12-3 魔王様、勇者の手下を演じる
そして開演時間。
『むかしむかし、あるところにユーマ太郎という少年が暮らしていました』
ナレーションが物語の冒頭を告げる。
「起きて。起きなさい、ユーマ太郎」
「ううん……おはようございます、お母さん」
母親に起こされるユーマ太郎。
眠そうに目を擦る彼に対し、母親はいきなり剣と盾を渡す。
「今日は旅立ちの日よ。仲間を集めて、魔王を倒しに行きなさい」
「はい」
『こうしてユーマ太郎は魔王を倒す旅に出ました』
と、ユーマ太郎はセリフふたつで魔王を倒しに旅立った。
(話が早ぇな)
舞台脇で出番を待つオーマは素直な感想を心の中で抱く。
原作でもこの辺りは簡略化されているのだろう。
『山を越え、川を越え、ユーマ太郎は魔王が待ち受ける魔王城を目指しました』
それにしてもこのナレーションは有難い。
現在進行形でオーマも借りた台本を確認しているが、ナレーションのお陰で話の大筋がそれなりに理解できる。
『旅に出たユーマ太郎は旅の途中で仲間たちと出会います』
「オーマさん、そろそろ出番ですよ」
「……ウス」
完全にではないが、犬のセリフは大体拾えたと思う。
不安があるとすればこれ以降はずっと出突っ張りなので、台本の再確認ができないことだが……まあ、何とかするしかない。
『さて、鳥、猿を仲間にしたユーマ太郎。次は牧場を追い出された犬と出会いました』
そのナレーションとともに、オーマは舞台袖から姿を現した。
犬の着ぐるみを着て。
着ぐるみといっても顔が見えるタイプで、どちらかというと着るパジャマの犬バージョンだ。
お手軽かつ安価であることを考えれば、福祉部が演劇の犬役にこの衣装を選択したのは間違いではない。
問題は、それを着るのがオーマになったことだろう。
着ぐるみ自体はゆったりとした作りで、平均身長以上であれば誰でも着られるようになっている。
しかし、それを鑑みてもオーマはあまりに体格がよすぎた。
縦幅もそうだが、厚すぎる胸板に太すぎる手足がもうギッチギチだ。
「ねぇー、あれ犬じゃなくてゴリラだよー?」
子供たちからもそんな声がそこかしこで上がる。
とはいえ、衣装はこれしかないので仕方ない。
もうやるしかないと腹を決め、オーマはグッと腹筋に力を入れた。
「ユーマ太郎さんユーマ太郎さん。そのお腰につけたピーチ饅頭、おひとつくださったなら…………あんたの仲間になりますよ」
途中つかえたが、オーマは大まか台本通りにセリフを言った。
だがそのセリフのタメが変な含みを持たせ、何か妙な迫力を伴わせた。
「あ、ああ、ならこのピーチ饅頭をお前にやろう」
ユーマ太郎役の少年はかろうじてセリフを言って、腰の袋からピーチ饅頭を取り出す動作をする。
実際にピーチ饅頭を持っているわけではないので、あくまで芝居としてのフリなのだが――オーマは即座にユーマ太郎の前で膝を着き、恭しく頭を下げ、両手を掲げるようにしてそれを受け取った。
まるで王に忠誠を誓う騎士か、親分に盃を分けてもらった子分のような所作。
いくらなんでも大袈裟すぎるが、オーマもわざとやっているわけではない。
なぜなら彼が読んだ台本に受け取る時の動き(いわゆるト書き)がなかったからだ。
この辺はリハーサルができなかったゆえの弊害である。
そのためオーマは彼なりに考え、「主君に仕える手下として相応しい動き」をやったに過ぎない。
「ありがとうございます、ユーマ太郎さん」
「う、うん。よろしく、お願いします」
迫力満点の犬のお礼に、ユーマ太郎は逆に恐縮した態度で頷いた。
『……あ、えっと、というわけで三匹を仲間にしたユーマ太郎は魔王城を目指します』
ナレーションもやや戸惑い気味にお話の続きを読み始める。
ちなみにだが『ユーマ太郎』における犬のポジションはいわゆる三枚目だ。
牧場を追い出されたのも牧羊犬の仕事をサボっていたからだし、道中もトラブルメーカーで性格もおバカなお調子者。
どこか憎めないがカッコ悪くて子供にはあまり人気がない……それが犬の役どころ……なのだが。
『……と、旅を続けていたユーマ太郎一行の前に魔王の配下が現れます』
「ユーマ太郎、ここから先には行かせないぞ!」
「ここでおとなしくしんでもらおうか!」
魔王の配下を名乗る魔族たちがユーマ太郎の前に立ちはだかる。
が。
「ユーマ太郎さん、下がっていてくだせぇ。ここは俺が」
「う、うん」
犬のオーマがユーマ太郎を差し置いて前に出る。
原作通りであれば、ここは犬が先走って魔族に取り囲まれ、ボコボコにされたあとユーマ太郎たちに助けられる場面なのだが。
「さあ、まずは俺が相手だ」
怖ッ!
おそらく全員がオーマのセリフを聞いて心の中でそう思った。
「なっ……なんだーこのヤロー」
「い、犬のクセに生意気なー」
魔族たちのセリフも台本通りなのだが、なぜか滑稽に聞こえる。
それもそのはず。
犬の着ぐるみを着たオーマは筋骨隆々、はち切れんばかりの筋肉が布越しでもありありと分かるほどで、魔族のふたりと比べて体格差も二倍近くある。
というか、何であれば舞台上で一番デカいのが犬だった。
「うわー」
それでも台本に従って犬は魔族たちに負ける。
すかさず仲間が助けに入り、なんとか魔族を撃退。
「犬さん、勝手にひとりで先走ってはいけませんよ」
「すみません、ユーマ太郎さん」
ユーマ太郎に叱られた犬は肩を落として頭を掻く。
「やはりユーマ太郎さんはお強いですね。俺なんざ弱っちくて」
「……うん」
おだてる犬のセリフにユーマ太郎は頷くが、どこか微妙な顔だ。
「犬さんが一番つよそー」
「変なのー」
子供たちの素直で遠慮ない感想が飛び交う。
というわけで、台本上は何の問題もないのだが、どこかチグハグな雰囲気のまま物語は進む。
『そして、とうとうユーマ太郎一行は魔王城に辿り着きました』
ナレーションとともに魔王に扮した福祉部の部長が、舞台に作られた魔王城のセットの上から現れる。
「フーハッハッハッ! よく来たなユーマ太郎よ!」
「おのれ魔王め! お姫様を返せ!」
『そうです。ユーマ太郎がここまで旅をしてきたのは、囚われのお姫様を魔王から救い出すためでした』
ユーマ太郎と魔王のセリフに続き、ナレーションとともに魔王城のバルコニーに『お姫様』が姿を現す。
それは姫のドレスを着たツクモだった。
「……ッ!」
そのあまりに麗しい姿にオーマは若干動揺する。
そういえばツクモが何の役をやるのか聞いていなかった……。
しかし、改めて考えれば姫以外に彼女に相応しい役もない。
「お姫様キレー」
「かわいいー」
それは子供たちの反応から見ても間違っていないようだ。
「ユーマ太郎様! どうか私を助けてください」
短いセリフながらツクモの芝居は完璧だった。
囚われの姫の悲痛な叫びを見事に表現していて、聞く者に「彼女を助けなければ!」と思わせた。
「姫! すぐにお救いします!」
そのためか続くユーマ太郎のセリフにも力が入り、劇のクライマックスに向けて観客の子供たちも盛り上がる。




