(今日のばあちゃんは都会の女だ!)

 きっと文香の母とも、こんな感じで友達になったのだろう。



「で、文香。サロンは楽しかったかい?」

「うん、楽しかった。またあそこで切ってもらいたい」

 甘いフラペチーノを堪能しながら夢中で話す文香を見て、祖母が満足そうに笑う。

 そこでふと気づいた。

 もしや、ヘアサロンは文香のため?


「あんたは昔から分かりやすいから。あんなふうな美容師になりたいんだろ? 今は美容師の資格が取れる高校があるんだってね」


 ずばり祖母に言い当てられ、文香は一瞬頭の中が真っ白になった。


 誰にも言ったことがない夢なのに。

 進路だって普通の高校を志望していたのに。


「何で知ってるのぉ?」

 半泣きの文香の声に、祖母はぐるりと目をまわす。

「そら、文香が生まれたときからの付き合いだからね」


 資料請求もしないでパソコンで見ているだけだったから、バレているなんて思わなかった。


「いいんじゃないか? 通えない距離じゃないし。まあ、普通に高校行ってから専門学校でもいいわけだし。あんたが何に悩んでるのか、ばあちゃんにはさっぱりわからないよ」

「だってだって。おしゃれなお店で働きたいとか、バカにされるかなって」


 浮ついているように見られるのは嫌だった。それはたぶん、本気の夢になりかけてたからだと気づき、雷に打たれたような衝撃を受ける。


「私も、さっきのお姉さんみたいな魔法の手になりたいって思って……」


 そう。文香には魔法の手に見えた。

 だからこそ、現実を見なさいって呆れられそうで怖かったのだ。

 普通に高校大学に行って、どこかにお勤めする。おしゃれなサロンは大人になってからお客としていくところだと。


 なのに祖母はそれを、「年より臭い」と一蹴する。笑い飛ばされてしまえば、自分が何に悩んでいたかも小さなことに思えた。


「魔法の手って、文香は幼稚園の時もそう言ってたね」

「そうなの?」

 いつも祖母が行く「パーマ屋さん」で、店主の娘の仕事ぶりを見て同じことを言っていたのだそうだ。

「娘さん?」

 いたっけ?

「今は他県に嫁いでるけどね。あんた、おねーちゃん、おねーちゃんって、よく懐いてたんだよ」


 記憶をさらえば、顔は覚えていなくても、小さな自分が遠くから夢中で見ていた魔法の手だけは覚えていた。きっとあのころから憧れていたのだ。


「うちに帰ったら、お父さんお母さんとよく相談するんだね。大丈夫。話も聞かずに反対する子に育てた覚えはないから」


 ニヤッと不敵に笑われ、文香は「うん、そうする」と、くすくす笑った。

 目の前が急に開けた気がした。



 その後両親と合流し、約束通り新しい服を買ってもらう。

 祖母と母も、春物の服を買ってご機嫌だ。


 そのままレストランに向かう車での道中、文香は一緒に後部座席に座る祖母に気になっていたことを聞いてみることにした。


「ばあちゃん、ピンクベージュって、似合う以外にも意味あったりする?」

 なんとなくだが、もう一つくらい理由がありそうだと思ったのだが、祖母はふふんと自慢げに胸を張った。


「文香。ばあちゃんは今日いくつになったか覚えてるかい?」

「八十八。ぞろ目でめでたい、でしょ?」

 耳たこだ。忘れるわけがない。


「そう。八十八は米寿(べいじゅ)って言うんだよ。米寿だからベージュにしたのさ」

「駄洒落か!」


Fin


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― 新着の感想 ―
[良い点] おおおーーー! なんてハイカラなばあちゃん! 素敵! 実はバイク乗れそう! そしてラスト! 米寿だからベージュ! 素敵! [一言] おもしろかったです!
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