2-3 二代目、襲名
ほかに質問が出ることもなく襲名式は終了した。
その後、四天会の身内のみ料亭へ移動し、そこでオーマの襲名を祝う宴が開かれる。
四天王たちも固まった席に集まって酒と肴を楽しんでいた。
「しかし、いきなり学生になると言い出すとはたまげさせられましたな」
チビチビと酒を呑みながらレイジがマリンに話しかける。
「お歳を考えれば普通のことなのでしょうけど……ねぇ」
「16歳というと、高校生でしょうか」
「そうですわねぇ……というか、まず入学できるのでしょうか?」
「そこはサラリサ様が上手くやるでしょう」
「ああ、ですわね……」
「まあ、そこは問題ないでしょうが……」
取り留めもなくふたりは話すが、どこか奥歯に物が挟まったような話し方だった。
「……いや、何でですの!?」
ついに我慢できなかったのか、マリンがダンッと杯をテーブルに叩きつけて言った。
「あの方は魔王様なのでしょう!? あの伝説の!? 人類の勇者を相手に大陸を二分して戦ったという!?」
「まあまあ、落ち着いて」
レイジは周囲の目を気にしてマリンを宥める。
「スミマセン……いえ、まあ別にいいんですのよ? 別に私はオルドさんみたいに戦争がしたいわけではありませんし? ただちょっとイメージが……」
「分かります。私もですから」
襲名式の前にオルドとも話していたが、魔族にとって魔王とは伝説に近い存在だ。
魔族なら誰もが子供の頃から、数々の魔王伝説を寝物語に聞かされて育っている。
また実際に魔王を知るサラリサが熱烈な魔王信奉者であり、四天会では魔王を神の如く奉っていた。
前述の通り彼女自身も四天会では強烈なカリスマの持ち主だ。
その彼女がかつて忠誠を誓った魔王とは一体どれほど偉大な『王』だったのか?
四天会に所属する者ならば、そんな想像を頭の中で膨らませたことが必ず一度はある。
それは四幹部のレイジやマリンも同じことだった。
だったのだが……。
「何と言うか、普通? でしたな」
「外見は魔族なら変身をあと何回残してるとかありますけど、顔に覇気がないというか」
「逆にあの歳で落ち着いているとも言えますが、まあそうですなあ」
覇気がないとマリンは言うが、並み居る強面ばかりの襲名式であの落ち着きはたいしたものとも言える。
やけに引いた態度も、組織運営のいろはも知らない内から出しゃばるよりマシかもしれない。少なくとも変な指示を出されて現場が混乱する危険はないのだから。
しかし……しかしだ。
ただのいい子ちゃんというだけでやっていけるほど、この社会は甘くもない。
「まあ、まだお若いですし、今後のサラリサ様の教育に期待というところでしょう」
「そうですね。サラリサ様でしたら……?」
「……ん?」
そこでふたりはふと気がついた。
いつもなら一番騒がしい奴がさっきからやけに静かだと。
レイジとマリンは同時にテーブルの隣に目をやる。
「……」
そちらでは相変わらず無口な四天王のノームがひとりで酒をチビチビ呑んでいた。
「オルドの奴……どこに行った?」
レイジたちがオルドの不在に気づいた頃、当の本人はとある人物を追って宴会場の外に出ていた。
「サラリサの姉御!」
「おや? オルドさん、どうかしたのかしら?」
オルドが呼び止めるとサラリサは立ち止まり、たおやかな仕草で振り返った。
そこは料亭の端っこで、ちょうど廊下の角となった密談に持って来いの場所だ。
「姉御、折り入ってお話が……」
「何ですか?」
新頭首に期待できないと考えた彼はこうなったらと、竜王会との戦争を彼女に直談判しようとしていた。
「めでたい日にいきなりこんなこたぁ言いたかありませんが……姉御は二代目のことをどうお考えで?」
「どう、とは?」
惚けるようにサラリサは小首を傾げる。
「そりゃもちろん〝ガクセー〟の件ですよ。本当に二代目を学校に通わせるんで?」
「それに何か問題が?」
「問題でしょう。んなカタギのガキみたいな……俺らの稼業に学なんて必要ありやせん」
「……その脳筋はいい加減直した方がよいですね」
サラリサは窘めるようにオルドの言を制した。
「それに学校に通いたいというのはオーマ様たってのご希望です」
「しかし……!」
「いいから聞きなさい」
サラリサはまっすぐオルドを見つめる。
「オーマ様にはこの国一番の名門クラウディウス高校に入っていただきます。あの御方なら一年もせずに学校全体を支配下に置かれるでしょう」
「はぁ……? それがどうかしたんで?」
名門校に入って学生を支配したとして、それが何だというのか?
彼女の話が分からず、オルドはただ尋ね返すしかない。
「クラウディウス高校には各界の大物の娘や大企業の子息、さらに現在は王族の血縁者も複数人在籍しています。そして彼らもやがては親の地盤や権力を引き継ぎます」
そんな彼らを学生の内に支配下に置く。
手段は問わない。
力で屈服させるもよし。
弱味を握るもよし。
あるいは彼のカリスマで相手を心酔させてもいい。
とにかく全員を一生オーマに逆らえない状態にしてしまう――
「――そうして権力者となった彼らを傀儡とすることで、オーマ様はこの国の全てを支配するおつもりなのですよ」




