恋せよ少女 2
悠希は努力家ではあったが、完璧主義ではなかった。悠希自身に云わせてみれば、「完璧なんて人のするものじゃない」らしいが、それを妙に悲しそうな目で話すのだった。
なので麻由里には、その姿がひどく可哀そうに映ったのだ。
そうは云っても悠希は、大抵のことは人並み以上に出来た。だが、それを殊更にひけらかすことはしなかったし、人に努力を押し付けるようなこともしない人だった。
そんな性格だからこそ、麻由里は憧れていたし、尊敬もしていたのだ。
自分が何をしても失敗ばかりで、唯一あるのは財力くらいなのだから。
諦観にも似た劣等感を、全く思わず居られるのは悠希の側だけだった。
「海乃くん。君は何故私なんぞを気にかけるのかね」
「へっ!?」
「いやいや。君が裏で色々と便宜を図ってくれているのは知っているよ。最近は遊びにも誘ってくれるし、今もこうして、一緒にお昼ご飯を食べているじゃないか」
「………」
確かに麻由里は、悠希の推考通りに色々と行動していた。だがそれは、あくまでもバレないように、こっそりとやっていたつもりだったのだ。
麻由里の頬は紅く染まる。それは隠しているつもりだった行為が、疾っくの疾うに知られていたことによる羞恥心でもあったが、一番はやはり、自分の好意を受け取ってくれていたという嬉しさだったのだ。
だが、それをそのまま伝えてしまうのは少し芸が無い。自分の持ってる想いは、ありきたりな言葉では足りないのだ。
心に浮かぶ狂おしい程のこの感情は、幾ら言葉を尽くしても伝わり切らない。その程度の想いであっていい筈がない。
これは麻由里の矜持の問題であった。
「あ、あの……悠希さん。私はね──」
震えながら口を開ける。体にかかる重力が二転、三転裏返るような──そんな気分。
依然として、麻由里は想いを伝えられずに居た。そんなことをせずとも、自分たちは既に解り合っているのだと思い込んでいた。
しかしそれまでに──悠希への好意を形にしようとすると途端に、倒錯したような麻由里の人格が顔を出すのである。
それは傲慢で、強欲で、常の彼女とは似ても似つかぬ人格であるが、麻由里はそれこそが自分の性なのだと理解していた。無論、そのまま身を任せることなど断じてしないが、その衝動のような咄嗟の自分を抑え込むのは、大変難儀なことだった。
今だって、無意識に悠希の方へ伸ばしていた手を、慌てて気が付き、その直前で押し止めていた。
「──ん?」
「………」
お互いに気まずい時間が流れる。
悠希はどうやら、手を伸ばしてきた麻由里が何かをするのを待っているようだが、勿論彼女は何も考えていない。麻由里はここからどうすれば良いのか、完全に思考停止をしたようだった。
両者の間を沈黙が支配した。
「……とっても綺麗な指先だね。白くて、長くて」
突然に悠希は喋り出し、麻由里の差し出した手のひらに、そっと自分の手を添えて包み込む。
「へっ!?」
「ああ、でも見て。爪が伸び過ぎちゃってる。これじゃあうっかり転んだときに、爪が剥がれたりするから大変だぜ?」
「えっ、ちょっ」
「綺麗な君の指に、怪我があったりしたら悲しいよ。次からはちゃんと切るんだよ」
「あ、うん。分かったけど──」言いかけた言葉を遮るようにして、悠希は席を立つ。
「さあ、休み時間もあとちょっとだ。早く教室戻って、次の授業の準備でもしようか」
そそくさと教室へ戻る悠希の姿を、麻由里はただ呆然として見逃すだけだった。
ブックマークとかしてくれると、嬉しいけどなあ。
ははは




