12-4 魔王様、勇者の手下を演じる
「小癪な! ええい者どもかかれかかれ!」
「おおおおおー!」
魔王の号令とともに、両袖の舞台脇からわらわらと配下の魔族が現れる。
「囲まれたか。行くぞみんな!」
「分かりましたユーマ太郎さん!」
「俺たち絶対負けません!」
(……しまった。セリフが……!)
劇も後半。付け焼き刃で覚えたセリフが飛んでしまい、オーマは一瞬慌てる。
「……ウス!」
こうなったらと、勢いのまま頷くだけ頷いた。
別におかしな演技というわけでもなかったので、特に子供たちが違和感に気づいた様子はない。
そのまま劇は一番の見せ場となるクライマックスの殺陣に突入する。
福祉部もここに力を入れていたのか、それは見事な活劇だった。
十人近い人間が入り乱れ、互角の勝負を演じる様に子供たちも大盛り上がり。
「……ッ!」
逆にというか、だからこそというか、ゆえにオーマは困っていた。
殺陣というのはあらかじめ動きが決められている。
だが何のリハーサルもしていない彼にはその動き方が分からない。
それは練習を重ねた福祉部も同様だ。
何の打ち合わせもしていないオーマと息が合わず、誰も彼に攻撃をしかけないという不自然な状況ができあがってしまっていた。
「……むむっ! おのれそこの犬め! 我々が戦っている間に、こっそりと姫を助けようとしているな!」
その時、魔王が大袈裟なセリフとともに犬に向かって叫んだ。
確かにこの時のオーマは殺陣から弾き出される形で、偶然魔王城のすぐ傍に立っていた。
部長の咄嗟の機転だが、彼の立ち位置がよかったお陰で、運よくセリフに説得力が生まれている。
「おのれ! そうはさせぬぞ!」
魔王は手にした剣を大上段に構えて犬に斬りかかる。
それもわざとで、斬るタイミングを分かりやすくして、オーマに演じやすくさせるためだ。
(有難い……!)
オーマは自分をフォローしてくれた部長に感謝しつつ、ここはガッツリやられる演技をしてみせようと身構える。
「どりゃあ!」
「うっわあああ!」
部長の斬る動作に合わせ、オーマも派手に後ろに倒れた。
いい演技だったが、ひとつ彼は忘れていた。
自分が何の傍に立っていたのか?
具体的に言えば、自分の後ろに何があったのか。
ドンッ、とオーマの背中に衝撃が走った。
「キャッ!」
同時にツクモの悲鳴が聞こえる。
「!?」
驚いてオーマが頭上を見上げると――崩れた魔王城のセットからツクモが落下するところだった。
自分がぶつかった所為だとオーマは気づく。
突然のトラブルに誰もが息を呑んだ。
「……ッ」
全員が動きを止めた中で、一番に動いたのはやはりオーマだった。
彼は素早く立ち上がると即座に跳び、セットの上から投げ出されたツクモを空中でキャッチする。
「あ……」
「あ……」
「あ……」
その瞬間、キャッチしたオーマ、キャッチされたツクモ、そして彼らの落下地点にいた部長がそれぞれ声を漏らした。
時間の流れがスローモーションに感じたのも一瞬。
「ぐえぇ!」
跳んだオーマの腹に潰される形で、部長がヒキガエルのような悲鳴を上げた。
ふたりがケガしないように彼があさっての方向へ向けていた剣が、プルプルと震えた後にカランッと床に落ちる。
まさかの展開に一同呆気に取られる。
子供たちと一緒に劇を観ていた先生たちも目を丸くしていた。
「………………」
一番焦っているのはもちろんオーマ自身だ。
ここまで来てまさかのやらかし。
フォローしようにも魔王役の部長は彼の下敷きになって気絶している。劇の続行は不可能だ。
「魔王……犬さんが倒しちゃった」
その時、子供のひとりが呟いた。
そして。
「犬さん……つよーい!」
「スゴーい!」
子供たちの間から歓声が上がった。
「……!?」
思いがけない反応にオーマも戸惑う。
どう見ても犬が一番強そうだったのが功を奏し、「なんかあの犬さんなら魔王も倒しちゃうかも」と子供たちに受け入れられたようだ。
『え……あっ! こ、こうして魔王を油断させた犬さんの活躍により、無事にお姫様は助け出されたのでした!』
子供たちの反応を見て、ナレーションも慌てて話を合わせる。
こうして、内情はトラブルの連続だったものの、『ユーマ太郎』の劇は無事に終わったのだった。
余談だが、これ以降子供たちの間で犬の人気が上がったとか何とか。
「部長さんにはとんでもないご迷惑をおかけして、何とお詫びすればいいか」
「いやいや気にしないで! 今日はホント助かりましたよ」
深々と頭を下げるオーマに部長は何度もそう言った。
幸いケガはなかったとはいえ怒ってもいいはずなのだが、彼はオーマを責めたりせずにただ協力してくれたお礼だけ口にした。
「なんかコメディっぽくなって子供たちにも受けたし、結果オーライですよ」
「……ありがとうございます」
さすが福祉部の部長を務めるだけはあるというか、彼の好人物ぶりにオーマも感謝し、もう一度短く頭を下げた。
「それじゃあ私たちはお先に失礼しますね」
ツクモが部長に挨拶し、ここで生徒会のふたりはお暇することになった。
「はい。今日はありがとうございました」
部長に見送られ、オーマとツクモは孤児院を出て駐車場へ向かう。
「オーマ君もお疲れ様。劇も結構楽しかったね」
「……ッス」
失敗をしてしまった手前、素直に喜べない。
そんなオーマの心情を見て取ってか、ツクモはチョンチョンと彼の腕をつつく。
「あのね……」
「?」
ツクモが小声で囁くので、オーマは屈んで耳を傾ける。
すると彼女は背伸びして彼の耳元に口を寄せて。
「さっきオーマ君に助けてもらった時ね……とってもお顔が近くて、私思わずドキッとしちゃったの」
「……!?」
「これ、内緒ね?」
そう言ってツクモはオーマから離れ、イタズラっぽく微笑んでから運転手の待つ車の許へ小走りに走っていった。
「……」
離れていく彼女の背を見ながら、呆然としたオーマは少し赤くなった耳元を無意識に押さえるのだった。




