3-1 裏社会の魔王、生徒会に入る
その日の朝、オーマが転入するクラウディウス高校の制服が届けられた。
常人の倍ほどの布地を使った制服は彼の体にピタリと合い、新品の着心地もあってよい仕上がりとなっていた。
「オーマ様、失礼します」
彼が自室の鏡で自分の制服姿を確認していると、サラリサがやってきた。
「いよいよ今日から学校ですね」
「ん」
「差し出がましいようですが、念のため学校生活を送るにあたっていくつかご注意を」
「ん」
「まず人付き合いですが、最初は魔族であることは隠して過ごされるとよいかと。今のオーマ様の御姿はほぼ人間ですのでバレる心配はありません」
「ん」
「次に授業ですが、こちらは全力でやってよろしいでしょう。どうぞ他の人間どもを圧倒し、格の違いを見せつけてきてくださいませ」
「ん」
オーマはずっと生返事を繰り返す。
……どうやら新品の制服に浮かれているようだ。
そんな彼の態度に怒ることもなく、「最後に」と言ってサラリサは脇から紙束の入ったファイルを取り出す。
「それとこちらのリストをお持ちください」
「リスト?」
そこで初めてオーマは振り返り、そのファイルを受け取る。
「私の目から見て『これは』と思う生徒のプロフィールになります。ご学友を選ぶのに是非ご活用ください」
そのリストにはクラ高でもエリート中のエリートとなる生徒の、ありとあらゆるデータが記載されていた。
これを使えば多感な年頃の少年少女を揺さぶり、弱味を握ることも容易いだろう。
そのために彼がクラ高に通うと思っているサラリサは、気を利かせたつもりでこのリストを用意したのだろう。
しかし。
「……いらねぇ」
オーマはリストを一瞥したあと、ファイルごとベッドの上に放り捨てた。
「……! 失礼しました」
せっかく用意した物をぞんざいに扱われ、サラリサは口許を手で抑える。
その顔はなぜか尊敬と喜びに満ちていた。
「獲物はご自分の目で見て選ばれるおつもりですね。私としたことが過ぎた真似を致しました」
「いや……まあいい」
オーマは何か言いかけたが面倒になったのか途中でやめた。
「まもなくご送迎の準備が整いますので、もう少しお待ちくださいませ」
「ん……だが、本当に車でガッコー行っていいのか?」
そこが少しオーマの気になっていたところだった。
「問題ございません。クラウディウス高校は人間の王族も通う名門校です。実際、送迎車用の駐車場もございます」
「そうか」
ともあれ学校が楽しみなことに変わりはなかった。
オーマは再び鏡に向き直り、送迎の車の準備が整うまで新品の制服を眺め続けた。
その一時間後、オーマは高校に初登校した。
そこで彼は最初の躓きに気づく。
まず意外と車登校の生徒が少ない。
クラ高は名門校だが、近年は一般に門戸を開放している。
そのため運転手つきの車で送迎される生徒は一部のエリートに限られるのだ。
「二代目! 足許にお気をつけくだせぇ!」
次に送迎車のドアを開けてくれる運転手の顔が厳つい。
他の運転手が金持ちの使用人っぽい若者や老人であるのに対し、オーマのところの運転手は四天会の三下が務めていた。
同じ運転手なのにこれがまた雰囲気が違うったらない。
もうその三下が車の外に出た瞬間、周囲の生徒がザワついたほどだ。
という感じで、彼の初登校は非常に悪目立ちする結果となってしまった。
「二代目! 行ってらっしゃいませ!」
「おう……もう少し声落とせ」
「へい!」
大声を張るのも深々とした礼も彼なりの礼儀だ。
ゆえに咎めるわけにもいかず、とりあえず明日からは徒歩通学にしようと思いながら、オーマは下駄箱へ向かった。
「オーマ……ローゼンさん。こちらがあなたが入る一年A組です」
「はい」
これから担任となる教師の言葉に頷きつつ、オーマは視線の高さにある『一年A組』のクラスプレートを見つめる。
ちなみにローゼンというのは偽名だ。
今の彼は四天会がバックにいるフロント企業の御曹司ということになっている。
「転入生が来ることは事前に伝わっています。教室に入ったらまず私が話しますから、その後は軽く自己紹介も兼ねた挨拶をしてください」
「……はい」
本当はもう少し待って欲しかったが、担任はさっさと開けてしまった。
仕方なくオーマも担任に続いて、少しざわついている教室の中に入る。
「はい皆さん、お静かに」
やはり育ちがいいのか、担任のひと言で教室は静かになった。
「昨日お伝えした通り転入生をご紹介します。こちらローゼン商社の~~~」
担任はオーマの偽プロフィールを読み上げていく。
「さて、それではローゼンさん。ひと言挨拶を」
「はい」
担任に促され、オーマは頷く。
同時に教室中の視線が彼へ注がれた。
「……」
その瞬間、思わずオーマの表情筋はかつてない強張りをみせた。
――魔王たる者、他者に対しいたずらに弱味を見せること勿れ。
幼少期よりサラリサに魔王の英才教育を受けた彼は、緊張や重圧を感じるとそれを面に出さないために顔面に力が入ってしまうのだ。
穏やかな表情さえしていればむしろ眠そうに見える顔なのだが、力んだ時の彼の眼力たるや猛禽類か大型肉食獣のそれである。
「ヒッ……!」
最前列でオーマの間近にいた女子生徒が悲鳴を上げ、目尻に涙を浮かべて震え出す。
全員が彼女と同じ反応をしたわけではないが……オーマに抱いた印象は皆同じだった。
「……オーマです。よろしくお願いします」
「はい。ありがとうございます」
隣に立っていたため彼の顔を見ずに済んだ担任教師は、何事もなかったように朝のホームルームを進行する。
「ではローゼンさんは自分の席へ。あの窓際の最後尾にある机になります」
「はい」
オーマは元の穏やかな表情で頷いて自分の席へ向かう。
自己紹介を終えた安堵の所為か、彼はクラスメイトたちの様子に一切気づいていない。
そうして非常に重たい空気のまま一時間目が始まり……
そのまま一ヶ月が過ぎた。