Echo
開いて下さりありがとうございます。
今回から、優太が生安部に入るまでのお話が続きます。
紅茶でも飲みながらどうぞ。
水のAspと出会った翌日の放課後には、優太は入部届を記入していた。
美空は隣の席から手を伸ばし、優太の書き途中であるプリントを奪い去る。
「アッ」
「生活保安部ねー」
初めて聞いたなー部活動紹介の時にあった?と問われ、優太は多分なかった、と笑う。
「えと、入部理由で詰まってるんだ」
「えーなんで?」
だって入りたい理由がきちんとあるんでしょー?
優太はその言葉に頷くが、しかし顔を曇らせる。
「もしかしてー、かわいい子がいるとか!」
「そ、そんなわけ!」
慌ててかぶりを振る優太の姿に美空は笑みをこぼす。
「書けない、なんてないと思うよー」
美空は続ける。
「だって、どんなことだって大切な縁なんだもの」
小等科三年とは思えない考えに、優太はただウン、と幼い声で返すしかなかった。
大切な縁。
確かに、昨日のあの事件は奇跡じゃなくて縁だったのかもしれない。
買った食パンを現場に忘れて帰ってしまい、母親に怒られている最中、
ニュース速報で先の事件映像が流れた。
母親は映像に映る少年が優太だと気づいて怖かったよね、と謝り、抱きしめてくれた。
それほどにAspという存在は恐怖され差別されている、化け物の類だと思われている。
しかしあの時の彼女が伸ばした掌。
あれは、救いを求めていたようにしか見えなかったのだ。
あの掌を、僕が掴んであげていれば。
「鈴木くん、友達に聞いたらその部活の顧問はナルカミ先生だってよー」
「んぅ?」
考え事で一杯だった頭が全く動かず、優太はクエスチョンマークを抱えた顔で
美空の方を向いた。
「ホラ鳴神先生だよ、あの終わったらスグどっか行っちゃう先生」
だからもう帰っちゃってるかもよ?
優太は慌ててプリントを美空から取り戻すと、バッグを掴んで教室の外へと走り去る。
「もー、本当にいつもぼーっとしてるんだからー」
美空はそう呟くと、ニッコリと笑った。
「失礼します!鳴神先生はいますか?」
職員室に汗だくで入室した優太は、大きな声であいさつをした。
手前の先生達はビックリして、社会担当の望月先生はコーヒーを少しこぼした様だった。
「鳴神先生は、いつもの所にいるんじゃないかね」
コーヒーを拭き取りながら、望月は嫌な顔をして答える。
「いつものところ?」
「中等科2-F、空き教室を好き放題に使っていると思うがねぇ」
望月は鳴神が嫌いなのだろう、厭味ったらしい声でそう答えると、
シッシッと、優太を手を振って追い出した。
優太は望月のことを気にも留めず、失礼します、と退出して、
少し重い足取りで中等科の授業棟へと進む。
小等科の授業棟のすぐ隣に建つ、六階建ての授業棟。
優太達小等科も六階建てで殆ど同じ高さなのに、先輩達がいる初めて入る場所は、
酷く重圧に感じる。
重い一歩を踏み入れると、どうやら中等科はまだ授業時間が続いている様で人気がない。
優太はなぜか恐々足音をあまり響かせない様に上の階へと昇る。
二階で授業中の教室の横を少し屈みながら進んでいくと、
探していた2-Fは見つかった。
扉と窓が締め切られ、内側は遮光カーテンで仕切られているのか全く様子が分からない。
優太は意を決して、扉をノックした。
美空ちゃんと望月先生は設定に名前がなかったのですが、小説書き中に生まれました。
何となくキャラ構想はしているのですが、突然しゃべりかけてきたんです。
美空カノンという名前です、後々沢山出します。
次回投稿予定日:6/18 7時