2-2 二代目、襲名
さて、まもなく襲名式の開始時刻となり、本家頭首代理を務めるサラリサが大広間の戸を開けて現れた。
元魔王付き参謀にして千年を生きる大魔女。
かつての人魔大戦の生き残りであり、魔法に対する造詣は他の追随を許さない。
また初代魔王から後事を託され、初代四天王とともに四天会を創始したのも彼女だ。
さらに時流を読む感覚にも優れ、頭首代理として四天会をここまで大きく育て上げた才覚才腕は、確かな実績とともに保証済み。
その権力と人望は凄まじく、現四天王ですら彼女には逆らえない。
衰えを知らぬ美貌の大魔女は静々と大広間を進み、上段の間のすぐ脇に腰を下ろす。
と、そこで彼女はふと眉を潜めた。
「焦げ臭いですね」
「……っ!」
「……っ!」
「……っ!」
サラリサの呟きにギクッとなる四天会幹部筆頭の三人。
彼女は視線をスッとオルドに向ける。
「オルドさん、なぜ上半身裸なのですか?」
「あ、いえ、今日は暑くて」
「暑い? まだ春には遠い季節ですよ」
「こここ今年は暖冬ですから! ハハハ、俺が暑がりなのは姉御もご存じでしょう?」
「ええ、あなたの好き嫌いも何もかもご存じですよ」
表情ひとつ変えないサラリサに、オルドはもう冷や汗ダラダラだった。
ふと彼女の視線が今度はレイジに移る。
「ところでレイジさん? あなたもさっきから落ち着きがないですね」
「い、いえいえ、まさかそんな、ハハハ、儂はいつも通りですが?」
「そうですか。あとマリンさん」
「は、はい!」
「あなたの周りの畳が濡れているようですけれど、何か心当たりは?」
「そそそその! あっそうです! オルドがさっき水をこぼしました!」
「ハァ!? それはテメェの魔法の所為だろ、俺の所為にすんな!」
「このバカ! 黙ってなさいよ! 元はといえばアンタが起こしたボヤ騒ぎを私が消してあげたんでしょうが!」
「ふたりとも自爆テロはやめろ!」
「テメェもナニ無関係な顔してんだ老いぼれ!」
「……」
ギャンギャンと醜く責任をなすりつけ合う三家の頭首たち。知らんぷりのノーム。
「――三人とも、静かに」
「「「ンンンンン~~~~!?!?!?」」」
途端に三人はそれぞれ自分の手で自らの口を塞いだ。
サラリサの魔法である。
彼女ほどの大魔女ともなれば、ただの言の葉で他者を操るなど造作もないことであった。
さて、幹部三人が少々無様な格好となったが――ついに襲名式の時刻となった。
「ではこれより、二代目魔王オーマ様の四天会頭首襲名式を行います」
サラリサの声と同時に大広間の上座の戸が開き、そこから正装を着た少年が現れた。
「もごごご」
手で口を塞いだオルド(まだ魔法を解いてもらえない)は、その少年を見て思った。
(フツーのガキじゃねぇか)
格好は立派だ。おそらくサラリサが用意したのだろう。
だがどうにも衣装に着られている感が強い。
体格は16歳にしては立派だが、顔立ちは妙に眠たげで威厳に欠ける。
(これが例の二代目かよ……)
あれこれ言っていたが、実はオルドは『魔王の二代目』に密かに期待していたのだ。
これまで四天会をまとめてきたサラリサは、実は竜王会との抗争に消極的だった。
彼女の目的は常に四天会の存続と発展に尽くされている。
つまり抗争のような金と力の無駄遣いには根本的に興味がないのだ。
無論、やられればやり返す。
が、決してこちらから仕掛けたことはなかった。
それがオルドには歯痒かったのだ。
面子。仇討ち。勢力拡大。
理由は様々だが、根っから闘争を愛するオルドは竜王会との抗争、いや、戦争を熱望していた。
かつて人類と大戦争を繰り広げた魔王の後継者が新頭首となれば、いよいよその望みが叶うのではと思っていたのだ。
だが、その期待はどうやらはずれたようである。
(いちおう真の姿を隠して擬態してる可能性もあるけどよ……)
本人の能力か、サラリサがそのような魔法を指導していれば、それは可能なはずだ。
四天会頭首ともなれば敵は多い……なら、真の姿を隠す意味はある。
だが今日の襲名式は四天王を含む部下たちに対する面通しも兼ねているのだ。
そんな場で面を晒す度胸もない臆病者に戦争が起こせるだろうか……無理だろうなとオルドは心の中で嘆息した。
オルドの密かな落胆をよそに親子盃などの儀式も進んでいった。
やがて襲名式も後半――二代目の挨拶が始まる。
「ではオーマ様、皆様に今後の抱負などをひとつお願いします」
「ん」
サラリサに促され、オーマはゆったりとした動作で立ち上がる。
「抱負っても、俺が今すぐどうこう口出しする気はない。何かあれば相談役に聞け」
オーマは低い声でポツポツと話した。
彼が頭首となったことで、頭首代理だったサラリサは自ら相談役に退いた。
とはいえ、まだ若く二代目を襲名したばかりの彼に組織の運営は不可能。
今後も実質的に四天会は彼女が主導していくのは明白だ……明白だが。
(それを実際口にしちまうのか)
裏社会では面子が重んじられる。
仮にも組織のトップが「何かあればナンバーツーを頼れ」と広言するとは情けない……と、そのような評価を周りから下されかねないのだ。
(こんな坊やが二代目とあっちゃ竜王会のヤツらにますますつけ込まれちまう)
ゆえにオルドの危惧、あるいは不信感を抱くのも無理からぬことだった。
その後も二代目の挨拶は終始控えめで、『魔王』に様々な想像や期待を膨らまされていた人々は拍子抜けを味わった。
「……最後に、俺に訊きたいことはあるか?」
スピーチの終わりに、オーマはその場の全員に尋ねた。
それは突然現れた自身に対して質問があれば受け付けるという意味だろう。
だが襲名直後の頭首に妙な質問などできるはずもない。
万が一、オーマが答えに詰まれば彼に恥をかかせることになる。
そんなことをしでかせば、それこそサラリサが黙っていないだろう。
仮に訊きたいことがあったとしても、後日に回すのが無難――誰もがそう判断した時。
「……俺からひとついいですかね?」
オルドがまさかの手を上げた。
場がざわつく。同じ四天王のレイジとマリンも一瞬ギョッとした。
「何だ?」
オーマがオルドに視線を向ける。
彼は周囲の注目を集めながら、その若い新頭首に向かって口を開いた。
「さっき四天会のことは今後しばらくは相談役に任せるという旨をお聞かせいただきましたが……では、二代目はその間どこで何をするおつもりですか?」
流石に最低限の礼儀は弁え、オルドはかなり丁寧な言葉で質問をした。
だがオルドのその発言で、周りの人々は心臓が潰れそうな恐怖を覚える。
先程誰もが懸念した「二代目に恥をかかせる」可能性の高い質問だったからだ。
もしオーマが言葉をしくじれば、本家とサラマンダー家の間に確執が生まれかねない。
「ん、俺のことか……」
オーマは一度質問を咀嚼するように頷く。
その素振りは答えに詰まっているようにも見え、見ている者たちをハラハラさせた。
そうして一同の視線を一身に集めながら、オーマはついに口を開いた。
「俺は、しばらくガクセーってのもやろうと思う」
ガクセー。学生。
オーマが口にした意外な「答え」に、全員がポカンと呆気に取られたのだった。




