2-4 二代目、襲名
実に遠大な計画を語り終え、満足げな顔をするサラリサ。
が、それがあの新頭首の意図だと説明されても、まだオルドにはピンと来なかった。
「……本当にあの二代目がそんなこと仰ったんで?」
「ですから言葉の裏を読みなさい。よき部下とは主の意図を汲み取るものですよ」
サラリサは自信たっぷりに、それどころかオルドを叱るように言う。
だが……仮に彼女の言う通りだとしても、彼にはそんな何年もかかる計画をもう待ってられなかった。
「いや姉御、だとしても! そんな悠長なこと言ってられませんぜ。姉御もご存じでしょう? 近頃、竜王会の三下どもがウチの縄張りで好き勝手やってることを」
オルドはグッと身を乗り出してサラリサに訴える。
「ヤツらが調子に乗る前に一発ガツンとかましてやらないといけません。それには二代目にバシッと旗頭に立っていただいて、西の連中と戦争をしていただかないと!」
「オルドさん……ですから今後はそういう脳筋思考は控えて」
「姉御!」
叱るというよりむしろ呆れ気味のサラリサに、オルドはなおも詰め寄る。
感情が入りすぎた彼の赤髪は再び炎となり、必死の形相は鬼のようである。
「オルドさん、熱いですよ」
普通の女性ならまず悲鳴を上げる場面だが、流石四天会の女傑は炎の熱を軽く手で払う仕草をしただけだった。
そこで引いておけばよかっただろうに。
「頼みますよ姉御! 姉御が号令出してくれりゃ他の連中だって覚悟決めて……!」
しかし、身も心も熱くなりすぎたオルドは引き時を見誤る。
全身から火を噴きながら詰め寄るその姿は、傍目にはどう見ても彼がサラリサを襲っているようにしか見えなくて――
「何してやがる……?」
そこへ、低く、重たい……重たい声がかかった。
「……ッ!?」
オルドは背筋を覆い尽くすような声の圧で息を止めた。
一瞬分からなかったが、今のは間違いなくあの襲名式で聞いた新頭首の声。
だが、同じ低い声なのにあまりにも質が違う。
その声から感じる重圧は、武闘派筆頭として数多の修羅場を潜り抜けた彼を身震いさせ、振り返るのを躊躇わせるほどのものだった。
「そこで、母さんに何してんだ?」
「ッ!」
二度目の声――今度は反射的にオルドは振り返った。
それは生物としての防衛本能だったのかもしれない。
ともかく彼は恐怖から身を守るため、背後の『ソレ』と対峙し。
そこから先の記憶がオルドにはない。
料亭中に轟いたそのドンッ!!という爆弾が爆発したような轟音は、当然のことながら宴会場にいたレイジたちの耳にも届いた。
「な、何だ!?」
レイジを含む四天会の面々は慌てて廊下に飛び出し、万が一に備えた戦闘態勢で音の響いた方角へ走っていた。
そこで見た光景に、先頭を走っていたレイジは目を丸くする。
「こりゃあ一体……」
彼の視線の先では、建物の一角が丸々爆ぜて粉々になっていた。
廊下や天井、壁に到るまで粉砕され、外の風が建物の中に入り込んでしまっている。
しかも破片の飛び散り方から見て、どうやら爆発は内側から起こったらしい。
だが火薬のような匂いも、魔法の痕跡も一切ない。
まるで突如廊下に巨大な化け物が一瞬現れ、忽然と姿を消したような……そんな有り様である。
「レイジさん」
「! サラリサ様、ご無事で」
不意に横の部屋の戸を開けてサラリサが現れ、レイジはその姿を見て安堵の息を吐く。
「サラリサ様、ここで一体何が?」
「さあ? 私もさっき来たところでね。それより」
サラリサはそう言いながら何かをレイジに向かって投げ出す。
それは気を失ったオルドだった。
スーツの所々が破れているがケガはなく、どうやら失神しているだけらしい。
「オルド!? 姿が見えないと思ったら……」
「そこの廊下で倒れているのを見つけてね。悪いけれど、その辺の部屋を借りて看病してやってくれます?」
「は、はい。それはもちろん」
「頼みましたよ」
用件だけ告げ、サラリサはまたどこかへ行ってしまった。
「……」
何か知っていそうだが、かといって呼び止めるわけにもいかず、仕方なくレイジは預かったオルドの体を揺すった。
「おいオルド……起きろ、おい」
「……う……うぅ……んん」
その時、ほんの少しオルドの瞼が開く。
「起きたか。ここで何が会った?」
「ナ、ニ……が……あ、俺は……さっき……」
覚束なくも何か思い出そうとしたオルドだったが、そこで急にカッと目を見開き。
「ひぎゃああああ!」
「お、おい!?」
「あっあばっあばばばばおだすげええええええ」
いきなり赤ん坊のように大泣きし始めたオルドは「おがあぢゃあああん」と叫んだあと、今度は白目を剥いて全身をビクンビクンと痙攣させ。
「おっおおおおぴっ!? あばばばばばひぎいいいいやめっあああああああああ!?」
と、意味不明な絶叫を上げ、その内またガクーッと力を失って再び気絶した。
まるで恐怖のあまり幼児退行を起こしたような有り様に、レイジたち一同は心配するよりもむしろ呆気に取られてしまう。
「こいつがこんな風になるなんて……一体何があったんだ」
オルドの勇猛さを知っているレイジは思わず生唾を飲み、ともあれ気を失ってしまった彼を介抱するため、部下とともに肩を貸して空き部屋へと運んだのだった。




