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12-2 魔王様、勇者の手下を演じる





 そして翌日の昼。

 週末の今日は学校が休みなので、オーマはツクモと現地近くの駅で待ち合わせた。


「……!」


 オーマが駅前に立っていると、目の前に一台の高級車が停車する。

 と、その後部ドアの窓が開いて、ツクモが顔を覗かせる。


「会長」

「お待たせオーマ君。乗って乗って」

「失礼します」


 オーマが彼女と同じ後部座席に乗せてもらうと、車は音もなく発進する。


 運転手がバックミラー越しに一瞬彼を見たが、特に何も言われなかったのでこちらも何も言わなかった。


「ノド渇いてない? 飲み物あるよ」

「いえ、大丈夫です」

「そう? あっ」


 ツクモはふと声を漏らすと、体をズラしてオーマに身を寄せる。


「襟立ってる。直してあげるね」

「あ……」


 オーマが何か言う前にツクモは彼の首元に手を伸ばし、襟を直す。


「はい。直ったよ」

「……ウス」


 相変わらずツクモは人との距離感が近い。


 近いといえば、この空間だ。

 一般の車に比べれば広々としているが、所詮は車の後部座席。


 耳を澄ますまでもなく彼女の息遣いが聞こえ、その気配を肌で感じる。


 何と言うか……その……非常にヤバい。


 その時「そういえば」とツクモが話しかけてきたため、オーマは心臓が飛び出るかと思った。


「セリフは覚えられた?」

「その、あまり自信は……」


 結局、捨てられた絵本と台本をゴミ箱から回収できたのは深夜だった。


 どちらも回収した時点でかなりズタボロになっていて、一部は焼け焦げていた……たぶんサラリサが腹いせにやったのだろう。


 その後は彼女に再び見つからないように、押し入れの奥でライト片手に朝方まで残った台本を解読した。


 焼け残った部分しか読めなかったが、とりあえず話の大筋は予想通り『勇者が魔王を倒して囚われの姫を救う』お話のようだ。


 しかし、肝心の犬のセリフはほんの二、三しか拾えなかった。

 残りは焼けてなくなってしまったようだ。


「……」


 何ならここでツクモの台本を見せてもらうという手も考えた。

 だがそのためには台本をなくしたことを説明せねばならない。


 あっさり彼女が納得してくれればいいが、万が一、『台本をなくした経緯』に話が飛んだら面倒なことになる。


 まさか魔王を敬愛する家人がユーマ太郎が憎たらしく思い、絵本と台本を燃やしましたとは言えない。


 適当な言い訳でもすればいいのだが、生憎と自分は口下手だ。


 もしかしたら、うっかり自分が魔王の二代目だと白状してしまうかもしれない。

 いや、さすがにそこまではいかなくとも、上手く誤魔化せる自信がなかった。


「あはっ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ?」


 そんな悶々とする彼の百面相を見て、ツクモは軽く笑う。


「元々が急なお話なんだし、セリフ間違っても問題ないわ」

「そうですか?」


「福祉部の人たちもそこは理解してくれてるわよ。それにお話の大筋に沿ってれば、少しくらいセリフが違ってても、観てる人は気にしないと思うから」


 こちらの緊張を解すようにツクモは微笑を浮かべる。

 それからも彼女はいろいろと話題を振ってくれていたのだが……。


「変ねぇ。まだ着かないのかしら?」


 ふと時計を見て、ツクモが小首を傾げた。


 彼女は後部座席に備えつけられた電話で、運転席の運転手に時間のことを尋ねる。


「そうですか……いえ、安全運転でお願いします」

「どうしました?」

「渋滞してたから迂回してるんだって。十分くらい遅れるみたい」

「大丈夫そうですか?」

「ギリギリになっちゃうけど、リハーサルには間に合うよ」

「分かりました」


 オーマは頷く。

 昨夜何の準備もできなかった彼としては、せめてリハーサルくらいやって話の流れは掴んでおきたい。


 とはいえ、ツクモが間に合うというのなら大丈夫だろう。

 実際、孤児院には予定の十分遅れで到着した。

 これならリハーサルには間に合う時間だ。


「ではツクモ様、私はここの駐車場で待機していますので」

「はい」

「ご学友様もいってらっしゃいませ」

「ウス」


 運転手に見送られ、オーマはツクモと一緒に孤児院に入り、中で福祉部の部員たちと合流した。


「ツクモ会長、今日はありがとうございます!」

「いえいえ~。人助けが生徒会のモットーですから」


 部長らしき人とツクモが挨拶を交わす。


「えっとぉ……それで、その、そちらは?」


 と、その人の視線が遠慮がちにオーマに向けられた。


「あっ、こっちは私と同じ生徒会のオーマ君です。犬役をやってくれます」

「そ、そうなんですか。ありがとうございます。今日はよろしくお願いします」


「いえ、精いっぱい務めさせていただきます」

「あ、はい」

「……」

「……」

「それにしても大きいですね。衣装入るかな?」

「衣装?」

「えーっと……まあ、それはあとで話しましょう」

「ウス」


 オーマの迫力のせいか、どこかぎこちない挨拶となる。


 まあともあれ顔合わせも終え、今後の段取りの話になっていく。


「そういえばリハーサルはいいんですか? もう時間ギリギリですけど」

「あー……それなんですけど」


 ツクモの質問に部長は困ったように頭を掻く。


「実は少し手違いがあって、向こうには劇の開始時刻が一時間早く伝わってたみたいで」

「あら?」

「もう劇をやるを広間にみんな集まっちゃってて」


 確かに劇をやる講堂からは子供たちのわいわい騒ぐ声が聞こえてくる。


 声の感じからして、すでにだいぶ盛り上がっているようだ。

 きっと劇が始まるのを今か今かと待ち焦がれているのだろう。


「子供たちを講堂から一回出てもらうにしても、リハーサルには一時間はかかるし」

「そんなに子供たちを待たせるのも……ですね」

「はい……」


 そこで部長はツクモとオーマに窺うような視線を向けてくる。

 すでに孤児院の子供たちは劇が始まるのを今か今かと待っているはずだ。


 福祉部だけなら期待に応えてすぐ始められるだろうが――問題はオーマたちだ。


 彼らは昨日いきなり代役を頼まれて今日ここへ来た。

 リハーサルが一番必要なのはこのふたり。


 もしリハーサルをしないなら、本当にぶっつけ本番になる。

 ゆえに部長からは言い出しづらい……。


「オーマ君、どうする?」


 ツクモが振り返って尋ねてくる。


 おそらく彼女はもうセリフも完璧で、いきなり本番でも大丈夫なのだろう。

 だからこそオーマの方に判断を委ねたのだ。


「そういう事情なら、ガキ共を待たせるのも酷でしょう。ただ……」


 と、オーマはそこで福祉部の部長に向かって頭を下げる。


「精いっぱいやらせていただく所存ですが、所詮は素人。どこかでヘマをやらかすかと思います。そこはどうか、ご勘弁願えればと」


「いっいえいえ、そんな! 無茶言ってるのはこっちですから」


 福祉部の部長はオーマの態度に驚いて慌てて自分も頭を下げる。


「何かあっても僕らでフォローしますので。思いっきりやっちゃっていいですよ」

「思いっきり、ですか?」


「萎縮するとかえってよくないですから。セリフも話の大枠からはずれなければ、オーマさんの言いやすいように変えてもらって」


「……分かりました」


 オーマは頭を上げ、今一度力強く頷いた。




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