LOVE, Love, love...
いつか、どこかで紡いだ物語。
そのよん。
空はどんよりと曇っている。大雨でも降らせそうな黒い雲が広がっている。
黒いファミリーレストランは無人のはずだった。しかし彼らはそれぞれ、均等に並べられた狭い銀色のテーブルを挟んで対面している。
「別れましょう」
女は言った。
「人は皆、秘密の部屋を持っているの。他の誰も踏み込んではいけない、心の奥底にある部屋、聖域。その中身は、自分自身にもわからない」
スパゲティにフォークを突き立て、ぐるぐると回す。
「あなたはその部屋を、渡した覚えのない合鍵を使って無理やりこじ開けた。そして、ずかずかと踏み込んできた」
スパゲティからフォークをゆっくりと抜く。フォークに巻きついたスパゲティは、螺旋状になって皿の上に広がる。
「結局、私はマジックミラーのヘルメットを被ったあなたを愛することしかできなかった」
女はフォークを置いて、自分の顔を両手で覆った。
「そこに映るのは自分の顔だけで、ほんとうのあなたの顔は見えない。だけどあなたには、私の何もかもが見えてしまっていた」
空はどんよりと曇っている。大雨でも降らせそうな黒い雲が広がっている。
黒いファミリーレストランは無人のはずだった。しかし彼らはそれぞれ、均等に並べられた狭い銀色のテーブルを挟んで対面している。
「別れよう」
男は言った。
「人は皆、秘密の部屋を持っている。他の誰も踏み込んではいけない、心の奥底にある部屋、聖域。その中身は、自分自身でさえわからない」
ハンバーグにナイフを宛がい、ぐっと押した。
「君はその部屋を、渡した覚えのない合鍵を使って無理やりこじ開けた。そして、ずかずかと踏み込んできた」
ハンバーグに宛がったナイフをゆっくりと引く。真っ二つになったハンバーグは、皿の上でそのどす黒い断面を曝け出す。
「結局、僕はマジックミラーのヘルメットを被った君を愛することしかできなかった」
男はナイフを置いて、自分の顔を両手で覆った。
「そこに映るのは自分の顔だけで、ほんとうの君の顔は見えない。だけど君には、僕の何もかもが見えてしまっていた」
空はどんよりと曇っていた。広がった黒い雲からは激しい雨が降り注いでいる。
黒いファミリーレストランは無人のはずだった。しかし彼らはそれぞれ、乱雑に並べられた狭い銀色のテーブルを挟んで対面している。
「どうしようか」
少女は言った。年齢の割に小柄で、目立った凹凸もなく、四肢は細い。身に着けた白いワンピースも控えめな輝きを発している。ただ、その愛らしい顔に走る傷跡が、左まぶたの下から頬にかけて走る一本の赤い傷跡が、一際目を惹いて止まない。
「人は皆ね、秘密の部屋を持ってるんだよ。他の誰も踏み込んじゃいけない、何ていうか……その、心の奥底にある部屋、聖域みたいな。でも、その中身は……自分自身にもわからない」
チョコレートのケーキにフォークを宛がい、すっと押し込む。
「きみはその部屋を、ピッキングしたり……その、いつの間にか作ってた合鍵を使ったりして、無理やりこじ開けようとした……それで、ずかずかと踏み込もうとした」
ケーキからフォークをゆっくりと抜く。真っ二つになったケーキは、皿の上でその艶やかな断面を曝け出す。
「結局ね、ぼくは……そう、マジックミラーのヘルメットを被ったきみを想うことしか、できなかった」
少女はケーキをさらに分断し、その一片を自分の口に運んだ。
「そこに映るのは自分の顔だけで、ほんとうのきみの顔は見えない。だけどきみには、ぼくの何もかもが見えてしまっていた……」
肩まで伸びる髪は艶やかで、やわらかそうである。しかしその幼い顔と対照的な、深い色を宿した瞳は、不思議な危うさを湛えている。
ケーキを半分残して、少女はカップの中のミルクティーを啜った。
「どうすればいいかな。どうすれば、ほんとうのきみの顔を見ることができるのかな」
少女はミルクティーが半分残ったカップを置き、目を伏せた。少女の白いワンピースは既に淀み始めている。
「やっぱり、きみがやったのと同じようにするしかないのかな……でも、それは何か違うような気がする……うん、違う。それじゃ、ほんとうの……になれない」
空はぼんやりと曇っている。激しい雨を撒き散らした黒い雲は去っていった。
黒いファミリーレストランは無人のはずだった。しかし彼らはそれぞれ、無数に並べられた狭い銀色のテーブルを挟んで対面していた。
「好き。とても好き。愛してる、はずなんだ……」
それぞれのテーブルにはまるで鏡のように、無数の顔が映り込んでいる。同じであるはずのそれらの顔の中に、しかし同じものはひとつとして存在し得なかった。
やがて彼らはおもむろに立ち上がり、別々の出口を通って、レストランを後にした。
黒いファミリーレストランは、もはや無人ではなくなった。
そして少女――いや、少年は、永遠にそれを喪いつつあった。
マジックミラーって不思議ね。
明るい側からは向こうが見えないけれど、暗い側からは向こうが透けて見える。そして、このポジションは照明の切り替えで逆転したりもする。
それにしても、マジックミラーのヘルメットを被りながらのお付き合いって、蒸れるし首も疲れそう。キスもできないね。
新しい物語のために、過去の小説を晒していこうのコーナー第四弾。
これはかなり恥ずかしい。
あいたたた……という感じ。
『去年、マリエンバートで』という映画の音楽が、頭の中でずっと流れていたのを憶えています。
出来上がったものはさて置き……。